11話 子爵家令嬢ラクシャ・トラプナ
王都の端の貧民街で、平民として細々と暮らしていたラクシャは母を病気で失ったその翌日に、父と名乗る貴族の男に娘として引き取られた。
話によると、母は当時の父……トラプナ子爵家のご令息と一晩だけ愛し合い、自分はその時生まれた娘らしい。
今までの生活から一転、子爵家のご令嬢となったラクシャだが、その生活は思い描いていたような、裕福なものでは決してなかった。
屋敷内では、与えられた個人部屋と勉強部屋以外の外出は禁じられ、ひたすらに貴族としての教養と礼節を叩きこまれた。
ミスをすれば、家庭教師から教鞭が飛び、最悪、食事までもが抜かれた。
腹違いの兄とは会ったことがないし、父も自分を引き取った最初の日以降はほとんど会っていない。
しかし、それでもラクシャは耐えた。
彼女からすれば、明日とも知れぬ貧民街での生活よりはここの方が遥かにマシだったのだ。
そして、貴族としての最低限見られるようになったと判断されたラクシャは、ある日、突然王都の学園に転入させられた。
「貴様は母であるあの女に似ている。それでできる限り高位の貴族の男でもたらし込んでこい」
転入の際、父から言われた言葉に、ようやくラクシャは合点がいった。
適当な貴族令息との政略の道具。
どうやらこれが自分を引き取った理由らしい。
確かに生前の水商売をしていた母から、そういう術は教わっていた。
その頃から、父とそういう取引をしていたのかどうかはわからないが、確かなのは自分は家族として認識されていなかったという事だ。
――それならそれで構わない。
ラクシャはそれすらもあっさり受け入れた。
どちらにしても、貴族の伴侶となれるなら自分にとっても悪い話ではない。
そう割り切ったラクシャは早速行動を開始する。
まずは目星をつけた令息たちに、できる限り、無知でか弱い女を装って近付く。
次に、無難に会話に持ち込み、その中で向こうが求めているであろう言葉を察して、的確なタイミングで放って、承認欲求を満たさせる。
それらを繰り返しながら、最後には依存させていく。
結果として、驚くほど上手くいった。
貴族のボンボンらからすれば、自分のような女は珍しいらしい。
涙を装って、懐に飛び込めば、彼らはあっさりと自分の味方となる。
無論、「本当に愛しているのは貴方だけ」と吹き込んで、それぞれ特別感を与えるのも忘れない。
こうして何人もの男を虜にして、こうしてラクシャは友人未満恋人以下の取り巻きを増やしていったが、そうしている内に、ラクシャの中にも次第に暗い愉悦が生まれ始めた。
自分と違って、生まれながらに恵まれていた貴族の女たちが己の婚約者や恋人を奪われて嘆き怒る、そんな姿は見ていると、ラクシャは実に胸がすく思いだった。
――私はずっと貧しかった。あの頃の私に比べれば、お前たちの屈辱など微々たるものだ。ざまを見ろ。ざまを見ろ。
やがて己がこの世界の中心だと錯覚し始めた彼女は本格的に暴走を始めてしまう。
そう、彼女はこの国の王子の婚約者であるオルダイン家の公爵家令嬢を罠にかけようとして、……見事なまでに失敗した。
「えっ。ちょっと……違っ、違うの! いやぁああああああああああああああ!」
失敗し、どころか裏工作もといやってきた事を全て露見されたラクシャは、取り調べで、これまでのことを全て供述させられ、罪人として地下牢に入れられた。
ラクシャは一人静かにうなだれる。
こうなると彼女も頭の熱が下がり、冷静になっていた。
――馬鹿だった。上手くいきすぎて調子に乗ってしまっていた。
自分と添い遂げるために、元婚約者に冤罪を被せるなど、無茶をした者もいるらしいが、今となってはどうでもよかった。
しばらくして釈放された。
当の公爵令嬢ルゼリアから、躾のなっていない子供の過ぎた悪戯と言われ、それ以上の罪には問われなかったのだ。
所詮彼女にとって、自分はその程度の存在だったのだろう。
しかし、当然ながら学園からは退学処分となり、ほうほうの体で辿り着いたトラプナ家の屋敷からも、門前払いを受けた。
既に自分は家からも除名処分を受けていた。
ヘマをした自分にもう価値はないということだろう。
そういえば、現在はひたすら自分らが関与してない事を主張するために、色々と動いていると聞いた覚えがある。
