第83話 帝国料理
「さてハーゼ殿に帝国料理を披露しようかね」
フレイヤが右手でぱちんと指を鳴らすと、地面がぐらぐらと揺れ出した。
何事かと外へ出たら、地割れが起きている。そこからコック帽を被った料理人と、三人のメイドが、奈落からずずっと上がりながら現れた。
茶髪で紺色のメイド服を着ている。どれも同じ顔だ。なんとなくコンパチキャラを思い浮かべた。
「あたしの料理人だよ。大地魔法の応用でね、あたしの屋敷からここへ繋げたのさ」
もうなんかなんでもありだな。かといって彼女を見ていると、納得できるから不思議だ。
料理人はかまどを用意し、調理を始める。メイドたちはテーブルと椅子を設置し、忙しなく動いていた。
妹たちはまったく動じない。日常茶飯事なのだろう。
「ところで帝国料理とは何でしょうか?」
「ドクメント帝国のアドルフ皇帝が発案した料理さ。こいつを王国で食べられるのはマッケンゼン領と、王都内にある大使館くらいだね。使う食材は帝国からの輸入品だから、一般庶民には縁がないものだったのさ」
「帝国の輸入品ですか。いったいどんなものでしょうか」
「主に魔物の肉だね。カツオバチの干物に、豚亀やピッグシャークなどの肉が多いな。後はぐんたいヤギという狂暴なヤギの魔物の肉も使われているよ」
フレイヤが説明してくれた。帝国の料理は、以前別のところで話を聞いたが、おそらくは私が予測した料理が出されるだろう。
じゅわ~と肉や野菜が焼ける匂いが漂う。背後には大量の食材が並べてあった。さらにテーブルの数もかなり多い。これは私たちだけでなく、作業員たちにも振舞うためだ。
まず私の前に皿が置かれた。ハムのようなものに薄く焼いた卵が加わっている。そこにケチャップがかけられていた。
「こいつはポーク玉子という料理だ。ポークは帝国ではスパムと呼ばれる豚亀などの肉をひき肉にして固めた食材だよ。それに玉子を加えたものなのさ。ケチャップは帝国の大使館の職員が王都の調味料を見つけて、ためしにかけたら、ぴったり合ったというわけだね」
ポーク玉子は沖縄料理のひとつだ。ポークはスパムと呼ばれる豚のひき肉を使った缶詰であり、それを利用したものである。沖縄の大衆料理で、ほとんどの食堂のメニューにあり、大抵安く提供されるという。
正直北海道と沖縄は差がありすぎる。気候も違うし、使う食材も違う。だが今の私の舌は好き嫌いなく食べられるのだ。
ポーク玉子を口に入れる。スパムと玉子に味付けはない。ケチャップで味付けされているのだ。
特別うまいと思わないが、気取らない、ほっとするような味であった。さすがは家庭料理である。
フレイヤは普通に食しているが、妹たちは警戒しながら食べていた。珍しい料理は私が発明すると思っていたので、ポーク玉子は軽くカルチャーショックを受けているようだ。
次に用意されたのは大皿に乗った小麦を焼いた料理である。
小麦粉に出汁を混ぜ、野菜を加えられたものだ。いわゆるお好み焼きである。カツオバチの干物を削った物が大量にちりばめられていた。この世界における鰹節だろう。
「こいつはヒラヤーチーという家庭料理さ。常備している食材と、簡単に育つ野菜だけで調理される簡便な料理だよ。大使館では忙しい時によく食べられるらしいね」
確かヒラヤーチーは沖縄版のお好み焼きだったはずだ。味付けはウスターソースがかけられている。これも大使館の職員が王都の調味料を物色した結果だという。
帝国ではあまり上質な調味料は手に入らないそうで、ここに来てからすばらしい調味料に出会えて幸せだということだ。
ヒラヤーチーもそれなりの味である。一般的な味であった。確か台風などで外出できないときによく作られるという。
