第65話 アンコを作りました
「これからこのアズキゴケで、アンコを作ります」
ここは料理ギルドの厨房だ。私は複数の職員を呼び出し、アズキゴケを使ってアンコを作るところを見せた。
昨日、帰ってきたばかりだが、アズキゴケを鍋に入れ、一晩水に浸しておく。
それに砂糖を混ぜ、煮詰めて作ったのだ。
「黒い色ですね。本当に食べられるのですか?」
女性職員のミルドレッドが不安そうに訊ねた。それはそうだろう、初めて見た食材は大抵そういうものだ。
「試しに舐めてみてください。甘いですよ」
私に言われて、職員たちはスプーンを取り出した。それを掬い、舐めてみる。
職員たちの顔は驚愕の表情を浮かべた。確かに甘いが、くどくない甘さに感動しているのだ。
「このアンコはいろいろなお菓子に使えます。まんじゅうに、だいふく、おはぎにあんぱんといろいろとね」
「? 言葉の意味はよくわかりませんが、いろいろ使えるようですね」
ミルドレッドはアンコの可能性を見出したようだ。目を輝かせている。
この世界にももち米は存在している。ただしメデタイという魚の魔物の卵のうだが。
こいつをほぐし、乾燥させればもち米になる。庶民には保存食として流通していた。
それに団子を作り、大福を作ることもできる。おはぎを作ることも可能だ。
私はそれらを職員に指示させて作らせる。完成品はまず職員たちに食べさせた。
アンコをたっぷり乗せた団子は、甘いアンコと無味な団子がよい調和を成している。
懐かしい和菓子に私は涙が浮かんだ。他の職員たちもおいしいと満足していた。
これなら子供たちにも食べさせて、問題はないと判断した。
ゲッティンを始めとした子供たちは、大喜びで食べていた。
「あまーい、おいしー」
「あまいけど、ふしぎなあまさだね」
「こんなおいしいおかしをつくれる、ハーゼちゃんはすごいね!」
アンコは甘さを控えており、虫歯にもなりにくい。砂糖菓子を食べ過ぎて虫歯になったり、肥満になる可能性は低い。かといって暴飲暴食はお勧めしないが。
「……みなさん、大福や団子を喜んで食べていますね」
「そうですね。さすがはマスターです」
「ミルドレッド。それは違うわ。私がもたらした食材はこの世界ではありえないものです。それをあっさり受け入れたことが意外なのですよ。普通は他国の食材は受け付けないことが多いのに、みなさんは違和感なく、食していますからね。魔物でも」
私の一言にミルドレッドは真っ青になった。まさか自分の正体がばれたと夢にも思わなかっただろう。
他のみんなはアンコ菓子に夢中で、私たちの話は聞いていない。
「いつ、私の正体に気づいたのですか?」
正体を隠す気はないのか、直接的に聞いてきた。
「実を言えば、ついさっきですね。まぼろしネズミの匂いがかすかにしたのですよ。長時間、彼と同行したおかげでしょう」
「さすがですね。私の正体を教えましょう。名前はアネギン、メイジマネギンでございます」
「メイジマネギンですか。あなたは人間に変身していますが、魔物でも味覚は人間と同じなのですね」
「はい、味覚は人間も魔物も同じです。これはヴォルケさんが毎回まぼろしネズミさんにおみやげを持たせているから、理解していることだと思いますが」
その通りである。道中まぼろしネズミも私がふるまった料理をおいしいと言っていた。それ以上に魔物たちは異形ではあるが、人間と同じ思考回路であることに気づいたのである。
「賢いのはネームドモンスターくらいですね。魔人は最初から人間と同じです。ただ特別な力を持っているだけの差ですね」
「それで人間たちはどう思っているのかしら。魔物たちは人間たちを滅ぼしたいと願っているのでしょうか?」
ミルドレッドは首を横にふるう。
「それはないですね。私がここにいるのは、大魔女さまの命令でして、ある程度情報を提供するだけです。そもそも魔物といいますか、ネームドモンスターはあまり人間に興味を抱かないのです。人間も魔物は迷惑だと思っていますが、滅ぼす気はないですね」
それを聞いた私は、あり得る話だと思った。この世界を作り出した創造神は普通の女性会社員だった。グリム童話などが好きで、ゲームは同僚から聞いた程度でしかない。
ここは普通にものに触れることはできるし、食べることもできる。
