再会と冷えた料理
当たり前のように繋がれていた手が離れ、薄れていく温もりにケルティがハッとして顔を上げた。
「じゃあ、また明日ね。」
「うん、また明日。」
放課後のお茶タイムを終え、セリウスにカフェテリアから馬車まで送られたケルティ。
笑顔で手を振り返し、アレースト家の馬車へと乗り込んだ。
「また言えなかった…」
ドアが閉まった途端、背もたれに体重を預けてだらしなく座りため息を吐いた。
ー あれから何度も二人きりの機会はあるのに、いざ口を開こうと思うとなんて言えば良いか分からなくなる…はぁ…なんだかものすごーくモヤモヤする。
セリウス様はいつも穏やかで爽やかでこんな風に思い悩むことなんてないんだろうな。彼は一体どんな気持ちで私と一緒にいてくれるんだろう。ダンスのパートナーだから?体裁のため?パーティーが終わったらもう関わりが無くなる??
私はきっと、このままでいたいんだろうな…ずっと隣にいてこっちを見て微笑んでいてほしくて、なんかそれだけで毎日幸せな気がしちゃうんだよ。……なんて、自分でも笑っちゃう。そんなことを誰かに望むなんて。本当に私らしくないなぁ…
こんなモヤモヤ嫌だから、
明日はこそはちゃんと話をしないと。
「ケルティ様、おかえりなさいませ。」
「ただいま?」
いつになくきっちりとした格好で出迎えてくれたミカに、ケルティは玄関に立ったまま不思議そうに首を傾けた。
「旦那様がお戻りになっています。夕飯をご一緒にとご伝言を頂いておりますので、お召し替えをした後ダイニングへと参りましょう。」
「お父様が!?うん、分かった。急いで支度しなきゃ。」
差し出された手にカバンを預け、ケルティは自室へと向かう階段をかけ上がった。
ー コンコンコンッ
「ケルティです。」
支度を整えたケルティはすぐにダイニングを訪れた。
「ああ、入れ。」
久しぶりに聞く父の声は記憶よりも明るく、ケルティの胸は高鳴った。
まるで昔の優しい父が戻ってきたようなそんな期待に胸が膨らむ。
「久しぶりだな、ケルティ。最後に顔を合わせたのは…去年の感謝祭か?…いや、学園に入る前だったか?まぁそんなことはどうでもいい。元気そうで何よりだ。」
向かい合って座るケルティに、上機嫌な父ドルテンの口元が緩む。既にワインボトルを一本空にしており、頬が紅潮していた。
「お父様も元気そうで良かった。これからは王都で仕事をするの?」
「ああそうだ。あとこれ、土産だ。」
「ありがとう…って、これ…」
向かい側から片手でひょいと渡されたのは髪飾りであった。
それもただの髪飾りではなく、銀細工の土台の上に大粒のサファイヤが三つもあてがわれており、凄まじい輝きを放っている。触れるには白手袋必須の超高級品だ。
「ん?気に食わなかったか?」
「これ…物凄く素敵だけど物凄く高価な品でしょ?こんなお金一体どうやって…」
「今は割りのいい仕事についているからな。このくらいいつでも買ってやれる。」
「仕事って、スロットル家の?」
ケルティの顔が曇り、髪飾りを握る手に力が入る。
後ろに控えていたミカがケルティの手から髪飾りを受け取り、箱の中にしまった。
「そうだ。すぐに以前のような暮らしに戻れるぞ。いや、それ以上かもしれん。これで散々馬鹿にしてきた貴族どもを見返してやれる。」
ドルテンは赤ワインのグラスを片手に、切り分けた厚みのあるステーキ肉を口に運んだ。普段のケルティの食卓には滅多に並ばない代物だ。
機嫌良く食べ進め、ワイングラスを傾ける手が止まらない。
「…そう」
ー どんな仕事をしてるのか気になるけど…でも、こんなに明るいお父様を見たのはいつぶりかな。どんなお金であれ、アレースト家の名を捨てずにまた家族三人で暮らせるなら悪くないのかも…それは私が1番叶えたかったことだもん。
「これからはまた家族三人で暮らせるんだね。」
ようやくケルティが笑顔を見せた。
ドルテンと同じように、久しぶりのステーキ肉を堪能しようとナイスとフォークに手を伸ばす。
「あいつはダメだ。」
「え…………?」
肉に突き立てようとしたナイフを持つ手が止まる。
いきなり声が低くなったドルテンが恐ろしく、彼の顔を見上げることが出来ない。そのままの姿勢で目の前の皿を見つめ続けた。
「あれは役に立たん。金に困っていた時期に何も出来ず、今も部屋に籠もりきりだ。もう無理だろ。あのザマだからな、お前ももう忘れろ。」
ドルテンの言葉にケルティの意識が遠のく。手にしているはずのカトラリーの感触は消え、目の前が暗くなる。
一切の五感が消え去ってしまったようなそんな絶望的な喪失感に襲われた。
「だがお前は違う。お前には嫁ぎ先という未来があるからな。アレースト家の存続はお前に掛かってるも同然だ。たしかスロットル家にも同じ頃の息子がいたな…縁談を組んでもらうか。ああそうだな、それが手っ取り早いな。」
「っ……………」
感覚を失ったと思ったのに、ケルティの胸に衝撃が走った。それはまるでナイフでザックリと切り付けられたような明確な痛みであった。
あまりの衝撃に否定の言葉も口に出せず、ケルティは身を守るように俯くことしか出来ない。
「おい、今すぐスロットル家に出す手紙を用意しろ。」
「えっ…」
「旦那様、先ほど賃金に関しての書簡が届いておりました。お部屋に準備しておりますので、先にそちらへお目通しをお願いしたく思います。おそらくお急ぎのご用件かと。」
「金の話は早く言え、この愚図が。」
「大変申し訳ございません。」
ドルテンは膝に乗せていたナプキンを床に叩きつけると乱暴に音を立てて席を立ち、ケルティに声を掛けることなくそのままダイニングを後にした。
「お食事、温め直してきますね。」
固まったままドアを見つめ続けるケルティのことを気遣い、ミカは手付かずの皿をワゴンに載せて厨房へと下がった。




