5話 スノードラゴン
「ひええええええ! 寒い寒い寒いー!」
「おいおい。最初の威勢はどこへ行ったんだよ」
日差しに照らされながらも、寒気が吹きすさぶ雪山の中を歩くのは、登山装備をしたダスト率いる冒険者一行。
そして、その中で参加したレティカは早速、寒風に当てられて悲鳴を上げていた。
「こ、ここは一度引き返して、せ、せめてもう少しあったかくなってから……」
「馬鹿言うなよ。春まで待てってか? これでも吹雪いてないだけまだマシなんだぞ。それにようやくローウルフや他の魔物の出現も落ち着いてきたんだ。今がチャンスなんだよ」
彼の言う通り、登山を始めてから、魔物には一匹も出会っていない。
先日の一件以降、冒険者たちがあらかた狩り尽くしたか、レティカの言う何かを警戒して、さらに別の場所へとナワバリを移したのかどちらかだろう。
「寒いし疲れました……。せめて一度ここで休憩を取るのはどうでしょう?」
「いい加減にしろや。……いや待て」
ダストの言葉と共に、向こうの草むらの方からマントを羽織った男が出てきた。
先行していた斥候が戻ってきたのだ。
「ご苦労だったな。どうだった?」
「旦那、とんでもないものを見つけちまいましたよ……」
斥候は顔色を悪くしつつも、見た方が早いとばかりに先へと促す。
不安を覚えつつも、ダストたちは後へと続く。
「なるほど。確かにこりゃあとんでもない……」
彼の案内で連れられてこられたその場所には、巨大な獣の足跡が雪原にクッキリと刻まれていた。
そこらの魔物とは比べ物にならないサイズである。
少なくともここにいるパーティーだけで手に負える相手ではないだろう。
「……旦那、どうしやすか?」
「下手すりゃ、国から騎士団を要請する必要があるな……。レティカさん、アンタはこれをどう思う?」
緊張が走る中、ダストから意見を求められたレティカは寒さなど忘れたように、その足跡に目を輝かせながら食いついている。
「ほほう。ここら辺に出没する魔物の種類は一通り覚えていたはずでしたが、これはどれも該当しませんね。おそらくは別の地域から流れて来たか、全くの新種……私ワクワクしてきましたよ」
「こっちはワクワクどころか、ビクビクしてんだよ! クソッ。せめて、もっと装備を整えてくるんだったぜ」
さっきまで寒さにヒーヒー言っていたのが嘘のように、テンションを上げているレティカに対し、今度はダストたちがお通夜状態だ。
――ひとまずここいらで探索を打ち切って、ギルドや領主に報告するため、一度引き上げるべきだ。
そう結論付けた彼らは急いで撤収の準備をする。
「うーん。戻れますでしょうか……」
「あん? どういう意味だよ」
レティカは無言で向こうで生い茂った木々の方へと視線を向ける。
「まさか……」
猛烈に嫌な予感を覚えたダストは雪を被った木々が生い茂る向こうへと目を凝らし、それを発見してしまった。
二十メートルを超える巨体。白い獣毛に覆われながらも、同じく毛に覆われた羽と山羊のように曲がりくねった角を持つ首の長い獣。
その圧倒的な存在感と威容はこちらを圧倒させるには充分だった。
「スノードラゴン……!」
感嘆と共にレティカが呟く。
「マジかよ……。なんでこんな所に竜がいやがるんだよ」
絶望しきった顔でダストは呟いた。
いや、ダスト以外のメンバーも一様に顔を真っ青にしている。
当たり前だ。
目の前にいるのは脅威度S級の魔物。
渡り合えるのは、伝説の勇者かS級冒険者、もしくは国お抱えの精鋭騎士団ぐらいだろう。
「厳密には竜の一種ではないという説もありますね。どちらにせよ、資料が少ないので何とも言えませんが……」
「んなことはどうもでいい。さっさと逃げるぞ! いいか。絶対に物音を立てる――」
「ですから、それができればの話ですってば」
マイペースに説明を始めるレティカの袖を、ダストは引っ張りその場から離れようとして、動きを止めた。
