第19話 ハーゼが巨大な魔物を指先ひとつでダウンさせた
「次はハーゼさんに、魔物退治をしてもらうミャー」
槍のように体が細い男、回収人で裁縫人のシュナイダーが言った。
ここはエアツェールングより北にある森で、私と、回収人で丸い巨漢のコッホ、小男で薬剤師のアールツト、そして補佐師の少年アンヘンガーの5名がいた。
「オミャーさんは、レオパルド子爵の領地で、ニードルボアとカワハギ熊を倒したことは知っているミャー。でも、他の人は知らニャいから、ここは一発、他の人にも見せつけるミャー」
「それで、この森に来たというわけですか」
私は周りを見回した。うっそりとした森で、どことなく陰鬱な気分になる。
ひとりでいたら森の暗闇に飲み込まれそうな、巨人の胃袋に迷い込む感じだ。
ちなみに今の私はぴっちりした紫色の服を着ている。見た目はやわそうだが、獣の牙を通さない頑丈さを持っているそうだ。シュナイダーが用意してくれたのである。
「その通りです! この森には狂暴なヘルゴートが暴れているそうなのです! 討伐隊が今向かっているのです。ハーゼさんがナイスバディを他の人に見せつけながら、戦ってもらいたいのですよ!」
これはアンヘンガーだ。彼は一番幼いが、一番のスケベである。コッホのゲンコツが頭にさく裂した。
私は自分の胸を見た。まるでメロンをふたつ胸に括りつけている気分である。
歩くたびに揺れて肩がこる。巨乳の女性は苦労していると思った。
「これはシュナイダーさんの趣味ですか?」
「そんなわきゃ、にゃーだが。マギーから、オミャーの強さは知っとるだに、バッチリした衣装を用意しただけだで」
シュナイダーは真顔で答えた。私の身体を見ても、まったく平然としている。
なんでもアンヘンガーを除いた3人は私と同じ頃の娘がおり、私の事は新しい自分の子供みたいな感覚だそうな。
さすがに若いアンヘンガーは、欲望を隠さないのが問題だけどね。
「ヘルゴートとはどんな魔物でしょうか?」
私はコッホに質問した。彼は説明してくれた。
ヘルゴートは巨大なヤギの魔物だという。あばれヤギという、馬のように大きなヤギの魔物がいるが、ヘルゴートはさらに一回り巨大だそうな。
普通サイズのヤギをぱくんと一口で食べてしまうから、相当の大きさと言える。
あばれヤギが突然変異を起こしたもので、一代限りだという。そりゃそうか、サイズが違い過ぎて、子どもは作れないからだろう。
過去にいくつもの村を破壊した、地獄から来たヤギという意味を込められたという。
宗教によってヤギは悪魔の象徴と言われている。言い得て妙かもしれないな。
さて、私は耳を澄ましてみた。ぎゃーぎゃーと騒がしい声が聴こえてくる。
もっともコッホたちには届いてないようだ。
「向こうから声が聴こえています。獣の声と大勢の人たちが叫ぶ声が混ざっていました。すぐに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ミャー、マギーの言う通り、オミャーさんは耳がいいと聞いているミャー。今回は討伐隊に見せつけるのが目的だで、すぐいくといいミャー」
シュナイダーに断りを入れて、私は駆けだした。
風を切り、大地を蹴る。まるでバイクで走行している気分であった。
☆
「ひるむな! 戦え!!」
20代の青年がハッパをかける。彼はエアツェールング王国の若き将軍、トビーアス・ド・マッケンゼンである。
黒い髪を刈り上げていた。精悍な顔つきで、鉄の鎧を着ている。
手に持っているのは槍だ。父ルドルフが元服の時に渡されたトビーアスだけの槍である。
彼の後ろには数十名の部下たちがいた。全員20代で、どこか及び腰である。
