第38話 アインデッカー家の当主
「ここがアインデッカー領ですか」
西方にあるアインデッカー領に私は来ていた。広い砂漠の真ん中にオアシスがある。
そこにはヤシの木が生えており、民家や城が見えた。ここだけアラビアンナイトの世界に思える。
ちなみに私の格好はバニーガールのままだ。肌には日焼け止めを塗られており、褐色に見える。
髪の毛も特製の油で銀髪になっていた。皮膚は焼けるように暑い。しかしバニースーツの方に熱が吸い込まれており、思ったほどの熱さは感じなかった。
逆に網タイツに包まれた脚は魔力がこもっており、長時間、走り続けても疲労はない。
「おやぁ、ようこそ、アインデッカー領へ! ここは若き公爵さま、アルブレヒト・ド・アインデッカーさまが収めております!!」
白い石造りの家の二階の窓から、頭をすっぽりと白い頭巾を被った女性が出てきた。白い日除けのローブを着ており、見た目は二十代だがイモっぽい感じがする。
そして私に主の事を教えてくれる。よそ者に関して敵対心はないようだ。むしろ歓迎してくれるようすである。
「それはどうも。実は私は料理ギルドのマスター、ハーゼと申します。アインデッカー公爵さまの屋敷を案内してもらいたいのです」
「まあ、あなたが噂に名高いハーゼさまでしたか! その魔物によく似た衣装は、この地でも風の噂で届いております。すぐ案内いたします!!」
そう言って女性は指笛を吹くと、遠くから何かが駆ける音が響く。
それはラクダであった。女性はラクダにまたがると私に乗るように指示する。
というかバニーガールが魔物に似ているって、なんか悲しいな。
☆
数分もラクダを走らせていると、城が見えた。アラビアンナイトに出てきそうな城であった。
マギーの説明を受けていたが、昔はフォッカー王国と呼ばれていたそうだ。ところが王国は滅び、家臣のアインデッカー家が墓守となり、エアツェールング王国に属することになったという。
先ほどの女性はシェラザードといい、アインデッカー家の案内人だという。長年多くの人間や魔物と戦い続けたため、人を見る目を養っているとのことだ。
私が箸にもつかない人間なら、速効で殺すつもりだったという。だが、私の佇まいを見て、信頼するに値すると判断したそうだ。
もし外れたらどうするつもりなのだろうか? その時は自分の腹を裂いて自決するとのことである。
さらにロープから短刀を取り出し、ちらつかせていた。
なんかここだけ時代劇っぽいんですけど。目つきが危ないのが、さらに怖い。
「アルブレヒトさま―――!! ハーゼさまをお連れしました―――!!」
シェラザードは大声を上げた。まるで子供が友達の家に遊びに来て、声をかけているようだ。
「よっしゃ―――!! 待っていたぞ―――!!」
すると雲ひとつない空に一筋の光が見えた。そして何かが天から落ちてくる。
それは私の前に落ちてきた。ずしんと地面が揺れる。
目の前に立っているのは、ランプの精みたいな恰好をした男であった。
でっぷりと太った気のよさそうなおじさんである。
「初めまして、私はアルブレヒト・ド・アインデッカー公爵である! ハーゼ殿お待ちしておりましたぞ!!」
なんとも豪快なお方である。しばし私は茫然としてしまった。
「初めましてアインデッカー公爵さま。私はハーゼ、料理ギルドの新しいマスターでございます」
「よっしゃ、よっしゃ! あんたのことはルドルフのおっさんから聞いたぞ! 世にも素晴らしい料理を作る魔法使いとの話じゃないの。あのおっさんが認めるということは、あんたは信頼するに値する人間ということだ! がっはっは!!」
「はぁ……」
どうも貴族っぽくない人だな。確か武具ギルドのマスターの息子でもあるんだよね。それにヘンゼル国王の正室候補であったアンネの父親でもあるという。
この人はどう思っているのだろうか。
「ん~~~? アンネのことを気にしているのかね? そもそもヘンゼル陛下が婚約を破棄したのは、君がギルドマスターになる前だよ。全然関係ないじゃないの」
「それはそうですけど」