ここにいれば口封じされかねない、そう考えたラクシャは王都の市街へと逃げるように向かった。
さまよい歩くラクシャを周りの人間は奇異で見てくる。
その視線に、ラクシャは王都中の者から嘲笑われている錯覚に見舞われた。
「……王都を出よう」
決心したラクシャは学園の裏山に向かった。
その内の一本の木の根元。そこには布袋が埋められており、中には子爵家の令嬢の時に貰った小遣いの銀貨数枚、そして取り巻きの男らに貢がせた金品が入っていた。
いざという時に隠していた金である。
それを元に、外行の貨物用の荷馬車にラクシャは無茶を言って乗り込ませてもらった。
「遠くへ、もっと遠くへ行かなくちゃ……」
――自分の事を誰も知らない場所に。
強迫観念と被害妄想にとらわれたラクシャは馬車の乗り継ぎを繰り返し、王都から遠く離れた場所を目指した。
途中から金が足りなくなり、徒歩となっても、ラクシャは進むことを止めなかった。
気付けば、彼女が辿り着いたのはサポロヘイムとかいう北の辺境だった。
肌寒い辺境の地方都市。
ふと、窓に映る自分を見ると、ボロボロのドレスを着たみすぼらしい女が映っていた。
「はは……」
笑いが込み上げてくる。
これがあの子爵令嬢ラクシャ・トラプナか。
これまでの華やかな生活から一転して元通り。……いや、それ以下にまで落ちぶれてしまった。
懐に手を入れると、路銀も大分少なくなってきていた。
「仕事……。そうだわ。仕事をしなくちゃ……」
とにかく早く収入源を見つけなければいけない。
しかし身体を売ろうにも、こんなみすぼらしい格好では無理だろうな、と思いながら見回していると、路上の端に建てられた掲示板、そこに貼られてある張り紙の一枚が目に留まった。
『魔法研究の助手募集中! 魔法知識があれば経歴素性は不問です!』
「これだわ……!」
魔法ならば学園の方でも少しだけ教わった。
そこらの野良魔法使いよりも役に立つはずだ。
思い立ったラクシャは張り紙を手に紹介状を貰いにギルドへと向かった。
「どーも、よく来てくれました。私がここの責任者のレティカ・シュガードナです!」
ギルドから案内を受けたラクシャは指定された工房……という名のボロ小屋で、赤髪を三つ編みにまとめた眼鏡の女が迎え入れられた。
自分よりも少し年上ぐらいの若い女性だ。
――この女、どこかで見たような……
見覚えがある容姿に、そこか聞き覚えのある名前だった。
それなのに、よく思い出せない。
「まさかあんな募集で本当に来るとはなぁ」
レティカの後ろにいる男が、苦笑しながら顔を出す。
身なりからして冒険者のようだ。
よく見れば、顔立ちはそれなりに整っているようだが、線の細い貴公子のような男が好みのラクシャからは対象外だった。
「うるさいですよダスト、そもそもお目付け役のはずのあなたが定期的に場を外すから、こうして別の助手役が必要になったんですよ!」
「散々パシらせやがってよく言うぜ。こっちだって本業の冒険者業があるんだよ! それ以前に、お目付けは助手でも介護役でもねえからな?」
好き勝手言い合って睨み合う二人に、ラクシャは止めるべきか迷うも、そうしている内に、二人は勝手に落ち着く。
「あ、あの……私はどうすれば……」
「え? ああ、はいはい採用採用」
「ええ……」
いかに自分を売り込もうか考えていたラクシャは拍子抜けした。
ここまで上手くいくと、なんだか釈然としない。
「私の事が気にならないんですか?」
この北の辺境に辿り着くまで、ラクシャはできる限り己について何も語らなかったし、ギルドで身分証明を記す紙にもできる限りぼかして書いた。
恥ずかしかったし、言えば、間違いなく軽蔑と嘲りの視線を向けられるかと思ったからだ。
だが、目の前の彼女らは特に興味も示さなかった。
もう少し警戒してもいいと忠告するべきか迷ったほどだ。
「うーん。別にいいですよ」
しかし、レティカとかいう女魔法使いはあっさりと言う。
「まあ、あなたの身なりでワケありなのは理解できます。だから聞きません」
人がいいのか、単に他人に興味がないのか、……あるいは両方か。
「実は私も王都で働いていたのですが、色々あってここに飛ばされてきたんですよ。……まあ、主に婚約者関係のトラブルなんですけどね」
少し前の自分なら嘲笑していたが、今となっては自分も同じ、いや、それ以下なのから笑えない。
――ん? ちょっと待って?
