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7話 その頃の元婚約者たち

 宮廷の大広間は、きらびやかなシャンデリアの光に照らされ、数多の貴人たちで溢れていた。

 今宵は王立学園の卒業パーティであり、同時にアクエス第一王子が婚約者を正式に発表する祝いの宴でもあった。


「ルゼリア様、今ならまだ間に合いますわ! どうか己の罪を認めてくださいまし!」


 しかし、華やかさとは裏腹に、ホールの中央では不穏な喧騒が渦巻いていた。

 中心に立つ二人の貴族令嬢。

 目に涙を溜めて訴えかけている女性はラクシャ、かつてレティカから婚約者を奪い、その婚約者オルダと共謀して、彼女に冤罪を被せて追い出した令嬢だ。

 ラクシャの周りには彼女を守るように取り巻きたちが囲っており、その中にはオルダもいた。

 一方で、もう一人の令嬢は粛々とした面持ちで、何も言わずに相対するラクシャを見つめている。

 彼女こそアクエス王太子の婚約者にしてオルダイン公爵家の令嬢、ルゼリア・オルダインである。


「ルゼリア嬢。今回の一件、既に証拠は挙がっている。観念する事だ」


 取り巻きの一人、騎士団長の息子はそう言うと、今回の一件とやらを語り始める。

 それは殿下と親しい仲となっていたラクシャをルゼリアが嫉妬して、裏で嫌がらせをしていたという内容だった。


「貴様の悪行もここまでだ。この悪女め!」

「悪いことは言わない。己の罪を認めるのです」

「ラクシャは優しい子です。今なら素直に謝れば許してくれる」


 その他の取り巻きたち……貴族の子弟や司教の息子といった豪華な面子が口々に非難と共に降伏をルゼリアへ勧めるが、彼女はただ静かに沈黙を貫くのみ。

 ……やがて、彼らの話を全て聞き終えたルゼリアは、ゆっくりと首を横に振る。


「お話は伺いましたが、全て私には身に覚えのない事でございます。ならば、私が謝罪しなければならない理由はございませんわ」


 ルゼリアの言葉に、ラクシャたちは一瞬だけポカンとしたが、ラクシャはすぐに切り替えるように大げさな挙動で泣き崩れた。


「そ、そんな……酷いですわ! 私はただあなたと仲直りしたかっただけなのに……!」

「ラ、ラクシャ。大丈夫かい⁉ しっかりするんだ!」

「可哀想に……! ルゼリア! 貴様、恥ずかしくはないのか⁉」


 ラクシャの取り巻きたちから、最早糾弾を超えた悪罵が飛ぶ。

 それでも当のルゼリアは相変わらずどこ吹く風といった様子である。


「ですから身に覚えのない罪を並べ立てられても、謝る理由が見当たらないと言っているのです」

「この――」


 我慢の限界が来たのか、いきり立った取り巻きの何人かが、ルゼリアに掴みかかろうとしたその時、一人の青年が割って入った。


「これはいったい何の騒ぎだね?」


 穏やかでありながらも威厳のある声が響く。

 青みがかった銀髪を持つ貴公子、今回のパーティーの主役の一人であるアクエス王太子である。


「殿――」

「ああ、殿下……! 聞いてくださいまし……!」


 ルゼリアが何かを言う前に、目に涙を浮かべてラクシャはアクエスの胸元へと飛び込むように駆け寄ってくるが、すんでの所でアクエスは彼女を手で制した。


「落ち着いてくれ、ラクシャ嬢。私はまだ状況を理解していないのだ。まずは説明をしてくれ」

「はい、実はルゼリア様は殿下とお近づきになっている私に嫉妬して、学園で度々嫌がらせを行っていたのです……!」

「ほう?」


 興味深げな反応をするアクエスに、ラクシャはしめたとばかりに、自分に都合のいいように誇張をしてこれまでの経緯を話す。

 それに対し、アクエスは黙って彼女の話を聞き続けた。


「……なるほど。よくわかったよ」

「では……!」

「つまり、あなたは我が婚約者であるルゼリアにあらぬ罪を着せ、このような大衆の場で侮辱していたというわけだね?」

「……え?」


 聞き終えたアクエスから底冷えするような目を向けられて、ラクシャは今度こそ顔をひきつらせたまま硬直した。


「な、何をおっしゃるのですか? 意味が分かりません! なぜ私が悪い事になるのですか⁉」

「ルゼリアが君に行っていたという嫌がらせかな? 彼女がそれを行ったという確たる証拠はないはずだよ」

「しょ、証人ならここにいます! ここにいる彼らはルゼリア様が私の私物を隠したり、階段を降りようとしている所を突き飛ばす瞬間を見ていたのです!」


 ラクシャは一連の騒動を眺めていた野次馬の何人かに視線を送る。

 彼らは顔色を悪くしながらも、コクコクと頷いた。


「目撃者か。それはもしや君が金を握らせたり色仕掛けなりで篭絡してきた者らの事かい?」


 アクエスの言葉に、彼らは今度こそ凍りついたように動かなくなる。


「残念だが、それこそ既に証拠は挙がっているのだよ。以前から君の周りでは不審な事が度々起こっていたからね。調べてみたら驚いたよ。虚偽の証言に証拠の捏造。そこの男たちを手に入れるために毎回随分と手の込んだ真似をしてきたようだ」


