第36話 グレーテル姫の野望
「あー、退屈だわ。退屈で仕方ないわ!!」
そう愚痴をこぼすのはひとりのお姫様。その様子は駄々っ子である。
広いおでこにティアラを身に付け、への字眉に、吊り上がった眼、真っ白で高級そうなドレスを着ている。
十代後半で中肉中背である。だが活発そうな雰囲気は遠目でも理解できた。
彼女のいる部屋は高級そうな家具が並べられている。洋服タンスやテーブルはまるで芸術品であった。もっとも部屋の主には退屈極まりない品である。
壁紙は赤く、絨毯も赤かった。赤づくしてある。これは主の趣味であろう。
この部屋の主はグレーテル・ド・エアツェールング。この国の王妹であった。
彼女はヒステリックに部屋を歩き回っている。まるで熊のようだ。
そこには三人のメイドがいた。ひとりは十代後半で一番背が高く、艶のある黒髪が腰まで伸びている。
すらりとした身体で、メガネをかけていた。知的な雰囲気と儚さが感じられた。
アンネ・ド・アインデッカーといい、アインデッカー家の長女である。
彼女は青いメイド服を着ていた。
「グレーテルさま。落ち着いてください。退屈でもあなたに自由などあるはずがありません」
アンネがたしなめた。彼女らはグレーテルが生まれたときから、一緒に育っており、気さくな関係である。
なので多少の意見なら、不敬にはならないのだ。
「わかっておりますわ! アンネ、あなたはわたくしが遊びまわりたいと思っておりますの!?」
「実際そうじゃんか。前に城下町に抜け出してチンピラ相手に立ち回りしていたよな」
これは銀髪を刈り上げた少女だ。アンネより背は低いが、グレーテルよりは高い。
まるで肉食獣のようなしなやかさと、どう猛さを併せ持っていた。黄色のメイド服を着ている。
名前はゴッル・ド・マッケンゼン。ルドルフ・ド・マッケンゼンの娘で、現将軍、トビーアス・ド・マッケンゼンの妹だ。
痛烈な皮肉を放つが、グレーテルは町の悪童のように真っ赤になる。
「むっ、辛辣ですわね。ですが事実なので否定はしません。それに国民が苦しめられているのを黙って見過ごすわけにはいきませんからね。わたくしが抗議するのはお兄様のことですわ!!」
「ヘンゼル陛下のことですね」
一番小柄の少女が言った。赤毛のツインテールをしている。顔にはそばかすがあり、幼い顔立ちだが、三人の中で一番凛々しい表情をしていた。
赤いメイド服を着ており、全身が赤である。
ブリュンヒルド・ド・シュピーゲル。シュピーゲル家の四女であり、マギーの妹だ。
彼女だけ雰囲気が異質である。少女なのに、どこか大人びていた。まるで何百年も生きた魔女のようであった。
「今の陛下は女を遠ざけております。許嫁であるアンネの関係を強引に解消したくらいですからね」
ブリュンヒルドの言葉にアンネは無言で横を向く。彼女は生まれたときからヘンゼルの許嫁であった。ところがつい最近婚約を解消されたのである。
前国王アウグスト・ド・エアツェールングがヘンゼルに王位を譲った後のことだ。
アンネだけでなく、世話役はすべて男にしてしまったのである。
妹のグレーテルも遠ざけ、一切の仕事を認めなくなったのだ。
「そうだよな~。前は式典とかは、グレーテルさまにまかせていたのにな~。今は部屋に閉じ込めて、何もさせないんだから、ちょっと異常だよね~」
ゴッルは軽い口調で王室を批判している。これは幼馴染ゆえの口調だが、他者に知られれば、彼女の首はおろか、御家断絶にもなりかねない。
「……ヘンゼル陛下は異常ではありません。思春期なのですよ。今は男同士の方が楽しい時期なのです。グレーテルさまのことも、自分の仕事のしわ寄せをさせたくないだけなのです」
アンネが補佐した。これは彼女が長年ヘンゼルと一緒にいたからであろう。
それでもグレーテルは兄の奇行に頭を悩ませていた。