否、既にそこにいる者ら全員が動けなくなっていた。
なぜなら、さっきまでそこにいたスノードラゴンは姿を消しており、その代わりに、自分たちのすぐ傍まで佇んでおり、こちらを静かに睥睨していたのだから。
「ヒぃッーー!」
「あ……あぁ……」
「――」
ある者は喉が干上がりろくに悲鳴を出せず、、ある者は腰を抜かして崩れ落ち、ある者は立ったまま失神する。
その中で、ダストは己の間抜けさを呪った。
スノードラゴンはとっくにこちらの存在に気付いていた。
既に手の平の上だったのだ。
「幻影魔法でも使ったのでしょうか? それともシンプルに身体能力? いや、さらに高度な空間魔法による瞬間移動? どちらにせよ、こちらの予想を遥かに超える力を持つのは確かです。これが竜……!」
「なんでお前はこんな状況でもエンジョイできるんだよ!」
目を輝かせながら分析するレティカにダストはたまらず突っ込みを入れる。
「そっちこそ落ち着いてください。向こうがその気ならこっちは既にもう全員死んでます」
スノードラゴンはじっとこちらを見つめていると思ったら、ゆっくりと腰を下ろし微動だにしない。
ダストは小声でレティカに話しかける。
「……つまり、どういうこった?」
「我々は向こうにとって敵ではないのかもしれません。まあ、眼中にないだけかもしれませんが」
そう言って、レティカは一歩前に進む。
「おい! 何考えてんだ!」
「対話というのは歩み寄りが大切なんですよ」
ダストの制止など無視して、ゆっくりとレティカは歩き出す。
一歩一歩確実に距離が狭まっていく。
「ね。話せばわかり合えるんですよ」
しかし、次の瞬間、スノードラゴンは大きく息を吸った。
ゴォオオオオオオオ――ドォオオオオオオオオオン!
次の瞬間、放たれたのは冷気を極限まで凝縮させたブレス。
一拍遅れて凄まじい音が響き渡る。
レティカのすぐ隣に放たれたその一閃は大地を抉り、余波で傍の木々を一瞬で凍りつかせていた。
それを見届けたレティカはギギギと振り返る。その表情は恐怖で引き攣っていた。
「……すいません。やっぱ無理かも……」
「言わんこっちゃねえ!」
好奇心と探求心で抑え込んでいた恐怖が一気に沸き上がってきたのか、レティカはもう一歩も歩けないとばかりに、涙目でガクブルしながらその場を立ち尽くしていた。
「うぅ……ひぅう……」
しかし、それでもレティカは少しずつ震える足を懸命に動かしていた。
「ああ、もう仕方ねぇな……!」
見かねたダストは頭を搔きながら、レティカを追いかける。
「ほら。一緒について行ってやるから行くぞ!」
「ちょっ……何考えてんですか⁉ あなただって危ないんですよ⁉」
「うるせえよ。女一人に危ない橋渡らせてたまるか」
ギャアギャア言い合いながら、二人は一緒に再び歩き出す。
「――ウゥ」
幸いどういうわけか、スノードラゴンは以降はこちらに向けて、ブレスを撃つことはなかった。
長く感じる一時を経て、レティカったちはようやくスノードラゴンのすぐ傍まで到達できた。
「気をつけろよ」
「わかってます。……それでは失礼しますね」
恐れることなくレティカは白い体毛に直に触れた。
それでいて刺激しないように優しく撫でると、体毛越しにスノードラゴンの溢れる魔力量を感じ取れた。
「すごい……っといけない、いけない。感動してる場合じゃないですね」
レティカは探るようにスノードラゴンの身体に触れながら、周りを周っていく。
やがて、肩から前足にかけて紫に変色して爛れている部位を見つけた。
「こりゃ酷ぇな」
「魔物による毒ですね。縄張り争いによるものでしょうか」
スノードラゴンは鼻を鳴らしながらも、微動だにしない。
どうやら、この竜は自分らにこの傷を治してほしいらしい。
「……だとするならあのブレスはなんだったんですか⁉」
