第59話 ウソップへの洞窟
「うむ、ここがウソップへの洞窟なのね」
私は両腕を組みながらつぶやいた。背後には雲魔人のヴォルケに、土鑑定人のエリザーベトがブリッジの体制を維持している。
そして魔物のまぼろしネズミは、ぬいぐるみになったグレーテルを丁寧に抱いていた。
目の前には洞窟があり、5メートルほどのヴォルケをぱっくりと飲み込むような、大きさである。一方通行で一度入ったら最後、洞窟の中でそのまま生涯を終えそうな感じだ。
そもそも山自体が巨大な岩山で、果てが見えないほどだ。大自然の圧倒的な迫力に、息をのむ。
私たちはシュピーゲル侯爵と別れ、この洞窟に向かった。魔物はうさ耳セイバーや、ビーハイブといった雑魚が襲ってきたが、エリザーベトが追い払ってくれた。
雪だるまの魔物、ゆきまじんや、青白い悪霊、ブルーゴースト、そしてともび鬼などはまったく怯むことなく突進してきたので、手間取ったが。
もしくはヴォルケが叫び、両手を挙げて突進すると、逃げ出すことがあった。どちらが魔物かわからりやしない。
まぼろしネズミは何も言わない。口を開く気力がないのだろう。魔物とは言え、苦労が多いようで不憫である。
「この洞窟を抜ければ、ウソップにたどり着けるのね。そこにある神殿から女王ライチュがいる天空城へ行ける魔法陣があるというわ」
これはシュピーゲル侯爵、ビスマルク卿が話してくれた。そして洞窟には結界が張られてあり、雲魔人がいなければ無理だという。
私は試しに小石を入り口に向けて投げた。すると、小石は宙でぱかんと砕けた。
ヴォルケがためしに手を伸ばすと、ぱちぱちと音を立てた。再び小石を投げると、そのまま何事もなく地面に落ちる。
結界は解除されたようだ。ヴォルケは私の方を見つめたので、頭を撫でてあげた。
「どうヴォルケ。ここに来て何か感じないかしら?」
「う~ん、何も感じないな~」
ヴォルケは素っ気ない感想を述べる。生まれてから天空城に住んでいたので、ここには一度も来たことがないのだろう。
「それよりも、この洞窟から素晴らしい匂いがしますわ!! 私が嗅いだことも、舐めたこともない土と石の匂いがぷんぷんいたしますわ!! ああ、興奮しすぎて漏らしそうですわ!!」
「エリザーベト。女性なんだから漏らさないようにね」
目つきがやばい。目は血走っているし、よだれもたらしている。牛乳瓶のようなぐるぐる眼鏡をかけているが、素材は悪くない。むしろ貴族育ちなので顔立ちはよいし、スタイルもよい。
それなのに土マニア故に残念な美人として扱われているのだ。宰相で弟のフローリアンは、姉の嫁ぎ先に頭を悩ませているという。私に対してもらってくれないかと打診された。
というかなぜ女の私に言うのだろうか。中身が男であることがばれているのかな?
「……くっくっく。この洞窟には手強い魔物がいるぞ。だが一切手を出すことは許されない。追い払うのもなしだ。お前らは逃げ惑わなくてはならない。一匹でも手を出したらこいつを殺すからな。うひゃひゃひゃひゃ……」
見事なまでの棒読み口調だ。心なしか目元に涙を浮かべている。ここにいる魔物は誇張なしで手強いのだろう。どうせなら倒してほしいと願っているのだろうな。
☆
洞窟は迷路のように複雑だった。さらに落とし穴が多い。
もっともエリザーベトがうさ耳を使って、風や音を聞き分け、落とし穴を回避してくれた。
まるで台所に巣食うGという魔物だな。北海道には住んでいないので見た事はないが。
魔物の気配も彼女が察してくれるので、無駄な戦闘をしないですんだ。
ただ珍しい土や石を見つけては、やたらとハイテンションに叫ぶので、魔物を呼び込むこともあったけどね。正直、その時の彼女の顔は、そむけたくなるものでした。
それでもすぐに逃げることはできた。
「むぅ、つまらないですわね。一度でいいから魔物の群れに突っ込みなさいな!!」
グレーテルは退屈そうに答えた。ぬいぐるみでも彼女の強気な態度は変わらない。
「ちょっ、余計なこと言うなよ。俺様は平気だよ、だって魔物なんだからな。でもお前らはか弱い人間の女だろ? 偉大な俺様が気を使ってやっているんだよ。感謝しろよな」
その割には弱気な口調だ。天の声は聴こえていないようである。ふむ、少しはトラブルに巻き込まれた方が、盛り上がるかもしれないな。
「エリザーベト。どこか魔物が大勢いる場所はないかしら?」
「そうですね~。魔物の糞の匂いがきつい場所がありますので、そちらに向かいましょう。ぐふふ、糞まみれの土がどのような味なのか楽しみです」
うわっ、ひどい笑顔だ。美人が台無しである。まぼろしネズミもドン引きだよ。
ちなみにエリザーベトは落葉土なども好きだという。長い年月をかけて、ミルフィーユのように何度も落ち葉を重ね合わせた土が大好物だそうな。
土は陶器だけではなく、大工にも使用されるという。さらに肥料にも回すそうだ。