「まったくお兄様は極端すぎですわ。なんでもかんでも自分でできるはずないではありませんか。誰もお父様の真似をしろと言われたわけではありませんことよ?」
「その通りです。ですが今のヘンゼルさまは聴く耳持ちません。自分は完璧でなくてはならない、自分は女と遊んではならない、自分はすべての人々を幸せにしなければならないと思い込んでいるのです」
「そうなんだよね~。トビーアス兄ちゃんも陛下は頑固すぎると言ってたな~。あの女が陛下の嫁になってくれないかと、ぼやいてたね~」
グレーテルとアンネの話に、ゴッルが口を挟んだ。
トビーアス将軍と、宰相フローリアンがいなければ、もっと暴走していたかもしれないという。
しかしグレーテルは、ゴッルの発言に気になる単語を聞き逃さなかった。
「あの女とは誰の事ですの?」
「父ちゃんと代わりに料理ギルドのマスターになった人です。ハーゼと言って未知の料理を作り、魔物を一撃で倒す実力者だそうですよ」
「まあ、そんな方がおりますの!!」
グレーテルは興奮していた。彼女は姫ではあるが、王族としての義務を忘れていない。
むしろ今王室を乱しているのは兄だと思っている。
ありもしない幻惑に囚われ、ろくな政治ができないでいるのだ。
「私も話に聞いています。姉のマギーが一発でお気に入りになったそうですね」
「あの偏屈女のマギーの眼鏡に適ったわけですの!? それはすごいですわね!!」
「ですが変人という話です。今その方はバニーガールなるものになっているとのことです」
バニーガール。ウサギ女という意味だろうが、どういうことだろうか。
「黒いウサギの耳を模倣した飾り物に、肩をむき出しにした黒い衣装、さらに足を薄い膜に包まれているそうです」
ブリュンヒルドが説明するが、グレーテルはちんぷんかんぷんである。しかし、興味が湧いてきた。その女性にどうしても会いたい。会いたくなってきた。
「うふふ、興味が湧いてきましたわ。ぜひとも会いに行きたいですわね」
「でも無理です。今お城は見張りが多いですわ。グレーテルさまを外国に嫁がせるために、ずっと軟禁させたいようです」
アンネがうつむきながら言った。ヘンゼルは主だが、グレーテルには同情しているのだ。
しかしグレーテルは余計にファイトが沸いてくる。にやりと笑っていた。
彼女は悪だくみを考える天才である。何度も兄を出し抜いてきたのだ。
「また、何か悪だくみを考えていますね」
「あらいやだわ、ブリュンヒルド。計略とおっしゃいなさいな。これは経略でもありますのよ?」
「どうせ退屈しのぎに遊びに行きたいだけでしょう。ですが、今回だけは賛成です。あなたが城を抜け出しても私は見て見ぬふりをします」
「ちょっとブリュンヒルド。あなたはそれでもいいかもしれませんが、残された私たちが罰せられますわ。実家にも迷惑をかけることになります」
「そんなことはないだろアンネ。父ちゃんと兄ちゃんなら面白がって大笑いすると思うけどなぁ」
「それはあなたの家だけです」
女も三人集まれば姦しというが、四人だとさらに大賑わいだ。
「ふふん。お兄様は城の出入りを厳重にしておりますわね。荷物は常に開けて、魔法で調べている。普通に荷物に紛れることはできませんわ。だからこそ小刀細工はせず、堂々とすればよいのです」
グレーテルは突飛のないことを口にした。いったい彼女は何を考えているのだろうか。
それは彼女の頭を割ってみなければわからないのである。
アンネはアンネの日記から取りました。アインデッカーは戦闘機の名前ですが、アンネとアインデッカーは相性が良いと思い、つけました。
ゴッルは北欧神話のヴァルキリーの名前で、騒がしいという意味があります。
ブリュンヒルドも同じで、こちらは輝く戦いという意味です。




