7. true princess(1)
翌朝まだ日も明けきらないうちに船はガシュインの港に到着した。
船の中は荷を下すのに人が行き交い、ゴタゴタとしていた。
ユキは朝の準備を済ませ、邪魔にならないように船室で待っていた。帰港から一時間ほど待っていると呼びに来たのは厨房にいた、あの年若いハセルだった。
アルスもモリも相当忙しいらしい。
見送ってくれる料理長や助手、船員たちに別れを告げると、ハセルに手を貸してもらい船を下りた。
前方の馬の側にアルスとモリとバトー、三人の姿が見えた。
その三人の出で立ちにユキは驚いた。
モリとバトーは鉄の胸当てに赤いマントを付けていてまさに「騎士」という出で立ちだった。
そして何より驚いたのがアルスだった。
アルスは緑のベルベットに玉飾りの付いたターバンを巻いている。白い絹のシャツに銀色の装飾の施されたベルト。深緑のマントと革のブーツにも銀色の細工の施されたすね当てがついている。
三人が馬に乗ると圧巻だった。
ユキはようやくアルスが本当に皇子様だったのだと信じる事ができた。
「ユキ。来い」
馬上からユキに気付くとアルスはユキを呼んだ。ユキを馬に乗せるために手を伸ばしている。
ユキは『冗談じゃない』と思った。
こんなに目立つ姿の人の馬になんか乗りたくない。皇子様の馬に乗るような大人物なんかじゃないのだから。
「大丈夫! ……ハセルの馬に乗せてもおうかな」
「いいえ、私は……滅相も無いです」
焦ったハセルが申し訳なさそうに、ユキにペコペコと頭を下げる。
「では、私の馬へどうぞ」
はつらつとした声に顔を向けると、バトーが白い歯を見せて手を伸ばしてきた。
「えーっと、大丈夫です」
ユキも精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「ほら、ユキ。時間も無いんだ、来い」
その光景が面白かったのか、アルスは笑っている。
仕方がないのでユキはアルスに手を伸ばすと、結局いつもの定位置に収まった。
港の周囲もそうだったが、朝の早い時間だと言うのに道沿いは多くの人でごった返していた。
皆、皇子の姿を一目見たいというわけだ。
その皇子の馬に乗っている娘を見て、沿道は騒然としている。
日よけの為のヴェールがせめてもの救いだった。
ユキはなるべく小さくなって、できれば透明になりたいと顔をふせてじっと動かないようにしていた。
今頃になって、甘々な言葉漬けになったとしても、バトーの馬に乗るべきだったとわかったのだ。
街を出ると沿道の人もまばらになってきた。
ユキはようやく息ができる心持ちだ。
「ユキ、今日はここの県知事の宮に泊まるからな」
「け……県知事!?」
ユキはそれ以降の言葉を失う。
そうですか
そうでしょうとも
アルスは皇子様だもんね!
……もうこうなりゃどこにだって行ってやる!
「了解!」
ユキはなかば自暴自棄になっていた。
ガシュインの港はサマルディア皇国の南部、トルゴイ県にあった。ここから南西にある首都、サインシャンドを目指すのだ。
南部は北部に比べると気温も高かった。
大地も砂交じりで、水分を感じない。乾燥していると思っていた北部と比べても、南部の渇きは激しかった。
一行が街道沿いを西に抜けると、昼ごろにはヤシの木の茂る大きなオアシスに出た。
そのオアシスをぐるりと回った場所に褐色のレンガでできた、大きな建造物が見えてきた。
これがこのトルゴイ県の知事の別荘である。
まるでお城のように大きく、立派な建物にユキは目を見張った。
(どこにでも行ってやる!)――――という先ほどまでの気迫はどこかへ消えてしまい、もう逃げ出したくなっていた。
庭園のようなエントランスを抜けると、やっと建物の入り口が見えた。
多くの人が並び、皇子一行を歓迎している。
頭の禿げあがった恰幅の良い男が中心におり皇子を出迎えた。
彼が知事のハスゴワだ。
ただその皇子の馬に一緒に乗る女には、いささか不審な視線を送った。馬から下りると、挨拶が始まり、つらつらと歓迎の言葉が並んだ。
アルスが簡単にユキを客人だと紹介してくれたので、精一杯の笑顔を浮かべて、ぎこちないお辞儀をした。
建物の中へ案内される頃には、ユキはいたたまれず、アルスの横から後退し、そっとモリの後ろにまで下がった。
今日はこれから『歓迎の宴』なるものが大広間で行われるという。どうにか遠慮したいと、伝えに来たハセルに頼み込んだが、勘弁してほしいと逆にお願いされてしまった。




