8話 やって来たあんちくしょう
場所はサポロヘイム領都……都市部より少し外れた所に立っている石造りの家。
スノードラゴンの一件による功績も兼ねて、レティカが研究用の工房として貸し与えられた建物である。
「……それでなんだ、このガラクタは?」
ダストは眉を顰めながら、目の前の装置を怪訝そうに指さしてレティカに尋ねる。
レティカは心外そうな顔をしながら説明を始める。
「ガラクタとは失礼ですね! これこそは私の最高傑作、ドリームマジックメイカー23号です!」
意気揚々と語るレティカに、猛烈に嫌な予感を感じたダストはさらに眉間に皺を寄せ、改めて目の前の奇天烈な物体に目を向けた。
基本的に一般的なマジックアイテムもとい魔法道具は日用品に魔石をあてはめたり、どこかに呪文が刻まれたりしている。
――だが、目の前のこれはそれらとは明らかに違った。
金属の板を無理やりつなぎ合わせたような鉄の塊。
中央に核となる魔石が複数埋め込まれており、表面には何かを表示するためのメーターや水晶版がはめ込まれ、他にもパイプや雑多なコードが無造作に繋がれていた。
「用途としてのこれは魔力生成装置です!」
聞いてもいないのに、レティカがドヤ顔で話を続けている。
「魔石や魔物の死体から純度の高い魔力を抽出・増幅できる上に、あらゆるマジックアイテムに付与できて属性の転換まで可能なんですよ! 以前から設計と製作は行っていましたが、以前スノードラゴンからもらった角を始めとした数多の触媒を元に、さらに装置そのものをグレードアップさせる事に成功しました。これにより抽出する魔力量をさらに純化――」
「はいはい、よく分からんが、要はこれがあれば魔力をたくさん、しかも色んな属性が使い放題ってことでいいんだな?」
説明を受けるも、内容をほとんど理解できないダストは適当に相槌を打つしかないため、できる限りかいつまんだ解釈をして、会話を打ち切らせる。
「まあ、おおむねそんな感じですね!」
レティカもこれ以上の説明は無粋と感じたのか、ニヤリと笑って装置の起動レバーに手を伸ばした。
「百聞は一見に如かず。起動しますよ!」
ポチッとボタンを押すレティカ。
すると、装置から轟音と共に凄まじい魔力の奔流が立ち上った。
青白い光が工房を照らし、振動で床が微かに震える。
「へえ。確かにこりゃあすごそうだ」
「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう。いい反応です。このまま……ありゃ?」
ところが奔流は止まらず、どころかグガガガ、ギゴゴゴと不穏な音が響き始めた。
「……なんかヤバくね?」
猛烈に嫌な予感がするダストは一歩二歩下がる。
「あ、あれー?」
レティカは困惑していると、装置は黒煙が噴き出し、ガタンと音を立てて完全に停止した。
……と思ったら、今度はギギギギギガガガガガと大きく音を立てながら震え始める。
「おい。やっぱコレまず……」
「やばい。逃げ――」
身を翻したレティカが猛烈なダッシュでダストを追い越した直後――
――ボン!
凄まじい音と共に、爆発が工房を揺らす。
もうもうと煙が立ち込める中、咳き込みながらダストはレティカの姿を探す。
「ケホッケホッ! おーいレティカ無事か―⁉」
装置があった場所には小さなクレーターが残っていた。どうやら跡形もなく爆散したらしい。
「う、うぅ……。私の新作が……。自信作だったのに……」
ひょっこりと出てくるレティカ。
見た所、怪我らしきものはない。
事前に服に編み込んでおいた防護障壁の魔法がしっかり機能したようだ。
「……また失敗か。しかし今回はまた派手だなぁ」
ダストが工房内の惨状を見回して、呆れ顔で呟く。
「し、失敗じゃありません! 明日への前進です!」
レティカは煤だらけの顔で親指を立てた。
「いや、よく言うわ。 危うく俺まで吹っ飛ぶところだったんだぞ?」
ダストの抗議を無視して、レティカはブツブツと独り言を始めた。
「これじゃ王都で作っていた初期の方がマシだったかも……いや、あれも結局全部爆発したか。そろそろ魔力以外のエネルギー源を考えるべきかな。いっそシンプルに風力や水力とかどうだろ?」
「懲りないのな、お前」
そこで彼女の脳裏に、王都での記憶がよぎる。
(そういえば、上司が昔似たような装置作ってましたね。なんか当時私が設計したのと似ていたんですけど――。まあ、気のせいですね!)
今思えば、穴だらけの理論でかなり雑な設計だった。
あれをそのまま作るなんてどうかしてる、内心で苦笑しているレティカの肩をダストが叩く。
「まあ、気にすんなよ。失敗なんて誰にだってあらぁな。だからそろそろ諦めねぇ?」
「そういう雑な慰めする体で、私の研究をやめさせようとするのやめてくれません?」
「慰めじゃねえよ。お前が作った他のマジックアイテムは好評なんだからさ。商会長の旦那だって喜んでたぞ」
「……そうですか」
そっちはそっちで評価されて嬉しいので、どう反応を返していいかわからず、とりあえずレティカはジト目でダストを睨むことにする。
「そう照れ隠しするなよ。これはお前さんの信用度が高まってきているって事なんだぜ」
確かに、スノードラゴンの一件以降、領主や商会からの信頼を得た彼女は、貴重な素材や許可を手にできるようになっていた。
研究の際、高価な魔石や魔物を扱うレティカにとって夢のような環境だ。
そして、彼女の作った携帯杖や催涙弾は冒険者たちの間で評判を呼び、商会に安定した利益をもたらしていた。
……それでもギルドのお役所仕事の手伝いにはいまだに駆り出されるわけだが。
「つうわけで、これからもよろしく頼むよ、レティカ」
「……こちらこそ、お世話になります」
ダストが差し出した手をレティカが握り返す。
その時、工房の扉が開いた。
「レティカちゃん、 領主様が急いで屋敷に来てほしいってよ!」
駆け込んできた衛兵が息を切らす。
「おいおい、今度は何かやらかしたんだ?」
ダストが苦笑しながら肘でつつく。
「失礼な! 私は何も――」
衛兵が言葉を継いだ。
「なんでも、王都からあんたの婚約者を名乗る侯爵様がいらっしゃったとか……」
「はあ?」
レティカの顔が一瞬で凍りついた。猛烈な嫌な予感が背筋を這い上がる。
「侯爵? 婚約者? 誰でしたっけ? いやぁ記憶にないですねぇ」
現実逃避気味に言いながらも、彼女の頭に一人の男の顔がチラついてしまう。
あの男が、また何か企んでサポロヘイムにまで来たのか?
それとも別の貴族が、冤罪の一件を蒸し返しに?
「……ダスト、どう思います?」
「さあな。だが、お前なら面倒事でも爆発させて解決するだろ。」
「冗談言ってる場合じゃないですよ……」
レティカは渋々立ち上がり、衛兵と共に屋敷へと向かう。
その背中を追いながら、後ろからダストは皮肉げに笑った。
「面白くなりそうじゃないか」
「全然面白くありませんよ⁉」
「だよなあ」