目の前にはヘルゴートが暴れていた。自分たちの背丈を軽く超えており、さらに槍のように鋭い角を振り回していた。
トビーアスは父から将軍の座を譲ってもらった。20代ゆえに周りからは若造として扱われており、手柄を焦っていたのだ。
個人の武勇は最強で、父親と一騎打ちして引き分けになったこともあった。
それでも世間ではなめられやすいので、苛立つことがある。
「メェェェェェ!!」
ヘルゴートがおたけびをあげた。身体がびりびりと震える。部下たちは恐怖で怯えていた。
彼らはまだ若い。足りないのは経験である。しかしこのような生死をかけた戦いでは、致命的になりかねない。
「ぬおおおおお!!」
トビーアスは槍でヘルゴートの角を弾く。だがヘルゴートはすぐにトビーアスを角で突き刺した。
彼の身体は吹き飛んだ。大木の幹に衝突する。部下たちは慌てて駆けつけようとするが、ヘルゴートの角でなぎはらわれた。
鎧のおかげで突き刺さることはなかったが、内臓に衝撃が走っており、口から血を吐きだす。
「くそぅ! こんなところで……」
死んでたまるか! 父親を超えることができず、ヘンゼル陛下を守ることができないなど許せない。
額から血管が浮き出て、歯をむき出しにし、かみしめる。
「あたぁ!!」
何か影が飛んできた。それがヘルゴートの頭部に乗ると、ぐらぐらと身体が揺れる。
そしてそのまま倒れた。その衝撃で、トビーアスの身体は吹き飛ばされそうになる。
土煙が舞い上がり、視界が悪くなる。やがて収まると、そこにひとりの女性が立っていた。
20代を超えたばかりで、腰まで伸びた金髪に、スタイルを強調した紫色の服を着ていた。
トビーアスは座ったまま、声をかけることもできなかった。
やがて女性は首だけ振り向く。
「こいつはもう死んでいます」
鈴のような凛とした声であった。顔も女神が降臨したように錯覚した。
「初めまして。私は料理ギルドの新しいマスター、ハーゼと申します」
ハーゼと自己紹介した女性は、にっこりと笑いながら、頭を下げた。
「えっと、私が倒したから、ヘルゴートは私たちがもらいます。問題ないですね?」
トビーアスはうんと答えた。疲れと痛みで、まともに頭が回らなかったのだ。
部下たちも茫然としていて、横取りをしたハーゼに文句を言うことはできなかった。
「ちょっとハーゼさん! 一発で倒すとは何事ですか! もっとおっぱいぷるんぷるんと揺らしながら戦ってください!!」
「だまらっしゃい! アンヘンガー、無駄口叩かず、さっさと仕事をするでゴワス!」
卑猥なことを言う少年を、丸い巨漢がゲンコツを食らわせる。巨漢の背中には巨大な包丁を背負っているので、解体人であろう。
少年はヘルゴートに触り、呪文を唱えた。するとヘルゴートの巨体が宙に浮く。風船魔法を使ったのだ。
こうしてハーゼたちは去っていった。残された討伐隊はしばらく時間が経つと、冷静さを取り戻した。
「―――!? いったいあの女は何者だ!? 料理ギルドのマスターを名乗っていたぞ!!」
「コッホさんたちはなんであの女に従うんだ!!」
「というか、ヘルゴートを一撃で倒すなんて、ありえないだろう!!」
部下たちは騒ぎ出す。それをトビーアスが止めた。
「やめないか! 我々ではヘルゴートを倒せなかった。代わりにハーゼという料理ギルドの新しいマスターが倒した。それだけの話だ!!」
トビーアスの心には悔しさがなかった。女に先を越されたという気持ちはない。あまりに圧倒的な実力を見せつけられたのか、そんな気持ちは湧かなかった。
「彼女が、父の認めたハーゼだったのか……」
厳格な父、ルドルフが認めた女。向こうは自分の事を知らないだろう。
しかし、今はそのときではない。




