第53話 土鑑定人登場
「みなさ~ん、集まってくれましたか~」
ハーゼがのんきそうな声でギルド職員たちに呼びかけた。ここは料理ギルドの本部だ。まぼろしネズミの俺様は魔物だが、堂々と人間の前に立っている。
何しろこちらには人質がいるのだ。相手はグレーテルと言い、一国のお姫さまである。俺様はいつでも握りつぶせる立場にあるのだ。
ごめんなさい、うそつきました。本当は心臓がバクバクいってて、息苦しくて死にそうです。いっそ殺してくれ。
「ちょっと! 力が入りすぎですわよ、もう少し優しく扱いなさい!!」
アッハイ。青髭の獣のぬいぐるみに命令された。どちらが上か、わからない。
目の前にいる人間たちは似たような服を着たやつもいれば、屈強な体つきの人間もいる。
似たようなのは、ギルドの職員で、ごつそうなのは、回収人という職業らしい。
人間は役職というものを付けて、自分を着飾るのが理解できないな。
「マスター。重要な話があると聞いたでゴワスが、どういうものでゴワスか?」
一番身体が大きい、ハゲ頭の男が訊ねた。なんとなく伝説の魔人、デーモンスリーのジルコニア・アイに似ているな。向こうは頭にターバン巻いた巨人だけど。
「コッホさん、今説明しますね。実は私はこれから北にあるシュピーゲル領へ行かなければなりません。なぜならグレーテルさまが、かの魔人バニーガールのバーニーによって、身体を氷漬けにされ、魂はそこにおられるまぼろしネズミさまの持つ、ぬいぐるみに移されたのです」
するとコッホを始めとした人間たちは、一斉に俺様の方を見た。正確にはぬいぐるみのグレーテルを見据えている。
うぅぅ、こいつら俺様に対して、殺意を向けてます! 吐いてしまいたいし、大きい方ももらしたいです!!
「ひぃぃぃぃ!! あまり強く握らないで、くださいまし~~~!! いくらわたくしの生殺与奪があなたにあっても、いたぶられるのは、やめてくださいまし~~~!!」
グレーテルがもがきまくる。何自作自演してやがるんだ!! 俺様は力なんか込めてないだろう!!
しかも悪乗りしてやがる! こいつの性格の悪さを垣間見た気がしたよ。
(こういうのは、第一印象が大事ですよ。人間を屁とも思わない残酷な魔物であることを、自己主張しないとね)
ハーゼがこっそり耳打ちしてくれました。はい、余計なお世話です!!
つーか、人間たちの殺意がますます増しました。怒りで熱気が数度上がった気がします。
特にハゲ頭の大男に、槍のようにやせ細った男、鳥のようなガスマスクを被った小男は瞋恚に燃え上がってますよ。
「グレーテルさまに対してなんたる真似を…、許さんでゴワス」
「いますぐ、あのネズミを殺したいミャー。マスターは許可してくれんかミャー?」
「無理だべさ。それができるなら、マスターがやってるべ。オラたちは手出しできねえだよ」
「うおおお!! ぬいぐるみのグレーテルさまを自由にいじれるなんて、なんて羨ましい、いや妬ましいんだ!!」
がきんちょがわけのわからないことを叫んでいたら、コッホたちに殴られた。
イラっとくるから、殴られた姿を見て、ザマァと思ったね。
「さて、シュピーゲル領に行くのは、理由があります。私はかつてその地を支配したヴァイスシュネーの住む天空城へ赴き、そこの主を倒さなければなりません。そうすることでグレーテルさまの呪いを解くことができるのです。ついでに言えば、家名としてヴァイスシュネーを使いたいという気持ちもありますね」
すると職員たちは驚きと喜びの入り混じった声を上げた。
まるで建物自体がびりびりと揺れており、巨人が直で揺さぶっているような感覚であった。
「あの呪われたヴァイスシュネーの、家名を継ごうとするなんて……、マスターは何を考えているんだ?」
「でもマスターならやりそうだよね。だってマスターだし」
「ぬいぐるみのグレーテルさまをいじらせてくれ!!」
がきんちょはまた殴られた。空気が読めないやつだ。
するとコッホが前に出た。
「それでマスター。おいどんたちの誰を連れて行くでゴワスか?」
「そうだミャー。いくらマスターが強くても、シュピーゲル領はものしゅごーく、冷えるミャー」
「んだんだ。しかも魔物もすんげえきついべ、誰かついてかねえと、だめだべさ」
まあ、そうなるわな。正直ハーゼひとりでも問題ない気はするけどね。だってハーゼだし。
その時、俺様の口が突如動き出した。自分の意思ではなく、何かに乗っ取られた感じだ。
「だめだ! お前らは一切ついてくるな!! 俺様とヴォルケ、ハーゼ以外は認めない!! だってこいつが苦労するところを見ないと、むかついてしょうがないからな!! いーっひっひっひ!!」
なんだって~~~!! 今のは俺様じゃないぞ!! まるで自分の声じゃないみたいだ!!
