10話 その後のお話
オルダ・モルノンが騎士団に連れて行かれて一か月。
改めて取り調べを受けた結果、彼が裏で行ってきた所業は芋づる式で全て暴かれて、モルノン家の降爵が決定が正式に発表された。
家そのものの取り潰しの案も出たが、どうやらオルダに全て罪を被せる事で落ち着いたらしい。
その頃、シュガードナ家の居間では穏やかな時間が流れていた。
「ふふっ。あの子ったら……」
夫人……レイシア・シュガードナは椅子に腰を落ち着け、娘レティカからの手紙を読みながら、愉快に笑っている。
便箋には、サポロヘイムでの研究や暮らしが、彼女らしい軽快で少し乱雑な筆致で綴られていた。
爆発事故の失敗談や、領民との温かいやり取りが並んでおり、『やっと落ち着ける場所を見つけた気がする』と語られていた。
「楽しそうで、本当に安心したわ」
レイシアは微笑み、手紙をそっと胸に当てた。
向かいで紅茶を啜っていた息子のマシューが、カップを置いて苦笑する。
「父上は最初、かなり戸惑ってたみたいですけどね。レティカが辺境暮らしに慣れるまでとか言って、何度も手紙や荷物を送ろうとしていましたからね……」
最初にその旨の手紙を読んだレティカの父、バートン・シュガードナ男爵は、『辺境のどこの馬の骨ともわからぬ男に愛娘を奪われた!』と大騒ぎであった。
現在はなんとか落ち着いているが、いまだに夜は深酒をしながら愚痴をこぼしては、夫人に窘められているらしい。
その光景が想像できたのか、マシューは苦笑しながら母である夫人に目を向けた。
「でも、あの人の気持ちもわかるわ。やっと王都に呼び戻せると思った矢先にこれだもの」
同じように拘束されたレティカの上司が、オルダとラクシャの裏工作――論文盗作、研究費横領の冤罪、左遷の企て――やっていた事をようやく全て立件され、彼女の名誉が正式に回復したと連絡してきたのは、わずか一週間前のことである。
ところが――。
『真実の愛っぽいの見つけたのでもうしばらくここにいます』
シュガードナ家はこれでレティカがやっと戻ってこれると喜んだのも束の間、直後に送られてきた手紙に書かれた一文に全員が目を疑ったものである。
「正直言って、私もいまだに信じられないのよね。そういうのには一生縁のない子だと思ってたから」
「自分の子――ましてや、貴族の娘に言う言葉ではないですよ。……十中八九、王都に戻るのが面倒になって適当に考えた言い訳という所でしょう」
「良い研究素材を見つけたとか、そっちの方がまだ理由としてはらしいわよね」
おそらくアクエス殿下や宮廷魔導師たちは元婚約者に裏切られた心の傷が残っており戻りづらい、とそう考えているのかもしれない。
――もっとも、あの子はそこまで繊細な心の持ち主ではない、とレティカの性根を知り抜いている二人は察していたが。
「でも実際どうなのかしら。そのダストという子は」
振り返ったレイシアが意味深に視線を送ると、マシューは肩をすくめて紅茶を一口飲んだ。
「この前こっそりサポロヘイムまで会いに行ったのですがね。一見すると粗雑な男ですが、意外と骨のある男だと思いました」
見透かすように尋ねる母に対し、マシューはその時の事を思い出す。
挨拶をした後も、度々威嚇も兼ねて少しだけ威圧してみるも、彼は飄々と受け流してみせた。
そして、その後のレティカと彼のやり取り、憎まれ口を叩き合ったりしていた姿を見て、マシューは目を疑った。
そもそも、あの妹があそこまで素の態度で家族以外の異性と接する姿など初めて見たのだ。
「ふふ。あなたがそこまで言うなんてね。私も興味が出てきたわ」
「ああいう手合いの方が逆にレティカとも相性もいいかもしれませんよ。まだ全て認めたわけではありませんが、少なくともオルダよりは遥かにマシです」
「アレと比べるのは可哀想すぎるわ」
二人は顔を見合わせ、堪えきれずに声を上げて笑った。
オルダの無神経さと自己欺瞞からきた愚行は、今やシュガードナ家はもちろん社交界でも噂となり恰好の笑い種である。
降爵の原因は、ラクシャとの共謀や王都での不正に加え、レティカへの仕打ちが明るみに出たことも大きい。
取り潰しこそ避けられたものの、貴族の末席にまで落ちたモルノン家は、世間でも物笑いの的となっていた。
マシューがカップをテーブルに置き、少しだけ真剣さを滲ませた顔で答える。
「母上、俺はレティカが幸せならそれでいいですよ。あの辺境でのんびり好きな事をしている方があの子らしい」
「そうね。そこは私も同じ気持ちよ」
レイシアは手紙を丁寧に折り畳み、目を細めて優しく微笑んだ。
「でも、あの人……バートンにはまだ内緒ね。ダストくんに会ったら、また大騒ぎになるでしょうし」
「ですね」
窓の外では澄み渡るような青空が広がっており、晴れやかな気持ちで二人はそれを見上げる。
きっとあの子も同じ青空を見ているのだろうと思いながら。
……一方、サポロヘイム領では。
青空に白煙が勢いよく立ち上り、焦げ臭い風が辺りに漂う。
「ゲホッゲホッ! こ、今度こそ上手くいくと思ったのに……!」
レティカが煤だらけの顔で項垂れていると、同じように隣で咳き込んでいるダストがこみかめを押さえながら叫んだ。
「お前、本当にいい加減にしろよ! この前も部屋を半焼させちまったばっかりだろうが!」
「それだって アナタが『そろそろ成功させてみろ』って煽ったのが悪いんですよ!」
「だったらちゃんと成功させろ! 爆発がお家芸になってるじゃねえか! 下手な攻撃魔法よりも威力があるぞ!」
「じゃあ今度はあなたに直接ぶつけてやりましょうかねえ⁉」
そのまま言い争いを始めるレティカとダスト。
近所の人々が何事かと集まってきたが、二人の姿を確認すると「またか」と呆れ笑い、中には今日はどちらが勝つか賭け事まで始める者もいる始末だった。
「失礼いたします、お二方」
そこへ一人、客人が訪れる。
領主の屋敷で働くメイドだ。
相変わらずの鉄面皮だが、その眼光には静かな怒りのようなものが見えている。
「お二方。領主様がここ連日の爆発騒ぎについてご説明いただきたいそうです。……失礼ですがご同行願います」
「「うげっ」」
二人は汗だくになった顔を見合わせる。
こうして、サポロヘイムの賑やかな喧騒は今日も続いていくのだった。




