ダンスパーティー当日
「ケルティ様、どこからどう見ても完璧な淑女にございます。私がセリウス様なら、視界に入れて0.5秒後には跪いて求婚していますね。」
「…………一言多いよ。」
あっという間に訪れたダンスパーティー当日、ケルティはセリウスに贈られたドレス・靴・アクセサリーの一式を身に纏い整えられた姿で鏡の前に立っていた。
彼女の後ろに控えるミカの溢れんばかりの笑顔とは対照的に、鏡に向かって不服そうな表情をしているのは彼女なりの照れ隠しだ。
「緊張のあまり断ってしまってはダメですからね。気持ちを整える時には恥ずかしげな表情でお足元に目線を」
「ああもう!分かってるってー!!」
支度の途中何度もプロポーズの話をされていたケルティはつい声を荒げたが、ミカが気にする様子はまるでない。
異性相手に心を乱すケルティの姿が嬉しくて仕方ないようだ。
「で、いつまでお待たせになりますか?」
「え?何を待たせるって…?」
ちらりと壁時計を見上げたケルティは小首を傾げた。耳元でブルーダイヤモンドの連なったチェーンピアスがきらりと輝く。
今日は朝から支度をしていたため、まだお昼前の時間だ。
ダンスパーティーは夕刻から開始となり、昼過ぎにセリウスが迎えに来る手筈となっている。会場は学園のすぐ近くに位置する王立舞踏場で、ここからすぐの距離だ。
「正門前に停まっているのは侯爵家の馬車かと。随分と前から停車しているようですよ。」
「うそでしょ!」
正面玄関側に位置する窓に駆け寄り両手でレースのカーテンを開け放った。
門の向こう、やや遠くに見覚えのある立派な馬車が見えた。
「いくらなんでも早すぎでしょう!約束の時間までだいぶあるし、まだ会場だって空いてないのに…」
「ふふふ。それほどまでにケルティ様とお会いになることが待ちきれなかったのですね。恋ですね、恋。それもとびきりの。」
「ちょっと!変なこと言ってないで、これどうしたらいいの?時間までまだ結構あるし、あのまま待たせておくわけにも…でも早く行っても向こうに着いてから暇になるし…」
もう一度窓の外に目を向けたケルティは、意を決してレースのカーテンを閉じた。
「やっぱり行ってくる!」
悩んだ挙句、待たせることを忍びないと感じたケルティは重さのある豪奢なドレスの裾を両手で持ち上げ、ドアへと向かう。
ミカも慌てて荷物を持ち、後ろから彼女の腕を取って馬車までの道をエスコートしていった。
こちらの動向を気にしていたのか、ケルティ達が玄関の外へ出るとすぐ、漆黒の正装姿のセリウスが馬車から降りて門の中へと入ってきた。
「ケルティ…すごく、すごく綺麗だ。ドレスもアクセサリーも全部似合ってる。ちょっともう…これは美し過ぎて上手く言葉にならないな…」
息を切らすことなく颯爽と駆け寄って来たセリウスは、ケルティの姿を目にするなり感極まった声音で言葉を詰まらせた。
「………っ」
ー な、ななななな、なんでこんなっ………
セリウスの姿を目にしたケルティも言葉が出て来なかった。
普段と違い、癖のある前髪は全て後ろに撫で付けており形の良い額が露わになっている。そのせいで宝石のように輝く青い瞳とシミひとつない真っ白な肌がより際立っていた。
自分よりも年下のはずなのに、大人の色香を醸し出すセリウスにケルティの鼓動が早くなる。こうなるともう意識せずにはいられない。
「ケルティ?」
何も言葉を返さないケルティに、セリウスは不安そうにしながらも彼女の頬に手を伸ばした。
「なっ…ちょっと!!……え?」
頬に触れられると思い、両手で頬を押さえて身構えたケルティだったが、セリウスの手は通り過ぎ彼女の耳元で揺れるピアスに触れた。
「髪が絡まってたから。」
「!!!!!!!」
自分の勘違いに、ケルティの顔は火がついたように激しい熱を持つ。聡いセリウスは彼女の表情を見て勘付いた。
「今は必死に堪えているからね。そういうのは二人きりの時に、ね?」
揶揄うように軽く片目を閉じたセリウスが、すっと視線を流してミカの存在を伝えてきた。
「ケルティ様。せっかく整えたお姿なのですから、乱れるのはパーティー後にしてくださいませ。」
「ぎゃああああああっ!!」
完全にセリウスのことしか頭になかったケルティ。
ここまでエスコートしたミカの存在などすっかり頭から抜け落ちていた。
「なんでここにミカが!?じゃなくて、変なこと言わないでって!!」
「そろそろ行きませんと、ワクワク密室馬車デートのお時間が短くなってしまいますよ。さぁ、お荷物もお忘れ無く。」
ケルティのことを送り出そうと、ミカは手にしていた小ぶりの旅行鞄を強めに押し付けてきた。
「これ何が入ってるの?」
荷物など用意していた記憶はなく、ケルティが不思議そうな顔で受け取ろうとしたが、一歩前に出たセリウスが受け取った。
「お泊まりセットにございます。今日から夏季休暇ですので、念の為3泊分のご用意を。これで何も気にすることなく十分に楽しめますでしょう。足りない場合はすぐお届けに参りますのでご一報を。」
当然のことをしたまでとミカは誇らしげな顔で微笑んでいる。
最後の一言は思い切りセリウスの顔を見て言ってきた。彼はなんとも言えない顔で苦笑している。
一方のケルティは、
「なんてことしているのよ!!!こんなのいらないって!何考えてるの!!」
顔を赤くして盛大にブチギレていた。頭から湯気が出そうな勢いだ。
「本日はお返しします。」
怒るケルティの背中を撫でて宥めつつ、セリウスは受け取った鞄を丁重にミカへと返した。
「改めて彼女をこの家から連れ出す時はこちらで荷馬車を用意しますので、荷造りは家の者にお任せください。では、僕たちはそろそろ参りますね。」
セリウスはミカに微笑むと、ケルティの手を取り自分の腕にかけさせた。
「まぁなんという…どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
目に涙を浮かべるミカに見送られ、そのまま足元に細心の注意を払いながらゆっくりと馬車へと向かっていく。
「え……今なんか物凄いこと言ってなかった…?」
流れるような動作でセリウスに連れられ、半ば無意識に馬車まで歩くケルティだったが、ふと我に返りまたもや顔を真っ赤にしていた。
そんな彼女の横顔を見たセリウスは、ニヤける口元を反対側の手で押さえ、必死に平常心を保とうとしていたのだった。




