第三話 未知なる食感は感動するよね
「ここはエアツェールングの町か……」
私は目的地にたどり着いて、驚いた。町は四方八方に石の壁に囲まれているのだ。
童話のような世界でも、西洋の城壁みたいなところがあると思った。
遠くにはお城が見える。某夢の国にある白い奴だ。実際の城はあんまり快適でないと聞く。まあ、私には縁のない場所だ。
さて村人に案内されて私は城門に来ている。門番からは通行料を要求されたが、村人が払ってくれた。
ずいぶん気前がいいなと思ったが、村で作ったハンバーグなどの料理で金儲けできるからだろうな。
長老は結構抜け目のない老人だ。なんだか感心する。
町の中は結構賑わっていた。魔物の脅威にされされているから、殺伐していると思っていたが、まるで祭のように人が出ている。
よく考えれば魔物退治で一攫千金を狙っている人間がいて当然だ。
商売人はそういった連中から金をむしり取っているのだろう。
「ここが料理ギルドです」
村人、トロイという男が案内してくれた。屋敷のように大きな建物だが、大きな扉の側に、フォークとナイフを交差させた看板が立っている。
ここが料理ギルドなのだろう。入会には入会金を払えばいいらしい。なんともずぼらな体制だろうか。
私のように身分不明でも問題ないのだから、何とも言えない。
それはそうと、この辺りはどこか寂しい。途中、裁縫ギルドや武器ギルドを横切ったが、結構賑わっていた。
ここは大変寂しく、まるで通夜のようである。
私はギルドの中に入った。受付カウンターがあるが、受付嬢たちは死んだ目をしている。
なんというか無気力なのだ。仕事の意欲がまったく皆無なのである。
「すみません、ギルドに入会したいのですが……」
「できません」
きっぱりと断られた。するとトロイは目を丸くする。こんなことは初めてのようであった。
「なぜ入会できないのですか。私は今日初めてここに来たのですが……」
受付嬢は目を逸らす。説明もしたくないようだ。トロイはますます首を傾げる。おそらくは以前に来たときは違うのだろう。
その答えはすぐにわかった。
「いかーん! 吾輩のギルドに入会など、いかーん!!」
銅鑼のような大声が響いた。奥から一人の男がやってくる。
筋肉ムキムキで、上半身裸であった。黒い短パンを身に着けており、角刈りにカイゼル髭を生やしている。
「吾輩は料理ギルドマスター、マッケンゼンであーる! ギルドはもう入会者は一切お断りしているのであーる!!」
いちいち大声を上げなければ気が済まないのか。耳がキンキンして困る。
トロイは目を丸くし、受付嬢たちはマスターに見向きもしない。
「初めましてハーゼと申します。本日ここへやってきましたが、なぜ入会できないのでしょうか?」
「決まっておーる! 今の料理人はクズばかりであーる!! まずくて代わり映えのしない料理ばかり作ってからに、向上心がまったくなーい!! よってもう入会は許さんし、脱会してもらっているのであーる!!」
マッケンゼンの声は身体が震えるほどの威力だ。戦闘機が上空を通過したような轟音だな。
それにしてもこの男、傲慢にもほどがある。そもそも本人にその向上心があるのだろうか。少し試してやろう。
「そうなのですか。実は私は料理にうるさいのです。おそらくギルドマスター様よりは上かと」
するとマッケンゼンはこちらをにらみつけた。さらに受付嬢たちも真っ青になる。
しかし私は動じない。一度死んだ身なので、怖くはないのだ。
「ほう、吾輩より上とな? おもしろい、その減らず口を叩きのめすのであーる!!」
マッケンゼンは調理場へ連れて行った。広さは学校の体育館ほどで、調理台が数十台並べてあった。
しかしひっそりとしており、人気がまったくない。おそらくマスターのせいだろう。
そのマスターは様々な食材を調理台に置いた。野菜に肉、卵などがそろえられている。
トロイの話では食材などは魔法使いが腐敗防止の魔法をかけるので、一週間ほど鮮度を保つらしい。
ここらへんはご都合主義の世界だと思った。
「それではこれらの材料で調理をするのであーる! では初め!!」
マッケンゼンは号令をかけると、すぐさま巨大なフライパンを取り出し、材料を無差別に入れる。
それを豪快に炒めるのだ。これを見て私は呆れた。
私は無視して、調理を始める。おびえるトロイに命じてイモの皮むきを頼んだ。
卵を割り、かき混ぜて溶き卵にする。そしてパンを砕いてパン粉を作った。
鍋に水を満たして火にかける。こちらは魔法具だそうだ。
イモを煮込み、もう一方で豚肉をひき肉にする。玉ねぎを炒め、小麦粉を混ぜた。
さらに油を用意させた。オリーブオイルだ。トロイはそれを熱することが理解できないようであるが、関係ない。
煮込んだイモは潰し、マッシュポテトにする。それらを丸め、小麦粉をまぶし、溶き卵を絡め、パン粉をまぶす。
ひき肉の方も、同じように作る。そして熱した油にそれらを揚げるのだ。
油から取り出すと、完成である。コロッケとメンチカツの完成だ。
受付嬢たちは私のことを異物の見るような目をしていた。当然だろう、彼女らはコロッケなどの揚げ物を知らないのだ。
一方マッケンゼンは大皿に自分の料理を盛っていた。焦げ臭く、ただ焼いただけで料理とは言えない。
「のわっはっはっは!! これが君の料理なのかね? こんなしょぼくれたものを料理と言えるのかね? まったくお笑い草だ、それでも公平に食べてあげよう。ほれ、ぱっくん♪」
そう言ってマッケンゼンはコロッケをぱくっと食べた。
すると彼の目が見開いた。そして残るコロッケとメンチカツをすべて食らいつくしたのである。
それを見た受付嬢たちは、驚愕していた。おそらく初めての行為なのだろう。
「うまーーーい! このイモを作ったものはなんだ!? サクサクの食感に潰したイモがなんとも言えぬ!! さらにこの砕いた肉はどうだ!! とてもジューシーで、サクサクの食感!! 今まで食べたイモや肉料理が色あせるぅぅぅぅぅぅ!!」
マッケンゼンは感涙し、ばったりと後ろに倒れた。
そして起き上がると、私の方へ歩み寄る。
ポンと肩を叩くと、こう言った。
「今日から君がギルドマスターであーる!!」
マッケンゼンはドイツの巡洋戦艦の名前です。