カフェテリアデート
午前の授業終了を告げる鐘が鳴った。
いつもならすぐに教科書やノートを片付けて昼休みに入るケルティだが、今日はその気配がない。もう教師も出て行ったというのに、開いた教科書を見つめたまま固まり難しい顔をしている。
「ケルティ」
予想していた声に名を呼ばれ、ケルティの肩が微かに動いたが目線は教科書に向けたままだ。
「ケルティ、愛しの待ち人が来たわよ。」
「ちょ、レナっ!!!」
ケルティの聞こえないふり作戦は親友の手によってあっけなく終いとなってしまった。
勢いよく顔を上げてしまった手前、セリウスと向き合わざるを得ない。
セリウスにランチに誘われたとレナに話したことを全力で悔いた。
「レナ嬢、お昼休みにケルティをお借りしても?」
「ええ、もちろんよ。貸すなんてケチくさいこと言わないから、そのままもらってくれて構わないわ。」
「余計なこと言わないでよっ!!」
「グズグズしてるケルティが悪いのよ。ほら早く行って来なさい。でないと、色んなこと話してしまうかもしれないわ。」
「もうっ!」
レナに煽られたケルティは怒りのまま立ち上がった。
その勢いで振り返らず歩き出そうとした彼女の腕を、セリウスが優しく絡め取りエスコートの形を取る。
「行こうか。」
セリウスは、すぐ隣にいるケルティの顔を覗き込んでふわりと微笑みかけた。
「え、ええ。」
自分しか映していない宝石のような青い瞳に、トクンッとケルティの胸が音を鳴らす。
自分の意思とは関係なしに早まる鼓動を押さえつけるように胸に手を当てた。
セリウスに気取られないよう、小さく深呼吸を繰り返しながら彼について行く。
ついた先はいつものカフェテリアだったが、いつもの窓際の席ではなく、中央に位置する注文カウンター目の前の最も目立つ席であった。
丸テーブルを囲むように置かれている半円型のソファーに並んで座る二人。
それと同時に、周囲の喧騒が鎮まり何十人という視線が一斉に二人に向いた。
肌を突き刺すほどの視線の数々だったが、セリウスは一切気にすることなくケルティにだけ微笑みを向けている。
「ここは居心地が…」
視線に圧倒され縮こまるケルティは、チラリと周囲を見渡した後さらに身体を小さくした。
「初めてのランチデートなら普通個室を取るべきだよね。目立つ場所を選んでごめん。」
「え…ワザとここを選んだの?」
すぐにでも他の席に移ろうと空いている席を目で探していたケルティは目を見開く。
常に目立たないことを念頭に行動してきた彼女には、好き好んでこんな場所を選ぶ人の気が知れなかった。
やはり自分とは住む世界が違う人間なのだと思い知らされ、軽く目の前が霞む。
「うん、僕が君のことを口説いているって周知させたくてね。これなら手っ取り早く学園中に広まるでしょう?好都合だなって。」
「はぁっ!!!!??」
『口説く』など耳慣れない且つ一生言われることのないと思っていた言葉の破壊力はすさまじく、今現在どれだけ自分が注目を浴びているかということも忘れて腹の底から大声を出したケルティ。
公衆の場で貴族女子が大声を出すなどはしたない行為でしかないが、セリウスはとても嬉しそうに口角を上げている。
その場に立ち上がった彼女の手を引いて椅子に座らせると更に笑みを深めた。
「僕の言葉で君が動揺してくれるなんて夢みたいだ。少しは意識してもらえているってことかな。」
「え、ちょっと待って…何が何だか話についていけなくて…」
「あ、お腹空いたよね。いつもの日替わりメニューで良いかな?少し待っててね。すぐに戻る。」
セリウスは注文カウンターへと姿を消してしまった。
相変わらず彼のペースに呑まれまくりのケルティはテーブルに両肘をつき頭を抱えている。
「お待たせ。」
セリウスは危なげなく両手にトレーを持ち、ケルティの元へと戻って来た。
頭上から漂ってくる香ばしい肉の香りにつられ、ケルティが視線を上げた。
「こっちの方が好きかと思って。」
そう言ってテーブルの上に置いたトレーの上には、メインの肉料理と付け合わせの野菜とスープと焼きたてのパン、旬のフルーツと小菓子が並んでいた。
これは、このカフェテリアで最も高い季節のスペシャルメニューだ。
「うっ…物凄く美味しそう…」
「うん、たんとお食べ。」
空腹を思い出したケルティが生唾を飲み込み、目を輝かせる。
食欲には抗えず、セリウスが差し出してくれたフォークを手に取った。
初めて食べたメニューの美味しさに感激したケルティの手は止まらず、一口一口感動しながら食べ続けている。
黙々且つ結構な勢いで食べ続ける様はデートなどと言えたものではなかったが、隣に寄り添うセリウスからは幸福感が満ち溢れていた。
ー これもしかして…食べた以上何か言うことを聞かないといけないってやつ…?
腹7分目にまで至ったところで冷静さを取り戻したケルティに不安がよぎる。
これは無償でもらって良いものではないと思い至り、今さら過ぎたがフォークを置いた。
「ねぇ、これ…」
「ああ、気にしなくていいよ。」
ケルティの不安などお見通しだと言わんばかりにセリウスが彼女の言葉を遮った。
「僕は君のためなら何だってしてあげたいんだ。もちろん、それに対して見返りを求めることはしないよ。」
「別に私そんなことしてもらう理由なんてないのに…それに…ちょっとこわい…」
「ふふふ、素直だね。まぁ、君を口説くためになるべく自分をよく見せて君に好かれたいって下心はあるけど。」
ティーカップに口を付けたセリウスは意味ありげに片眉を上げてケルティに視線を投げかけた。
「だから君は何も臆すことなく全てを受け取った上で最後に判断してくれればいい。僕が君に望むのはそれだけだから。」
「…えっと、そんなふうにされたら私断りにくくない?」
「まぁ、君に断られることは想定してないからね。」
にこにこといつもと変わらぬ笑みを浮かべるセリウスは相当に自信があるように見えた。
自分は選ぶ側で余裕があるはずなのに、ケルティの心臓は早鐘を打ち、口説かれようとしている事実にドキドキが止まらない。
「ってことで、君が受け入れてくれるまで口説き続けるからよろしくね。」
ただえさえ緊張が高まっていくケルティに対し、セリウスは笑顔のまま更なる追い打ちをかけてきた。手加減するつもりはなく、彼女のことをとことん追い込む気らしい。
あまりにわけが分からず、これ以降はあまり味のしないランチタイムとなってしまったケルティであった。