うさ耳バンドで心の声を聴いてみたが、まったく聴こえなかった。何かノイズみたいなのが混じっている。
私が首を傾げていると、アルブレヒト氏はにんまりと笑った。まるで私の心を読んだみたいに。
「ああ、君の力は知っているよ。王族や貴族はね、精神防壁という魔法がかけられているのさ。心を読める魔物にいるからね。ルドルフのおっさんの時もそうだったんじゃないかな?」
「なるほど、魔法がある世界では、当然の処置と言えますね」
確かにその通りだった。この世界は魔法がある。それこそなんでもありな感じだが、その分対処方法は広く知られているのだ。
だからこそチート能力を持っていても、優位に立てるわけではない。
強力な力を持っていても、あっけない方法であっさり負けるなど珍しくないという。
それでもアルブレヒト氏に悪意は一切ないのはわかる。しかし私の衣装を見てまったく反応しないのは悲しいな。全然私の身体を見ていないのだ。
「おっと、私はぽっちゃりした女性が好きなのだ。丸々太ったマッケンゼン夫人の方が理想的だな。まあ、人それぞれだ。そなたはヘンゼル陛下にふさわしい女性だから、問題はないがな」
「……それはそうと、本日はお話があってきました」
「うむ。そうであったな。さっそくお城に向かおう。シェラザード大義であった。これは礼だ」
アルブレヒト氏は懐から金貨を取り出すと、放り投げてシェラザードの口に加えさせた。すると彼女は金貨を飲み込んでしまったのだ。
「ふう、おいしかったです。それではまた」
そう言ってシェラザードは天高く飛ぶと、駆けだしたラクダの上に立っていた。
なんとも不思議な女性である。
☆
私はアインデッカー家に案内された。真っ白い壁に真っ赤な絨毯が敷いてある。
城の中には観葉植物の鉢が並べられており、部屋の真ん中には噴水まであった。
住んでいる人間も頭にターバンを巻いた男性に、口元を隠した薄い布を着た女性などがいる。
アルブレヒト氏は逆に踊り子の女性に下心を出していた。にやにやとスケベそうな顔である。バニーガールよりも下だと思うとつらい。
私はさらに立派な部屋に案内された。学校の体育館みたいに広く、立派な壺や黄金象が並べられている。
なんとも成金趣味丸出しだと思ったが、よく見ると黄金と思われたのは砂糖であった。
他にもガラス細工に見えたものも、透明度の高い砂糖で作られたことに驚いた。
「がはははは。びっくらこきまろだね? ここアインデッカー領は、亡きフォッカー王国の家臣なのだよ。それは今でも変わらない。ここからさらに西にあるピラミッドから、初代フォッカー王のミイラから採れる砂糖がこの地を豊かにしてくれるのだよ」
アルブレヒト氏は説明してくれた。なんでもフォッカー砂漠は砂糖でできているという。しかし普通に食すことはできないし、精製も難しいというのだ。
まともな砂糖精製が可能なのは、ピラミッドだけだという。上質な砂糖が生まれる場所で、アントリンクというアリ人間が管理しているそうだ。
アヴドゥル・フォッカー一世という人らしく、その人がミイラになり、死後も砂糖を精製しているという。
石の棺はひと月で砂糖が満杯になる。それは料理ギルドの回収人たちに任せているが、特別なミラクルシュガーとなると、アインデッカー家の許可が必要になるそうだ。
「ですがここ百年ミラクルシュガーは手に入らないそうですね」
「まったくお恥ずかしい話ですな。しかしなぜミラクルシュガーが手に入らなかったのか、さっぱりわからんのですわ」
アルブレヒト氏は首をひねる。この点はこの世界が創造されて数十年しか経っていない。
結果だけが残り、過程がすっぽりと抜けているようだ。
そもそもミラクルシュガーを手に入れる方法は何であろうか。
「うむ、ピラミッドの奥にいるスフィンクスのなぞかけに答えなければならないのですよ」
やはりスフィンクスが関わっているのか。確かピラミッドの番人からなぞかけのヒントを教えてくれるというが、どういうことだろう。
なんとも面倒な話になってきたな。