そこで、ラクシャはようやく思い出した。
「あぁー!」
「うおわあっ⁉ ど、どうしました⁉」
「あ、あ、あんたは……!」
間違いない。
当時、自分がキープしていた令息の一人……特にバカだった侯爵家のバカ息子の婚約者だった女だ。
思い出してきた。他の貴族令嬢が屈辱と怒りで顔を歪ませていた中、この女だけはこちらがいくら挑発しても、やたらと冷めた顔をしていたのだ。
……なんで、そんな相手を忘れていたのか。
「? どこかでお会いしていましたっけ?」
一方で向こうはどうやらいまだに思い出せていない。……いや、覚えていないようだ。
直接冤罪を被せたのは自分ではないが、その破滅の元凶の一端ではあるはずの女の顔を覚えていないとは、どれほど鈍い女なのだろう。
いや、こちらとしては大助かりなのだが。
「い、いえいえ。私の名前はラク……ク、クシャラです。今後ともよろしくお願いします」
「? はい。どうぞこちらこそ、クシャラさん」
怪訝な顔をしつつも、レティカはラクシャ……クシャラを受け入れ、こうして彼女の新しい生活が始まった。
クシャラの与えられた仕事の内容は基本的に部屋の掃除を始めとした身の回りの家事だった。
魔法研究の助手は基本的にレティカの立会いの下、記録のメモや素材の取り扱いを任された。
住む場所の給金が溜まるまでは、住み込みで良いと言われた。
――なんだ。結構楽じゃない。
そんなある日の事である。
「……これはなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。これぞ私の最高傑作。ドリームメイカーF75です!」
工房の部屋の中央に置かれた珍妙な機械を見て、怪訝な顔をするクシャラ。
「なんで足がついているんですか?」
「ふっふっふ。今まで失敗作は発生した余分なエネルギーをいくら魔法陣を増やしても、分散・処理しきれずに暴走していましたが、ならばそれをあえて発散するための部位……可動部分を足せばいいと思ったのです!」
ドヤ顔でわけのわからない単語を交えた説明を始めるが、かいつまむと結局その無駄なエネルギーの克服は出来ていないように聞こえた。
とりあえず、クシャラは猛烈に嫌な予感に襲われる。
「百聞は一見にしかず! 起動!」
止める間もなく、レティカはスイッチを押した。
すると装置はガタガタガタとグルグルと部屋中を回り始める。
はたから見ると、すごく馬鹿な光景だ。
「結果は上々です!」
「本当ですか?」
やがて装置のスピードは上がり、凄まじい勢いで走り始める。
「早く脱出しましょう! 急いで!」
「はい?」
クシャラは首を傾げるも遅かった。
ボン、と爆発が巻き起こり、工房の窓や扉から煙が漏れ漂う。
「ゲホッゲホッ!」
よろけながら、外へ出るクシャラとレティカ。
「なんであんなのを中で起動させたんですか⁉」
「この前それで外に被害出かけて……」
「それで今度は中でやったんですか⁉ そもそも、そんなモン起動させんじゃないわよ! 馬鹿じゃないの⁉ このイカレ女!」
「ふえっ⁉ そ、そこまで言うこと無いじゃないですかぁ!」
「いや。妥当だと思うぞ」
「ちょっ……ダストォ……!」
いつの間にか現れていたダストが援護射撃をする。
思わぬ援軍に、クシャラは内心ガッツポーズをする。
「これから俺のいない間にお前の実験に付き合ってくれたりもするんだ。しっかり大切にしろよ」
「そ、それはわかってますが……」
直後、彼の言葉を聞いて、背筋が凍った。
……今後も、あんなトンチキなイカレ実験に定期的に付き合わなければいかないのか?
「そ、それでは私はこれで……」
「逃がしませんよ?」
「ヒェッ」
逃げようとするクシャラ、レティカがそうはいくかとばかりに彼女の肩をガッシリと掴む。
ギギギとクシャラが振り返ると、レティカはにこやか微笑みかけた。
クシャラからすれば、その笑顔は恐怖以外の何物でもない。
もしやこの女、実は王都でのアレコレを全て覚えているんじゃないかとすら思った。
「心配しなくても、お給金はしっかり払います。それでは早速さっきの失敗の洗い出しをしましょう。付き合ってくれますよね?」
「い、いやぁあああああああああ‼」
クシャラの絶叫が青空に響いた。




