第31話 うどんを作りました
「……いかがでしょうか?」
妙齢の女性だが、うら若き乙女のように恥じらうのは、未亡人のツァールトだ。
彼女は副ギルドマスターのマギーが用意した、黒いメイド服に着替えてある。
全体的に丸みを帯びた顔だが、愛嬌と色気が入り混じっていた。
それに体の線はともかく、豊満な胸は地味なメイド服でも隠しきることはできていない。
「……ええ、なかなか似合っておりますよ」
男の象徴を失った私だが、彼女の姿を見て、亡くしたはずの息子を思い出す。
ああ、息子は股間のあれね。夢の中でも感触を覚えている。
もっとも今の私は完全な女性なので、手を出すことはないけどね。
ツァールトの様子を男性職員たちがちらりと見ていた。
今一階にある掃除用具を入れている部屋の前で説明している。どこを掃除するのかマギーが説明しているのだ。
その横でちっちゃなゲッティンがあくびをしている。大人の話など退屈で仕方ないだろう。
「……そうだ、小さな子供を集めて、保育所を作ろう」
私は頭の中にナイスアイディアが浮かんだ。ギルド加入者には未亡人が多い。生活のために商売をする人もいるのだ。
裁縫ギルドなどもいろいろいるが、料理ギルドは料理の腕があれば金が稼げるのである。
「ほいくじょ……、とはなんでしょうか?」
マギーが初めて聞く単語に、質問する。
「子供を集めて面倒を見る施設ですよ。主に働くお母さんのために必要なものです」
「それで具体的に何をするのですか?」
彼女が攻寄る。おそらく私の話は有益になると思ったのだろう。
「子供たちを集め、歌を歌ったり、一緒に遊んだりしますね。それに簡単に文字を教えたり、物の数え方を教えたりします。これは学校とは違い、本格的ではないですけどね」
「……なるほど。では、ギルド加入者の子供を集め、我ら料理ギルドが責任をもって、教育する場所を作ればよいのではないでしょうか?」
「それだと学校になりませんか? あとお金もかかりますし」
「問題はないでしょう。それに賢い子供が増えれば、ギルドの運営に役立ちます。先行投資というものですよ」
マギーの答えに、私はちょっと意外だと思った。精々子供を、ゲッティンを預かる程度でしか考えていなかったのだ。
それがマギーは話を飛躍させるとは、少々、この世界の住人を見くびっていたようである。
「え? おともだちができるの?」
ゲッティンは目を輝かせている。私は座り込み、彼女と同じ目線で話した。
「そうですよ。今日はまだですが、明日にでもあなたのお友達はできます」
マギー曰く、その話を未亡人たちに話せば、賛成してくれるという。それほど日々の生活は大変なのだ。
職員が通達すれば、すぐにでも預けてくれるという。毎日彼らが迎えに行けばいいのである。
「それはそうと、ツァールトさん。さっそくお仕事をお願いします」
「はい、わかりました」
マギーに言われて、ツァールトは掃除に向かった。モップとバケツを持ち、床を掃除する。
大きな尻をぷりぷりと揺らしており、その後姿はなかなか色っぽかった。
私は職員にゲッティンを任せ、マギーと一緒にマスターの部屋に戻ったのだ。
☆
「マスター! あの女をなんとかしてください!!」
お昼休み、私は調理室で料理を作っていた。保育所というか、学校の件はすぐにマギーが組み立ててくれたので、明日から作れる。
私は今日麺類を作ることにした。小麦粉を練って作っていたのだ。
うどんなら、塩と水を混ぜればよい。小麦粉を器に入れ、食塩水を混ぜながらこねる。
固くなるほどになったら、しばらく寝かせ、板の上に乗せて、載せ棒で伸ばし、細く切るのだ。
ひやむぎなら、さらに細く切ればいいのである。
スパゲッティに使うものなら、鶏卵を混ぜればいいのだ。麺類ができれば、料理のバリエーションは増える。
醤油がないから、かけうどんとかは、無理だがぶっかけうどんなら簡単だ。それとざるうどんに、焼うどんもできる。
今回はうどんを作り、魚醬を使ったぶっかけうどんを披露していたのである。魚醬は癖があるが食べられないほどではない。
他の職員たちは、初めての食感に戸惑いながらも、おいしいと大評判だ。
そこに他の女性職員たちが、不機嫌を隠さず、私に訴えに来たのである。
「あの女とは誰の事ですか? もしかして私でしょうか?」
「違います! なんでマスターの文句を、マスターに訴えるんですか!! 今日から働いている雑務の人ですよ!!」
ツァールトのことだ。名前を呼ばず役職で呼んでいるのは、彼女らが貴族だった頃の癖が抜けないためだろうな。
私の場合は前のマスターに認められたから、表立って不満は出さないだけだろう。
「ツァールトさんのことですね。彼女が何かしでかしたのですか?」
「いいえ、何もしてません! ですが、彼女がいるだけで男性職員はまったく仕事をしなくなったのです!!」
職員曰く、ツァールトは普通に掃除をしているだけだ。床をモップで書けたり、ガラス窓を雑巾で拭いたりと、普通に働いている。
それを男性職員がにやにや笑いながら、眺めているというのだ。
別に色気を振りまいているわけではないが、何しろ体つきがエロい。胸や尻がやたらと強調されており、地味な衣装でもむせ返るような色気を抑えきれないのだ。
「仕事をしないと言ってもねぇ……。そもそもここのギルドは私が就任する前は、ろくな仕事がなかったじゃない。今はそれなりですけど」
「確かに否定はできません! 前はマッケンゼンさまのワンマン経営でしたが、今は違います! さぼっては困るんです!!」
男性職員には彼女を口説くのも、いるという。その度に彼女は頬を赤くして、やんわりと断るのだが、なかなか諦めない。
女性職員が割って入り、引き離すというわけだ。
「それにあの女のいいわけも見苦しいです! 明日になればすべて丸く収まると言っているんですよ! 雑務しかできない人間に何ができるというんですか!!」
職員の差別発言に、私はカチンときた。そしてその職員を睨みつける。
彼女もそれに気づいたのか、がくがくと真冬の中でビキニを着たように震えていた。
「……あなた。これ以上、口を開かない方がいいわ」
他の職員たちも、私におじけづいたのか、それ以上何も言わなくなった。
「この件は私が何とかします。それよりも皆さんもいかがですか? 私が作ったうどんという食べ物です」
そう言って私はうどんを披露した。彼女たちは初めて食べるうどんに対して、好意的な印象を受けたようである。
うどんは、食べ方はもちろんのこと、日本全国では様々なうどんが存在しているのだ。
単純ゆえに様々な調理法がある。
持てる知識を利用して、うどんだけでなく、他の麺類を広めよう。それに乾麺も作りたいしね。飢饉にも対応できるし、食料の基金も可能になる。
しかしツァールトさんが問題を起こすとは思わなかった。いや、ズンブフ村の長老も似たようなことを言っていたな。
最初は彼女をめぐって男たちが騒いでいたが、すぐに収束したという。まるで伝染病が終息するみたいだったと小声で教えてくれた。
それほど男たちはツァールトの色気に惑わされたのだという。
明日になれば解決するというが、どういうわけだろうか。
ズンブフ村でも同じようなことが起きているという。彼女には何か秘密があるかもしれないな。




