ミカからの提案
伯爵家とは思えない簡素な内装の部屋の隅に、この場に似つかわしくない華やかな花束と包装紙に包まれたままの品々が置かれている。
軟禁生活を強いられた後、ダリクから贈られた物だ。形式的には婚約者への贈り物であり、その内実はドルテンの機嫌取りであった。
彼の魂胆などお見通しなケルティがそれらに触れることは一切なく、美しかったはずの花々も飾られることなく萎れかかっている。
気分転換にとミカが用意してくれた流行りの恋愛小説にも手を付けることなく、ケルティはぼうっと窓の外を眺めて過ごすことが多くなった。
ミカとのやり取りを思い出しては得体の知れない不安に襲われることの繰り返しだ。
ー 何を隠されてるんだろう…
何十回目になるか分からない疑問がまた頭の中によぎる。
あの日、ミカに弟の存在を尋ねた時の反応が忘れられないのだ。
『…存じ上げません』
歯切れの悪い口調で言うと、ミカがそれ以上話すことはなかった。
何度尋ねても返答は同じで、ケルティにはそれが何か隠しているようにしか見えなかったのだ。家族のように慕っていた相手に隠されることが辛く、今はもう聞くことを諦めてしまっていた。
「セリウス様…」
急に懐かしく感じた相手を想い、ケルティの瞳に涙が溜まる。
彼に手紙を書いたら良いと言ってくれたミカだったが、今はやめた方がいいと意見を変えてしまっていた。
頼る相手が彼女しかいない以上、ケルティに連絡を取る術は無かった。
「ケルティ様、お食事をお持ちしました。」
出来立ての料理をトレーいっぱいに並べたミカが部屋にやってきた。
湯気の立つスープと香ばしい香りを放つ肉厚のステーキに、パンやサラダまで並んでいる。これまでのアレースト家では考えられなかった豪華な食事だ。
今すぐ飛びつきたいほど魅力的だったが、これがダリクの仕業だと思うとケルティは一気に食欲を無くす。
「…後で食べるからそこに置いといて。」
窓の外に視線を向けたまま、ケルティは低い声で返した。
「そう言って昨日も碌に召し上がってませんよね。」
「だって食べる気にならないんだもん…」
「そう言うと思ってこちらを用意しました。」
そう言ってミカが取り出したのは、見慣れた固いパンとサラダと申し訳程度のハムが詰まったランチボックスだった。
「これ、ミカが…?」
「ええ、いらないとは言わせませんよ?」
「いるに決まってる!」
いつもの食事の安心感とミカの配慮にケルティの目頭が熱くなる。バレないように慌ててパンを口に放り込んだ。
ミカは微笑ましく眺めながら、淹れたての紅茶を差し出した。
「ねぇミカ、そろそろセリウス様に手紙を出しても良いと思わない?私毎日大人しくしてるし、監視の目もだいぶ緩んでると思うんだけど。」
久しぶりに満腹感を感じたケルティの顔は血色が良くなり、声にもハリがある。
だが、主が元気を取り戻したというのにミカの表情は優れないままだ。
「その、大変申し上げにくいのですが…」
お代わりの紅茶を運んだトレーをワゴンに置くと、ミカが目を伏せた。
「これまで手紙のひとつも寄越してこないのはいかがなものかと思いまして…」
「…それどういう意味?」
予想もしなかった返答にケルティの声がついキツくなる。
「普通なら、大切な相手が学園に来なくなればまず家に向かうか、少なくとも手紙の一つは送ってくると思うのです。ですが、そのどちらの行動もないとすると、あの方の真意を探ることが難しくなってしまいます。」
「それは何か事情があるのかも。ダリクの家からも監視者が来てるから近寄れないだろうし、手紙だってお父様が捨てているかもしれない。…この状況で連絡をつけるのは難しいと思うよ。」
「本当にそうでしょうか…?」
ミカは顔を上げ、真っ直ぐにケルティのことを見据えた。
「伯爵以下ならまだしも、侯爵家の権力を使って出来ないことなどありましょうか。やり方なんていくらでもあるはず。手段があるのにそれを意図的にやらないのであれば、ケルティ様に対する優先度が低いと思われても仕方ないかと。」
「…何でそんなこと言うの?」
怒りを通り越し、悲しみに染まった声音で絞り出すように言葉を発したケルティ。自分の意思に関係なく視界が滲んでいく。
ー そんなこと絶対にあるわけない。
セリウス様の瞳はいつも真摯でいつだって私だけを映していてどんな時も優しくて温かだった。彼の気持ちに嘘なんてひとつもない。そんな彼だから私も一緒にいたいって思えた。
今は何か有効な手立てを考えてくれているはず。何でも出来る彼が何もしないなんてあるわけない。だから彼の邪魔にならないよう大人しくこのまま待っていれば、近いうちにきっと…
「音沙汰の無い相手より、形だけでも婚約者として振る舞うダリク様の方が堅実ではありませんか?旦那様にも気に入られているようですし、家の繋がりが強固になれば離縁の心配もありません。」
「え…今なんて…?」
「私は、セリウス様よりダリク様の方がケルティ様のお相手として相応しいと思うのです。」
ハッキリと言い切ったミカの言葉は聞き間違えだと言い訳することが出来ず、真正面から鋭利な刃物でケルティの心を抉ってくる。
辛うじて立っていた極小の地面を切り崩されたような感覚になり、再び絶望の闇に突き落とされてしまった。