「こいつなりに試したかったんじゃないか? ……で治せるか?」
「治療は専門ではないんですけどね。まあ、やるだけやってみますか……」
言って、レティカは自分の鞄から薬草やポーションを取り出す。
しかし、それだけでも足りないのか、『ちょっとごめんなさいね』と言って、そこの立ったまま失神しているヒーラーの少年の荷物からも色々と拝借し始める。
「やっぱりこれだけじゃ足りませんね。ダストさん、皆さんと一緒に私がこれから言う物を持ってきてください」
「よしきた。おい、いくぞお前等!」
「「「お、……おう!」」」
レティカたちを固唾をのみ見守っていた冒険者たちだが、ダストに促されレティカの言われた物を見つけるため探索を開始した。
……数時間後。
「おーい、持ってきたぞー」
……ダストは冒険者たちと共に、指定された山で自生している薬草をありったけ採ってきた。
「ありがとうございます。そこに置いてください」
言いながらレティカは皆が集めてきた薬草を煎じて鍋で煮込んでいた。
鼻をつく匂いが漂ってきて、皆がしかめっ面をする中、レティカだけは真剣な顔で味付けのように回復ポーションを鍋に加えていく。
「本当にこれで大丈夫なのか?」
「だから、わかりませんってば。そもそも竜種を見るのも初めてなんですから。とりあえず、神経まではやられてないみたいですから、目に見える患部だけでも応急処置をします」
言いながら、レティカは暖房用に持ってきていた布を包帯状に刻み、鍋へと詰め込んで薬液に浸していく。
「できました」
薬を浸した包帯を持ったレティカはダストたちと頷いて、スノードラゴンへと目を向けた。
「――!」
「よしよし、大丈夫ですよっと」
さすがに沁みたのか、僅かに鼻息を荒くするスノードラゴン。
他の皆は怯えの色を浮かべるが、すっかり馴れたのか、レティカは宥めるように優しくさする。
やがて全ての布を張り終えると、レティカはダストたちと共に薬草と一緒に採取してきた蔓で布を巻きつけて固定していく。
「ようやく一段落か。……あとは祈るしかねえな」
「やるだけはやりましたよ。後はドラゴンの再生力を信じましょう」
スノードラゴンは身を丸くして眠りについた。
レティカたちも、その晩はその場所で過ごす事にしたが、当然ながら一睡もできなかった。
そうして夜が明けて、スノードラゴンは日の出と共にゆっくりと身体を起こす。
「――ッ」
再び皆に緊張が走る。
しかし、当のスノードラゴンは再び大きく息を吐くと、ゆっくりと身を翻して、そのまま山々の方角へと帰っていった。
「おい。アレ、放っておいて大丈夫か?」
「元々は魔物の中でも温和な部類って聞きますからね」
「でも、アイツのせいで山の生態が崩れたんじゃないのか?」
「どうでしょう。むしろ彼こそがその生態系を崩していた魔物と戦ってくれていたのかもしれませんよ?」
毒の傷を思い出しながら、憶測ですが、とレティカは付け加える。
帰還後、ダストたちはスノードラゴンの一件をギルドに報告した。
すぐさま会議が開かれ、『討伐隊を編成すべき』という意見も出たが、レティカが反対した。
――見た限り、知能も高く温和な生物の可能性が高い、むしろ下手に刺激すると藪蛇になりかねない。
以降も、会議は紛糾したが、最終的にひとまずは現状維持という形でまとまった。
その数日後、領都の門の前で魔石と魔物の死骸の山が発見された。
さらに、その中に折れた角が一本置かれており、凄まじい魔力が凝縮されていたという。
付近についていた足跡から、あの時のスノードラゴンだというのが判明。
協議の末、それらは当時赴いたレティカやダストたちの手に渡る事となった。
「いよっしゃー! 超レアな触媒ゲットー!」
目を輝かせながら今回の収穫を披露するレティカ、隣のダストはとりあえず無言でチョップを入れた。