さて数分歩いた後、洞窟の奥に人が集まっていた。正確には人ではない。死人だ。
ゲロハークというゾンビの一種だ。頭は禿げあがっており、目はどろんとしている。口をだらしなく開けており、蓑だけを身に付けていた。肌色はどんよりとした土色で、悪臭を漂わせている。
「なんだ~? おめだち、ニンゲンだか? こんな辺鄙なところさ、やっでくるなんて、物好きだな~」
ゲロハークのひとりがしゃべった。他のゲロハークもうんうんとうなづく。
どうやら悪いゲロハークではないようだ。
「初めまして、私はハーゼと申します」
「オイラはヴォルケだよ」
「エリザーベト・ド・ヨルクと申します。素晴らしい腐敗臭が土に染みついておりますわ。この土がどのような性質なのか楽しみですわね」
「グレーテル・ド・エアツェールングでございますわよ!!」
「それで俺様はこの世で偉大な魔物、まぼろしネズミ様だ!! 赤い帽子に黒マスク、黄色いマフラーをなびかせて、親に心配をかけまいとあっという間に早変わりしたのだ!!」
「おお~、おめさが、噂に名高いまぼろしネズミだか!! さっき大魔女さまから手紙が着て、おめさが来たらべた褒めしろといってたど!!」
それを言われたまぼろしネズミはへこんでいた。ゲロハークはまったく気にしていない。
挨拶もそこそこ終わり、ゲロハークたちが私たちに挨拶してきた。
特に代表の家族が5匹、前に立つ。全員姿形は同じで区別はつかない。
「オデはみんなをまとめでる、ゲロハクオだど」
「オデは女房の、ゲロハクコだよ」
「息子のゲロハクロウだど」
「妹のゲロハクヨだで」
「祖父のヴォルフガングでございます」
その瞬間、4匹は祖父の頭を叩いた。地面に叩きつけられる。というかとある漫才トリオだな。
「う~ん、オデはゲロハクゾウだど。おめさたちは、何の用で来たんだ?」
私はゲロハクオ氏に事情を説明した。彼らは話の通じる魔物で、自分たちに手出ししないことを約束してくれた。
「ありがとうございます。ところでゲロハークの皆様は、人間の私をどう思いますか?」
「ん~、どうでもいいだ。そもそもニンゲンはおでたちに近づかねぇかんな。おめさたちのほうが、かわりもんだと思うだな」
「そうですか」
私は話を切り上げた。彼らに別れを告げようとしたら、彼らは珍しいものがあると、奥に案内してくれた。
それは不思議な空間で、岩肌は青く光っている。天井には大きな穴が開いており、そこから光が差し込んでいるようだ。
グレーテルとヴォルケは幻想的な光景に感動し、エリザーベトは珍しい意志に興奮していた。
その下は湖があり、キラキラしてきれいだ。そこには巨大な亀が泳いでおり、沿岸の苔をむしゃむしゃ食べていた。
その亀の甲羅には茶色い粒粒がびっしりとついている。いったいなんだろうとゲロハークのひとりが小さな壺を持ってきた。
私はそれに見覚えがあった。これは小豆である。
「これはなんでしょうか?」
「アズキゴケというもんだ。あの亀竜の甲羅から採れるだど。こいつを煮詰めたもんが、すごくうまくて、ほっぺたが落ちちまうだ。まあ、落ちる前にほっぺたから抜けるだ」
「そうですか。それはすごいですね」
すごいなんてものじゃない。まさか、この世界で小豆が取れるとは思わなかった。それも巨大な亀、亀竜から採れるとは信じられない。
小豆があれば餡子が作れる。餡子で作ったお菓子はカロリー控えめで、甘い物が好きな女性には好評を得るだろう。
私はその旨をグレーテルに伝えた。彼女は興奮している。
「つまり胸が大きくなる食べ物のひとつですのね!?」
「正確にはカロリー控えめな食材です。程度にも寄りますが、太りにくいですね」
「それで十分ですわ!! 帰国したらぜひこのアズキゴケを使ったお菓子を作りなさい!! 命令よ!!」
ぬいぐるみでも王族の威厳はまったく失われていない。ある意味、彼女の才能だな。
ちなみにゲロハークたちは年に一度だけ食事を取ればよいので、アズキゴケは好きなだけ取っても構わないという。
ただ亀竜は普段大人しいが、あまりに弄り回すと怒りだすので、注意が必要とのことだ。
「でも親分すごいな~。こんな寂しいところでも親分の名前が届くなんて、子分のオイラも鼻が高いよ~」
「え? いや、あれは大魔女さまが……」
「オイラ帰ったら、マネビンたちに教えるよ。親分は有名人だって!! それからマネギン王国にも行きたいぞ。マネギンの王様たちにも知ってもらいたいな」
ヴォルケは無邪気に、親分を褒めていた。代わりにまぼろしネズミは真っ青である。
なんというか無邪気は罪だと思った。
ゲロハークのネタは、漫才トリオのレツゴー三匹からです。
「じゅんでーす!」
「長作でーす!」
「みなみはるおでございます」というギャグがモデルです。
最後の人は正児です。レッツゴーではなく、レツゴーが正式名称なのです。




