第89話 地下牢にて
「ぬおぉぉ……。その声、アンヘンガーなのか……?」
しゃがれた声がした。いったいどこから聴こえるのか、周りを見回すと、向こう側の牢屋から聴こえてきた。
粗末なベッドの上に、ぼろキレの塊があった。いやそれは人間のようだ。
むくむくと起き上がると、垢まみれで小汚いぼさぼさの髪を掻きむしり、顔を覆っているひげを撫でまわした。
私たちの入っている牢とは距離が離れているが、悪臭が届いている。思わず鼻をふさいでしまった。
「うげぇぇぇ! こんな悪臭初めてだわさ!!」
ウサリーが悲鳴を上げると、ばったりと倒れてしまった。あまりに不潔なのでその臭いをモロに嗅いでしまったのだろう。気絶してしまったのだ。
ツァールトとゲッティンは心配そうにウサリーを解放していた。
「まぼろしネズミは平気なのね」
「まあな、悪臭ぐらい気にしていられないよ」
そこのところはさすがにオスだなと思った。さて問題は向こう側の男だ。私の推測が正しければこの男は……。
「ドレスデンド兄さん!!」
アンヘンガーが鉄格子を両手で握り、顔を出しながら叫んだ。どうやら彼がアンヘンガーの兄、ドレスデンド・ド・マッケンゼンその人のようだ。
「おお、やっぱりだ。懐かしいな、我が弟……」
ドレスデンドが口を開くと、私の方を見た。すると大きく目を見開き、後ろ向きで壁に突進したのだ。
「おっ、女じゃないか!! 魔物のバニーガールの格好をしても、私は騙されないぞ!! うう、かゆい! じんましんが出た!!」
ドレスデンドは懸命に全身を掻きむしっていた。弟が教えてくれたようにこの男は女性アレルギーのようである。
「そっ、それにサキュバスの気配がするぞ!! うぅぅ、そこの妙齢の女だな!? 私はわかっているんだぞ!! そうか、アンヘンガー。私の女性アレルギーを治すために連れてきたのだな!? ぶるるるるるるるるる!!」
小汚い元領主は牢屋の中で暴れていた。そもそも彼がなぜ牢に閉じ込められているのか? 答えは言わなくてもわかるが訊ねずにはいられない。
「お初にお目にかかります、ドレスデンド・ド・マッケンゼン公爵さま。わたくしはハーゼ・ド・ヴァイスシュネー公爵でございます。以後お見知りおきを」
「ヴァイスシュネーだって!? 王都では禁忌の苗字を名乗るとは恐れ多い女だ!! それによく見たら魔物も一緒じゃないか!? いったい君は何者なんだ!!」
矢継ぎ早に質問を投げかけている。なんか新鮮だな。ここ最近の私の動向を知らないから、彼は長い間幽閉されていたことがわかる。アンヘンガーは私に代わり、実兄の説得をしてくれた。
話を聞いて落ち着きを取り戻すと、やっと冷静になったのである。
「そうだったのか。君はバニーガールではなくて、バニーガールの格好をしているだけなのか。それを普段着にするなど豪胆な人だな」
「いつの間にか普段着にされたのです。ドレスデンド卿、いったいここでは何が起きているのですか?」
彼は語りだした。母親が大工ギルドのマスターになるので、王都へ向かった。その後、母親と宰相の相談を得て、以前から企画していた奴隷制度を復活させる。自分に歯向かう領民を強制労働させるのだ。
そしてドクメント帝国のはぐれモノたちも徹底的にこきつかう。もちろん真面目な帝国民は彼らと違い、別の仕事をさせていた。
ある日のことだ、自分と同じ顔の人間が現れた。そいつは呪文を唱えると、自分は強烈な眠気に襲われたという。
気づいたときには牢屋に入れられており、今に至るというわけだ。
「なんということでしょう……。領主さまが不自由な牢屋暮らしを強要されているなんて。さぞおつらいことでしょうに」
「いや、まったく平気ですね。子供の頃領地にある深い森に、母上に裸で放りだされたことがありました。もしくは素っ裸で広い海に小舟を出されて、自力で帰還することを強要されましたよ。それに比べれば牢屋暮らしは快適ですね」
ドレスデンドは楽しそうに笑っていた。アンヘンガーは苦笑いを浮かべている。確かにあの豪快なフレイヤ夫人ならやりそうなことだ。なんというか兄弟ともども苦労をしているようだ。
それとどことなくドワーフに似ている。母親のマッケンゼン夫人はドワーフの血を引いているが、体格は大きい。彼が不潔な状況でも平然としていられるのは、母方の血のおかげかもしれない。
「しかし、許せないのはママスという女です。私が女性アレルギーだというのに、四六時中いちゃつかせるとは……。このままでは私宛のお見合いが増えてしまう! 私の恋人はバトラーだけで充分なんです!!」
あれ? 何か聞いてはいけないことを聞いちゃった気がするぞ? というかニセモノより、ママスの方に怒りを感じているようだ。
「とりあえずニセモノをなんとかしないとだめなんだろ? まあ、俺様はまったくわからないけどね」
「いいや、そこにいるまぼろしネズミならなんとかできるでしょう」
ドレスデンドが言った。いったいどういうことだろうか。
「先ほどの話では、そこのビッグマウスはデーモンスリーを召喚できるという。ならジルコニア・アイを召喚してもらうのです。あの巨人の光るジルコニアの瞳はあらゆる偽りを見破る効果があるのですよ」
なるほどね。ならさっさと呼んでもらおうか。
「じゃあ、今すぐ呼んでください」
