デートに向けて
放課後のカフェテリア、昼時とは異なりほとんど人がおらず静かな空間となっている。
それぞれが教科書を広げて課題に向き合っていたり、友人達とお茶を楽しんだりと穏やかに過ごす中、ただひとり荒れてる者がいた。
「次の休みって明後日なんだけど!ねぇこれどうしたらいいの…!!」
ケルティの切羽詰まった声がカフェテリア内に響く。
幸い、この場に同じクラスの生徒達はおらず、音に反応した数人が迷惑そうに視線を向けるだけであった。
「迎えに来てくれるならいいじゃない。何も心配いらないわよ。向こうだって色々考えてくるでしょうから、ケルティは呼び鈴が乗ったら馬車に乗る、あとは彼に身を任せれば何も問題ないわ。初デート楽しんでね。」
慌てふためくケルティとは対照的に、向かい側に座るレナは涼しい顔で紅茶を口にしている。
ケルティから開口一番デートにセリウスから誘われたことを聞かされたが、時間の問題だと思っていたレナが驚くことはなかった。
「いやだからデートって一体なんなの…」
「ふふふ。その辺りセリウス様は心得ているでしょうから、良い学びの機会になるんじゃないかしら?きっとレディなら誰もが憧れるような素敵なエスコートをしてくれるはずよ。羨ましいわ。」
ケルティの隣に座るセラフィーヌが余裕の表情で頷いている。
最後の一言は社交辞令と分かるほどに棒読みであったが、自分のことでいっぱいいっぱいのケルティが気付くことはない。
「そもそもなんでこんな私をデートに?やっぱりこれ揶揄われてるんだよ…うん、デートって言葉に騙されちゃいけない気がする。向こうは深く考えずに誰にだってデートって言葉を乱用してるのかもしれないし…案内されたお店で高級な壺とか売りつけられたらどうしよう…手持ちのお金は最低限にした方が安心かも…」
セリウスの言葉に疑心暗鬼になるケルティは、ミルクを足した紅茶をいつまでもスプーンでぐるぐるとかき回している。そろそろ湯気が消えてしまいそうだ。
一方レナは、ケルティではなくセラフィーヌに視線を移す。
「で、どうしてセラフィーヌがここにいるのよ。私たちと一緒にいて良いわけ?それとも何か目的があるの?」
すっと目を細めて目の前に座るセラフィーヌのことを凝視するレナ。
いきなり放課後の二人のお喋りに混ざってきた彼女に猜疑心を抱いていた。
レナに睨まれてなお、セラフィーヌは変わらず優雅な微笑みを浮かべている。
「ケルティの恋路が気になるから。私たちもうお友達だもの。」
「嘘よ。」
「ひどいわね、気になるのは本当よ。ただそうね…貴女達の肩を持ったらキャメリアが嫌がるかなと思って。」
「何よそれ…」「え」
優雅な微笑みのまま物騒なことを言うセラフィーヌに、様子を窺っていたケルティも思わず声が出た。
「だって、あの子家柄だけで威張り散らしてるんですもの。性格悪いし、大して美人でも無いし。たまには焦った顔の一つでも拝んで見ようかしらって。ふふふふ。あの子怒らせたら面白そうだと思わない?」
「うわ…」「ひいっ」
ソーサーの上に添えられたスノーボールを口に運び、手で口元を押さえながら咀嚼し楽しげに微笑んでいるセラフィーヌ。
見た目は小菓子を品よく楽しむ令嬢そのものであったが、直前の発言によりレナとケルティは完全に引いている。
「貴女達の敵にはならないし、もちろんケルティの恋も応援するわ。だからこれからも仲良くしてね。」
「「・・・」」
何も言えないままセラフィーヌに押し切られてしまった二人。
彼女の本心暴露により混乱を残したまま放課後のお喋りはお開きとなってしまった。
***
「ああもう私の馬鹿。なんでレナ達に肝心なことを聞いておかなかったんだろう…」
休日前夜、ケルティは自室のクローゼットの前で万策尽きたかのように両膝を付いていた。
明日に迫ったセリウスとのデート、何を着ていけば良いか分からず全力で項垂れていたのだ。
「そもそも外に着ていけるような碌な服がないってなに…人として終わってるじゃん…」
クローゼットに入っている服のほとんどは室内着用の簡易的なワンピースであり、外に着ていけるような代物ではない。
それ以外では、数年前に新調した流行り遅れの厚手のワンピースかお見合い用の無駄にギラギラした一張羅しかなかった。
ー どうしようこれ…
さすがにこんな夜会に着ていくようなドレスで街中歩けないし…ってそういえばどこに行くんだろう?何も聞いてないや…益々何を着たら良いか分からない!こんなことならセリウス様にちゃんと聞いておくんだった…はぁ…出掛けるって本当に面倒…
一層のこと、仮病でキャンセルする…?
『明日、物凄く楽しみにしてる』
…いや駄目だ。
帰り際あんなキラキラな笑顔を向けられて、仮に建前だったとしてもさすがに申し訳が立たない。
思い切ってミカに相談する…?
…………いや無理、揶揄われて大惨事になるわ。
「こうなったら最終手段だ。」
立ち上がったケルティの視線の先にはいつもの見慣れた服が吊るされていた。
「…もう明日はこれで乗り切ろう。もういい。もう知らない。疲れたから私は寝る…」
服選びに精神力を消費して疲れたのか、これだと決めた途端ケルティはふらふらとベッドに移動しそのまま眠りについたのだった。