人々は笑い、悲しみ、怒るなど感情は様々だ。決して作られた存在ではない。
ただなんとなく人形劇を見せられている気がする。例外なのはマギーを始めとしたギルドの関係者だ。
料理ギルドの前のマスターは、ルドルフ・ド・マッケンゼンといい、エアツェールング王国の将軍だった。現在は息子のトビーアスに任せてある。
彼は料理を作れないのに、なぜか料理ギルドのマスターだから不思議だ。戦闘力は私以上だと思える。
そしてその配下の回収人たちも個性的だ。コッホとシュナイダー、アールツトにアンヘンガーはマッケンゼン氏の部下だった人たちだ。
土鑑定人のエリザーベト・ド・ヨルクは、一番の変人である。
父親で裁縫ギルドのマスター、トルステン・ド・ヨルクも変わり者だ。元宰相なのにマッケンゼン氏に勝るとも劣らない変人なのだ。
その割にヨルク氏の息子である宰相フローリアンは地味だ。美形の鬼畜眼鏡だが、父親と姉に比べるとパンチが弱い。
マッケンゼン氏の息子であるトビーアス将軍も、父親と妹のゴッルに比べると、あまり印象に残らなかった。
そもそもトビーアスは父親の栄光に焦り、手柄を立てたがる人間だと言われていた。
ところが本人は名誉よりも軍を効率よく運営することに、努力していたのだ。
どこかこの世界はちぐはぐした印象を受ける。私が常識だと思っていたものが、次の日には変更されている有様なのだ。
「そもそも神は世界を救うために、私をよこしたはずなのです。なのに世界は混とんとしている。大魔女はバニーガールという新たな魔物を生み出しているし、いったいどういうことなのでしょうか」
私は首をひねらずにはいられなかった。そこにミルドレッドが答えを教えてくれた。
「これは大魔女さまが、ハーゼさまに伝えろと命じられました。実はネームドモンスターは、あなたと同じ異世界転生者なのですよ」
彼女が言うには魔物たちは死んだ他者の魂が、この世界にやってきて動物や植物などの身体を乗っ取ることなのだという。ただし私みたいに前世の記憶を持ち合わせていない。ただ人間の負の感情を表現した存在なので、人間をひたすら憎んでいるそうである。
ネームドモンスターも記憶はないが、私の世界の知識を持っている者がいるという。
その証拠がまぼろしネズミやデーモンスリーたちだ。私が生まれる前の特撮番組が元ネタになっているが、前世の知識を用いてその体を作り出すという。
「実は神の神託は人間なら即座に従います。それを疑う人はいません。ですがマギーさまやマッケンゼンさまはどこか疑う様子を見せていました。変人と思われる方は、魔物と多く接触していることが多いのです。それ故にマッケンゼンさまたちは、常人たちと比べると、性格が異常に映りますね」
そういうことだったのか。確かにマッケンゼン氏たちは奇人である。でもマッケンゼン氏は将軍だからまだしも、元宰相のヨルク氏や、武具ギルドのマスター、マンフリート・ド・アインデッカー氏や、陶器ギルドのマスターで、マギーの父親であるビスマルク・ド・シュピーゲル十二世はどうだろうか?
これは貴族でも魔物退治は、高貴な義務とされているのだ。脳筋というわけではないが、自ら魔物を倒せなければ、頼りがいのない当主と思われるからだ。
そういえばレオパルド子爵はステレオタイプな貴族であった。彼の住む場所は魔物が少なく、あまり影響を受けなかったのかもしれない。もしくは不精で怠けていた可能性もある。
「なるほど、同じ日本人故に味覚も同じなのですね。ところであなたは「あんたばか?」とか、「エイリアン、フューチャーマン、エスパーがいたら私のところに来なさい」というネタを理解できますか?」
「そうですね。前者は赤い勝気な女の子の台詞で、後者は退屈なことが大嫌いな秀才の少女の言葉だと思います。なんとなくですが」
ミルドレッドの言葉を聞いて、納得した。これが今後どのような影響を受けるかは不明だ。ただ私ができることはヘンゼル陛下を救うことにある。
「ねえねえ、ハーゼちゃん。このあんぱんおいしいよ! もういっこ食べたいなぁ」
ゲッティンたちがしがみついてきた。みんな太陽のような笑顔を浮かべている。
私はこの子たちの笑顔を見て、満足していた。