こちらもフレイヤは普通に食し、妹たちは躊躇していた。ラプンツェルは普段は王都におり、夫のフットナー男爵は海軍を指揮している。そこで帝国料理を多く食べているため、王都では懐かしい味を望むのだろう。
次にどんぶりが出された。それには麺類が入っている。この世界で初めて麺類を見たな。
「こいつはソーキそばという。そばといっても、そば粉ではなく小麦粉を使っているよ。向こうでは麺類といって汁を入れて煮込む料理があるのさ。こいつはピッグシャークの骨と、カツオバチで出汁を取っている。それにピッグシャークの肉に、かまぼこという魚をすりつぶした食品を乗せているんだ。こいつはフォークを使わないとうまく食べられないよ」
ソーキそばか。沖縄そばと呼ばれているが、ラーメンに近い食べ物である。こちらも沖縄ではソウルフードとして有名な料理だ。
凝った料理もあるだろうが、一般的な沖縄料理を用意したのは、基本を教えるためだろうな。
私にとって麺類は当たり前のようにあるものだ。マギーはうどんを食したことはあるが、こちらはあまり口にしたことはないだろう。ラプンツェルも同じだ。
初めて食する料理に警戒しながらも、食している。
「しかし妙だなオラァ。どうしてこんな料理が今まで世に知られていなかったんだオラァ」
ラプンツェルが疑問を抱いた。それはそうだろう。今でこそ様々な料理は王国内に広がっているが、帝国料理が広がらなかったのは、不思議に思えるだろうな。
だがそれにはいくつかの理由があった。
まず帝国と交易を始めたのは、わずか二年前からだという。帝国の人間が自国の料理を作っても得体がしれないので、領民は口にしたがらないという。領主一家は口にするが、癖があるので自分で作りたいとは思わないそうだ。
さらに材料は魔物がほとんどだという。小麦粉ですらこむぎがという、蛾の魔物の鱗粉で代用されていたそうだ。王国では魔物の肉は焼くか煮るかのどちらかで、小麦粉の代用品など思いつかないのである。
ドクメント帝国のアドルフ・ド・ドクメント皇帝は私と同じ異世界転生者だ。しかし、なぜ彼に頼らないのだろう。
その理由は簡単だ。アドルフは神が望んだ転生者ではなかったのだ。いつの間にか世界に紛れ込んでおり、自分の分身である破壊の魔女ヘルシャフトが面倒を見ていたという。
それとドクメント大陸の人間は魔物に近い性質を持ち、神の神託が通用しないそうだ。
エアツェールング王国を変えるのは、神が意図した転生者でないと無理なのである。
世界を救うために私を呼んだが、世界になじめるように私の記憶を読み取り、神託で各ギルドを設立させたそうだ。
各ギルドは私が知るオンラインゲームと同じなのである。もっとも私がバニーガールになりたいとは思っていなかったのだろう。
それで私が望んだ結末とは違うのは、まあ仕方がないと言える。
「今はハーゼ殿が様々な料理を広げているから、帝国料理も徐々に受け入れられているね。何しろ王国内では小麦粉やいろんな調味料がある。おかげで帝国の理解も深まっているな」
フレイヤが言った。とはいえ帝国への警戒は解いていないだろう。
本人は大工ギルドよりも、領地の方が大事と思うだろうが、神の神託には逆らえないようだ。
「ああ、神託のことを真に受けていたわけじゃないよ。ドレスデンドを独り立ちさせるのにちょうどいいからね」
フレイヤはけらけら笑っている。息子を鍛えるのにちょうどいいと思ったのだ。その前に一通りの仕事を教えたのは当然だろう。
ラプンツェルとマギーもうなづいていた。彼女らは神託を盲信していない。
自分の意思で動いているのだ。王国民はある意味人形に近い。その人形をたくみに扱うのが腕の見せ所である。
ポーク玉子やヒラヤーチー、ソーキそばは沖縄料理です。
ハーゼの中の人は北海道民なので、アドルフは沖縄県民です。