 アクエスはいつものような柔和な表情から一転して、それは愛しい女性を陥れようとした悪女に対する憤怒の表情であった。

 ラクシャは勿論、取り巻きや協力者、全ての者らの顔は既に真っ青になっていた。


「違う……違うのです! これには深いわけが……いえ、誤解があってその……」

「そうか。とりあえず詳しい話を聞かねばなるまい」


 アクエスが目配せすると、両隣から衛兵が二人、いつの間にか彼女の両腕を掴んでいた。


「えっ。ちょっと……違っ、違うの! いやぁああああああああああああああ!」


 絶叫しながらラクシャは衛兵たちに連れて行かれた。


「さて、あとは貴公らの処遇だね」


 アクエスの変わらぬ冷たい眼差しで見据えられ、取り巻きや協力者たちは身を竦ませる。


「貴公らの中には純粋にあの女に騙された被害者もいるのだろうが、先の噓の証言をした者らといった、何人かは罪に問わねばならぬ者も交ざっているようだ。……元いた婚約者を目障りに感じて、先程のルゼリアのようにあらぬ罪を着せ、さらには裏で手を回し、辺境へと左遷した者とかね」


 その言葉に取り巻きの一人……オルダがビクンと肩を震わせた。


「どうしたのかな、オルダ・モルノンくん。顔色が悪いぞ?」

「ち、違います! 誤解でございます、殿下! これは……そう。か、悲しいすれ違いだったのです!」

「ほう?」

「彼女は婚約者である僕を差し置いて他の男性たちと遊び歩き、どころか研究費を着服して……」


 オルダは必死に取り繕うとするが、アクエスの目から感情が消え、剣呑な光が宿ってきている。


「ふむ。シュガードナ家のレティカ嬢、君の元婚約者であった彼女は聞く所によると、とても優秀な魔法研究者だったようではないかね」


 アクエスから目配せを受けたルゼリアは柔らかい笑みを浮かべ頷く。


「ええ。私もとてもよく存じておりますわ。魔物の生態研究の第一人者でもあり、魔物の素材を元に、独創的ながら画期的な魔法道具を発明していたそうですわね。もっとも、それらの論文や発明はどういうわけか、別の方の名義となっており、彼女の名前が出たのはごく最近ですが――」

「ふむ。確か彼女の功績を上司の男がかすめ取っていたのだったか。嘆かわしい事だ」

「ええ。許せませんわね。これは彼女の身の回りにあった事を徹底的に調べてみた方が良さそうです」


 アクエスとルゼリアの会話に、今度こそオルダは絶句する。


「お、お待ちください! ならば僕が彼女を王都へと迎えに行かせてください!」


 咄嗟に出たオルダの言葉に、二人は胡乱な視線を送る。


「あなたが迎えに行くというのですか……?」

「は……はい、ルゼリア様。僕はレティカに酷い事をしてしまいました! 直に彼女に会って謝りたいのです!」

「……いや、君はいい」


 オルダの懇願をアクエスは却下する。

 自分を罠にかけ、辺境送りにした男が手のひらを返して迎えに来るなど、向こうからすれば腹立たしい事この上ないだろう。

 変わり身の早さもさることながら、その一方でオルダは己の言動を理解していないのを察したアクエスは呆れ混じりの溜息をつく。


 しかし、オルダは挽回の機会を逃したくないとばかりに必死に縋る。


「お願いです。殿下、彼女を連れ戻せるのは婚約者として愛し合っていた僕だけです!」

「ダメだ。君は皆と実家に戻り、大人しく沙汰を待ちたまえ」


 言って、アクエスはオルダや他の取り巻きの男たちを睨み、それだけで彼らを押し黙らせた。

 これは、これ以上恥を晒すと罪はさらに重くなるぞ、という彼なりの警告でもあった。

 

 そうして半ば追い出される形で、ホールから出る取り巻きの男たち。

 皆が皆、生気を失った顔で、一人、また一人、散り散りとなっていく。


「……違う」


 その中で、一人残されたオルダはポツリと呟いた。


「こんなのは違う! 間違っている!」


 ――僕は真実の愛を見つけたはずだった!

 ――ラクシャとなら幸せになれると思った!

 ――それなのに何だ、この結末は。理不尽ではないか!


「そ、そうだ! 大丈夫だ! 僕にはまだレティカがいるじゃないか!」


 レティカに必死に取りなし、彼女の口からアクエス殿下たちに、全ては誤解でありオルダは悪くないと証言してもらう。

 それがオルダが必死になって導き出した考えだった。


「大丈夫、大丈夫だ。レティカなら、優しい彼女ならわかってくれる……!」


 オルダが思い出すのは、社交の場で、いつも自分を立ててくれていたレティカの姿だった。


 既に彼の中には真実の愛と嘯いていたラクシャの顔はない。


 ひたすらに自分に都合の良い事を考えながらオルダは歩を速める。

 王子の危惧通り、彼は完全に暴走を始めていた。

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― 新着の感想 ―
すでに確定した罪があるなら暴走の余地を与えず拘束しないと被害者の命の危険です
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