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玉の輿婚を狙ったはずが、なぜかお相手の方が本気でした  作者: いか人参


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過去の記憶と緊張の朝



あれは遠い昔の記憶。



日が暮れ外は暗く、本来灯りが付いているはずの廊下は薄暗い。


燃料節約のため、両の壁に等間隔に設置された灯りはまばらにしか灯っておらず、歩けなくはないが見通せるほどの明るさはない。


そのため、この邸では使用人ですら日が落ちると早々に仕事をやめて自室に下がって籠る。そして日の出と共に残りの仕事を再開するのだ。

もっとも、この時にはもうほとんどの者が金のない主人に愛想を尽かして仕事を辞めており、残っていたのは僕以外に僅か数名だったが。


僕自身は使用人が全員辞めようともあの日あの会話を聞くまでは永遠にここにいるつもりだった。この場に居続けることこそが僕の使命であり幸せだと信じて疑わなかったから。


あの日の夜、仕事を終えて自室に戻ろうとしていた僕はドアの隙間から漏れ出る光が目に入り、灯りを消さなければとその部屋に近づいた。


その時、この家の主人とその妻が言い争う声がドアの隙間から聞こえてきた。

二人とも声を抑えていたが、ドアに近寄った僕の耳にははっきりと彼らの会話が聞き取れてしまった。



ー ねぇ、貴方も気付いているのでしょう?


ー いきなり何の話だ。


ー あの男の子のことよ。うちに来てそろそろ1年、髪が綺麗になって痩せこけた体型も人並みに戻ってきてその…あの姿はまるで…


ー それ以上口にするな。


ー で、でも、あれは私たちのせいでっ…


ー 俺の前で二度とその話をするな!あれには近いうちにこの邸から出て行ってもらう。もうこの家とは関係のない人間だ。最後の給金に色をつければ喜んでどっか別の場所に行くだろうよ。他の奴らと同じようにな。


ー そんな!また見捨てるような真似なんて!


ー うるさい!黙れっ!この話は終いだ。これ以上騒ぎ立てるならお前も家から追い出すぞ!



偶然にも耳にしてしまった二人の話。


物心ついた時から人の顔色ばかりを窺って生きてきた僕はこれで全てを理解した。

僕の立場を、状況を、訪れる未来を。


もうこの家にはいられない。

だけど離れるつもりはない。


だからあの日、僕は決意したんだ。



***



「待ちに待った念願の今日だというのに、随分と嫌なことを思い出してしまったな。」


学園に行く日よりも早く目を覚ましたセリウスは、起き上がったベッドの上で1人ぼやいた。


その後すぐにベルを鳴らして使用人に目覚めたことを知らせる。



まもなくして、いつものように目覚めの一杯が運ばれてきた。


毎朝寝起きに飲むのはミルクティーだ。

いつも美味しそうに口にしていた相手を頭に思い浮かべてゆっくりとティーカップの中身を胃に入れる。途端に嫌な記憶は薄れ、幸せな感情に包まれる。


その後は朝の湯浴みを行い身仕度を整える。

貴族子女であればすべて使用人に任せるのが通常であったが、セリウスは全てひとりでこなしている。湯浴み場に人を近づけないようにさせる徹底ぶりだ。


こうして朝の支度を終えると、どの角度から見ても隙のない完璧な見た目麗しい侯爵令息となる。




「セリウス、今日は休みじゃなかったのか?」


先にダイニングの席についていたセリウスを目にしたレオナルドが驚いた声を出した。



「お父様、おはようございます。今日は少し…学園の友人と出掛ける予定がありまして。」


「おお、そうかそうか。まだ1ヶ月だというのに、早速遊びに行ける相手が出来たか。流石は私の子だな。」


嬉しそうに目を細めながらも、レオナルドは使用人から渡された新聞に目を通しており、もう片方の手ではバターパンを掴み口に運んでいる。

侯爵という立場の者に休みなど存在せず、朝から晩まで仕事に追われているのだ。



「今度我が家にも連れてきなさい。」


「ええ、必ず。」


セリウスから友人の話を聞けたことがよほど嬉しかったのか、にこにこと微笑むレオナルド。

相対するセリウスも心からの笑顔で言葉を返した。



「おっといけない。今日は朝から王宮に呼ばれていたんだった。セリウス、これを持っていきなさい。少しばかりだが友人に恥をかかせることのないようにな。」 


冗談めかして言ったレオナルドがセリウスの前に置いたのは金貨数枚であった。

これは一般的な貴族の一月あたりの税収に値する額だ。


レオナルドの子煩悩ぶりは今に始まったことではなく、周囲に控えている使用人達はまたかと呆れた空気を醸し出している。



「ではありがたく。」


セリウスは金貨1枚だけを受け取ると席を立ち、残りをレオナルドの後ろに控える執事へと渡した。この家の金庫番でもある彼なら適切に扱ってくれるだろうと思っての行動だ。


レオナルドはジャケットを羽織っている最中だったためこのやり取りに気付いていない。



「では行ってくる。セリウスも気を付けて行くんだぞ。帰ったらまた話を聞かせてくれ。」


「ええ。お父様もお気をつけて。」


息子に見送られ、レオナルドはいつになく軽い足取りで仕事へと向かって行った。




「さてと…僕も最後の準備だな。」


朝食を終えて自室に戻ってきたセリウスは、机の上にノートを広げた。


そこには今日の行き先や同世代の間で流行っているもの、ちょっとした会話のネタなどがびっしりと書き込まれている。


それをたっぷり1時間かけて頭の中に叩き込むとノートを引き出しの中に仕舞い鍵を掛けた。時計を確認してジャケットを羽織る。



「………緊張で吐きそう。」


誰もいない部屋で思い切り弱音を吐いたセリウスは最後に鏡を見て前髪を整える。

深呼吸して心を落ち着かせてから部屋の外へと足を踏み出した。




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