『ふふん、ミーのビューテホーな演技に、ブリリアント酔いしれたかしらん?』
頭の中に声が響いた。バーニーのものだ。いったいどういうつもりなんだ!?
『ユーはシャイボーイだから、ミーが代わりに答えてあげているわけなのよん。ほら、最初は出だしが肝心、感心、勧進帳でしょう? お礼なんかノーセンキューよん』
いらね~~~!! 余計なお世話だ!! ああ、コッホたちの顔が真っ赤になっている! 額の血管がみみずみたいに浮き出てますよ!!
「はっはっは! 困り顔のお前らを見ると、胸がスカッとさわやかだね!! かわいそうだからひとりだけ同行を認めてやるよ。ただし俺様が選ぶけどな!!」
すると俺様の身体は勝手に動きだす。指を突き出し、大声を上げた。
「そこのお前、ついてこい!!」
「え~、あたしですか~?」
俺様が指さした先はひとりの女がいた。なんとも不服そうな声である。
いったいどんな奴だろうと思ったら、そいつは前に出てきた。
俺様はそれを見た瞬間、魔物の仲間だと思った。なにしろ相手は人間の女では髪はピンク色で、癖毛だ。牛乳瓶みたいなぐるぐる眼鏡をかけていた。
だが、そいつのおかしいところはそれじゃない。なぜならブリッジしているのだ。あおむけの状態で、両手と両足を床につけているのである。
さらにピンク色のビキニの水着を着ていた。明らかに尋常じゃないな。
「あら、エリザーベトじゃない。ギルドに来ていたのですね」
マギーが意外そうな口調で答える。というか、なんでいるの? という侮蔑のニュアンスが込められている。
あの女は滅多にギルドに来る性質ではないようだ。まあ、俺様も初対面で言うのもあれだが、こいつを毎日顔を合わせるのは勘弁してほしいと思う。
マギーと目が合ったが、親指を立てていた。変なところで心が通じたね。
「う~んとね、今日は最高の土の匂いをかぎ取ったわけですよ。最初マスターがどうでもいい話をしたときは、そのまま帰ろうと思いましたけどね」
エリザーベトはブリッジしながら答えた。ハーゼの危機に無関心のようである。
すごい自己中心的な女だと思った。全員目が死んでいる。あれで通常運転なのだろうな。
「……こいつはどういう人間なんだ?」
俺様はハーゼに訊ねた。するとハーゼもため息交じりに答える。説明するのが嫌でたまらない感じだね。
「彼女はエリザーベト・ド・ヨルク。この国の宰相フローリアン・ド・ヨルクの姉です。ここのギルドでは土鑑定人という役職で働いておりますが、大の土マニアで、珍しい土を探すのが趣味なんです。でもそれ以外にまったく興味を抱かない変人なのですね」
「その通りです! 珍しい土と出会えなかったら、さっさと帰りますので、覚悟してくださいな」
ハーゼの顔色が暗い。なんか苦労してそうだな。万能無敵なあいつでも手に負えない人間がいるのは、意外だね。
「そんなわけで私はこれからシュピーゲル領へ向かいます。ヴォルケとエリザーベト、まぼろしネズミさまと一緒にね。その前にお城に赴き、ヘンゼル陛下に報告します。ギルドはマギーに任せますので、皆さんは自分の仕事をしてください」
ハーゼはみんなにそういうと、ぺこっと頭を下げた。
殺気立った職員たちはそれを聞いて、落ち着きを取り戻す。
なんとなくだが大魔女エヴァンジェリンさまに似ていると思った。
ふと俺様の身体が動き出す。またバーニーが俺様を操っているのか?
俺様は両手の人差し指を伸ばして手を組み、ハーゼの後ろに回る。
こいつは尻を突き出しており、俺様の指は勝手にそいつの尻穴に指浣腸をしたのだ。
「うぐっ!」
ハーゼの様子はわからない。しかし職員たちは青ざめた後、赤く変化させた。あきらかに俺様に対して怒っている。
ハーゼはゆっくりと首を向けた。笑顔だが、そいつは肉食の魔物が獲物に対して向ける笑みであった。
「……終わった後の、おしおきターイムが楽しみだわ」
ああ、俺様終わった。心臓を鷲掴みされたような錯覚を覚える。
どうして俺様は生きているんだろう。どうして俺様は死なないのだろうか。
もう泣けてくるね。