「わかったよ。ちょうどハヤブサの笛は取り上げられなかったからな」
そう言ってまぼろしネズミは笛を吹いた。音はまったく聴こえない。こいつは誰の耳にも聴こえない、三万サイクル音の笛だそうだ。
すると牢屋内に白い煙が立ちこもった。視界が晴れるとそこにはジルコニア・アイが座っている。なんと彼はちゃぶ台を囲んでおり、向かいには天空の魔女ゲルダ・ヴァイスシュネーが正座をして湯のみでお茶を飲んでいたのだ。相も変わらず真っ白いドレスを着ており、銀髪と青白い肌が特徴的である。
「呼ばれて飛び出て、ジルコニア・ア~イでおじゃるよ。珍しいでおじゃるな、そなたがわしを呼び出すなど」
「これには深い事情があるんだよ。というかなんで天空の魔女と一緒なんだ?」
用事があるのはジルコニア・アイだけのはずである。なぜ天空の魔女もおまけについてきているのか、理解できないのだ。
「ああ、ゲルダはわしの妻でおじゃるよ。今頃ライチュの方はヴォルケのところに遊びに行っているでおじゃるな」
なんか伝説の魔人なのに、軽い感じがするな。というかこいつら夫婦だったのか。意外な真実だよ。
「私もお父さんもあくまで裏方として娘を支えました。なので私たちの関係はあまり知られていないのですよ」
ゲルダの言葉に納得した。というか後付け設定のような気がする。辻褄を合わせるために作った感じだな。
「……ゲルダ? 母上がおとぎ話に聞かせてくれた天空城の生みの母である、ゲルダ?」
ドレスデンドが向こう側で震えていた。そりゃそうだろう、伝説の魔人が自分の目の前にいるのだ。しかもデーモンスリーのひとりであるジルコニア・アイとちゃぶ台に向かいあっているのだから、違和感バリバリだ。
ゲルダがにっこりと笑うと、ドレスデンドはへなへなと座り込んだ。彼はまだ18歳なのだ、異常事態が畳みかけて精神はボロボロになってもおかしくない。
アンヘンガーの方も事前に情報を入れていたから平然としているが、予備知識なしで知ったら混乱していただろう。
「そうですわ。ヴォルケから聞きましたけど、まぼろしネズミさんはそちらにおられるウサリーさんと婚約を交わしたとか。わたくしたち夫婦もぜひ結婚式に参加させていただきますわ」
「え? いやいや、結婚式と言っても粗末なものですよ。人間みたいに凝ったものなどありません。天空の魔女さまが来るようなところではありませんよ」
「平気ですよ。結婚式とは神聖なものです。装飾などどうでもいいのですよ。大切なのは気持ちなのです。ああ、柔らかくふわふわした小さな二匹がささやかな結婚式を挙げる。なんとロマンチックなのでしょう。もっともわたくしはお父さんの大きくて柔らかい太鼓腹も大好きですが」
そう言ってジルコニア・アイの元に行き、彼のむき出しの腹を撫でた。照れそうに笑う夫。なんかバカップルを見せつけられた気分だ。まぼろしネズミを叩いてやる。
「いてっ!! 何しやがるんだ!!」
「バカップルを見せつけられたので、八つ当たりだよ」
「なんだと!! それは俺様も同じ気持ちだ!!」
なんか共感しちゃいました。それはそうとジルコニア・アイには頼みごとがある。それは彼の瞳をもらうことだ。
「おお、構わんでおじゃるよ。ほれ」
ジルコニア・アイは右手で自分の右目を外した。あとにはぽっかりと穴が出てきた。そして懐に手を入れると、新しい瞳をはめ込んだ。って予備があるのかよ!!
「ほっほっほ。わしの瞳はジルコニアでおじゃる。ダイヤモンドの偽物でおじゃるよ」
おそらく量産できるという意味だろうな。というか私の手には手の平に余るジルコニアがある。なんか生温かくて気持ち悪い。まぼろしネズミに預けよう。
「うえっ、人に嫌なものを預けるなよな」
「君の立ち位置はまさにそれです。天丼は基本ですよ」
「俺様はお笑い芸人か何かかよ!!」
私たちが言い争っていると、ウサリーが目を覚ました。
「はっ! ジルコニア・アイさまに、ゲルダさま!? なぜあなたたちがここに!?」
「はい、ウサリーさんの婚約をお祝いに来たのです。結婚式にはぜひわたくしたちを招待してくださいね」
「うう、ゲルダさまたちがあたちたちのことを……。うれしいだわさ」
「いや、何嘘ついているんだよ。本当は……」
まぼろしネズミが訂正しようとしたら、ジルコニア・アイが口をつまんだ。言葉が出せず抗議をするが、ジルコニア・アイは人差し指を唇の方に立てた。
なんというか魔人であるが、人間臭いね。
「ところで牢屋から出たいのですが、どうにかしていただけませんか?」
「いいですよ。はい」
ゲルダは鉄格子の前に立つと、自分の手を巨大化させた。巨大な手は鉄格子をあっさりと蜘蛛の巣のように潰してしまったのだ。
「うわー、すごーい! さすがはヴォルケちゃんのおばあちゃんだ!!」
「ありがとうございます。でもわたくしのことはあーちゃんとお呼びくださいな」
ゲッティンが騒いでいると、ゲルダはやんわりと訂正させた。やはり呼び方は気になるようだ。
さて脱出は可能だ。さっそく上にいる領主の偽物を暴きに行くか。
ジルコニア・アイのちゃぶ台ネタは、ウルトラマンがネタです。
実相寺昭雄監督が担当していました。ウルトラマンマックスでも同じネタをしています。
ゲルダ関係はウルトラマンネタを入れるべきだと思いました。本当は後付けで決めたんだけど。




