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玉の輿婚を狙ったはずが、なぜかお相手の方が本気でした  作者: いか人参


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デートの終わり



「ねぇ、おかしくない…?」


「一つもおかしいことなんてないよ。とてもよく似合ってる。今すぐここから連れ出したいくらいに。…いやでも、他の奴には見せたくないな。」


「いやそういうのじゃなくてね…」


げっそりとした表情で返したケルティは夜会に行くような華美なドレスを身につけており、開け放した試着室のカーテンの裏に隠れるようにしがみついていた。

一方のセリウスは満遍の笑み…を通り越し、うっそりとした表情で視線を外すことなくケルティのことを見つめ続けている。



『逃げないで』というセリウスの言い付けを真面目に守ったケルティは、気付いたら試着室の中でニコニコと微笑む女性店員達に囲まれていた。


セリウスの指示の元彼女に似合うであろうドレスが次々と中に運び込まれてきており、唐突にケルティのファッションショーの開始となってしまったのだ。

着替えを終える度に部屋の扉とカーテンを開けられ、セリウスと店員達に賛辞と拍手を送られるケルティ。最後の方は精神的にも体力的にも疲れ果て、顔から表情が抜け落ちていた。


「ケルティが疲れてしまうからこの辺で終わりにしようか。」


「ありがと…ございます…」


ようやく解放されたケルティは思い切り息を吐いた。ついでに両膝も床につこうとしたが、店員にやんわりと止められ近くのソファーに座らせられた。

今にも破けそうな高級素材の生地に傷をつけるのが恐ろしく、かなり気を張ってドレスを着ていたせいもあり疲労困憊だ。


試着室の内カーテンを閉めて扉を内側から閉じ、数名の店員によって丁寧な手つきで繊細な生地のドレスを脱がされていく。



「お召しになったもの全てで宜しいでしょうか。」


「ああ。それと、この店で人気のあるデザインのものもいくつか入れといてくれ。店主のセンスに任せる。」


「畏まりました。」


「は!?今ものすごいこと言わなかった!!?」


不穏な言葉を耳にし、ケルティは堪らず試着室の中から大きな声を出した。


着替えの時にちらりと目に入ったドレスの値札には、とんでもない金額が書かれており、それはアレースト家の全財産を投げ打っても3着買えるかどうかというほどだ。



「ケルティ、安心して。アレースト邸に直接届くようにするから。君の手を煩わせるようなことはしないよ。」


「いや、そこじゃないって!!!」


その後も抗議を続けようとしたケルティだったが、身支度が途中だったためまたもや側にいた店員達に止められてしまった。




「これどうしたらいいの…?こんなに沢山…罪悪感に押しつぶされそう…なんでこんなことに…」


帰りの馬車の中、ケルティはぐったりとした表情で俯いている。


ケルティが着替えを終える頃にはセリウスは既に支払いを済ませてしまっており、後戻り出来なくなってしまったのだ。

ケルティ用に用意されたドレスを他の人に譲渡するわけにもいかず、彼女が受け取るほかない。彼女の声に耳を貸さずに強行したセリウスの完全勝利だ。



「僕が好きでしたことだから。デートなのだから、プレゼントを贈るくらい普通だろう?その程度の甲斐性は持ち合わせているつもりだよ。」


落ち込んでいる子どもを慰めるかのようにセリウスが意識して優しく穏やかな声を出す。

その瞳は真っ直ぐにケルティのことを捉えており、抑えきれない愛おしさが滲み出ていた。



「って、知り合って間もない僕が言っても信頼に欠けるよね。」


ふとケルティから視線を外して窓の外に目を向けるセリウス。

その瞳にいつもの輝きはなく、ただ車窓から見える夕暮れの街並みを反射していた。



「本当はもっと時間をかけて君と知り合いたかったんだ。だけど僕は未熟で…少し…いや、かなり抑えが効かなく心のままに急いてしまった。その結果、僕の発言に重みがなく君に不信感を抱かせることになってしまった。全くもって恥ずかしい話だ。」


「そんなこと…」


即座に否定したかったが言葉が続かなかったケルティ。

いつもは目が合うはずの青い瞳がこちらを向いてくれず、今まで感じたことのない焦燥感が込み上げる。



「良いんだよ、ケルティ。君は君のままでいて。これは僕が努力をしなければならないことなんだ。」


そう言ってケルティの方を振り向いたセリウスはいつもの穏やかな微笑みに戻っていた。


何か言わなければと思ったケルティだったが、車窓から見慣れた景色が目に入り、しばらくして馬車が停止した。



「着いたみたいだね。名残惜しいけれど、今日はここまでだ。中途半端な時間に返してしまったから、良ければこれ二人で食べて。」


いつの間にか紙袋を手にしていたセリウスが笑顔でケルティに差し出す。

紙袋の隙間から香ばしいパンの香りとスモークした肉の香りが漂っており、それが食べ物であることが分かった。



「ありがとう。」


ずっしりとした紙袋を受け取ったケルティはセリウスの手を借りて外に出た。



「ではまた学園でね。」


ミカが邸の中から出てきたことを見届けたセリウスが笑顔で手を振り、颯爽と馬車へ戻る。



「セリウス様!」


だが、ケルティの足は無意識に駆け出しており、気付いた時にはセリウスの袖を掴んでいた。


驚いて振り向いたセリウスは声も出ず両目を見開く。そこにいつもの余裕はなく、青い瞳は驚愕と歓喜の入り混じった複雑な色をしていた。



「今日は物凄く楽しかった!ほんとにほんとだから。本当にありがとう。だからそのっ…」


ひと息で言い切ったケルティは息継ぎのため、言葉を切って大きく息を吸う。



「そんなに悲しそうな顔をしないで。」


「……っ」


今にも泣きそうな瞳で見つめてくるケルティに、セリウスは言葉を失う。


困惑と動揺が思考を支配し、それらが徐々に悦びへと変化していく。心を見透かされた恥ずかしさと己の不甲斐なさを、気付いてくれた悦びが上回る。


高まった感情を今すぐに伝えたくて、ありったけの想いを込めてケルティの頬に触れようと手を伸ばす。だがそれは、すんでのところで叶わなかった。



「じゃ!また学園でねっ!!」


恥ずかしくなったケルティが脱兎の如く邸の中へと逃げて行ってしまったからだ。

触れられなかった彼の手は宙に浮き、そのまま彼の前髪を弄る。



「ああもう…これ以上僕を虜にしてどうするつもり?」


彼の声は誰に届くこともなく、頬を撫ぜる生暖かい風と共に霧散した。



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