エピソード18:バズ女子-5
エピソード18:バズ女子-5
翌日の昼過ぎ。 澪は、まだ少しだけ震える足で雑居ビルの階段を上り、
再びレムの事務所のドアを開けた。
手にしていたバーガーショップの紙袋を、デスクの上にそっと置く。
「……あのさ、探偵さん、だよね? 昨日、駐車場からあたしのこと、助けてくれたんだよね?」 ソファの端に座った澪は、すがるような目でレムを見つめた。
「何がなんだか、もうさっぱりわからなくて……。昨日、あたしの部屋で何が起きていたのか、教えてほしいんだ」
レムは紙袋の中身をチラリと確認してから、ガラス玉のような瞳を澪に向けて、淡々と説明を始めた。
「妖怪も怪異も、時代と共に姿や形を変えて生き続けてる。
……今回の件は、いくつかの悪い条件が重なった複合事故みたいなもんだ」
「複合事故……?」
「ああ。まず、同じリズム・同じ振り付けを複数人で反復する行為。日本の盆踊りや神楽がそうであるように、あれは本来、向こう側から霊を招き寄せる降霊の儀式なんだよ。
そこにSNS特有の狂乱や、人の嫉妬、羨望といったドロドロした感情が混ざり合って『共鳴り(ともなり)』を起こし、君自身が怪異を呼び込む依代になってしまった」
レムは指を一本立てた。
「そして、君自身も、画面の向こうで四六時中スマホにかじりついている連中も、
半分『離魂病』……古典でいう『あくがれ』の状態になっていた。
眠っている間に、押し殺した本音や『もっと見られたい』っていう強い執着だけが肉体を抜け出して、夜の校舎や思い出の場所を彷徨い、カメラのセンサーに感光していたんだ」
「じゃあ、最初の動画に映ってたあたしたちは……」
「君たち自身の遊離魂さ。そして、そこに『憑き物筋』――クダギツネや犬神に近い性質の怪異が取り憑いた。
連中は憑いた人間を急激に富ませる……現代で言えばバズらせて注目を集める代わりに、
周囲の『嫉妬』や『羨望』を餌にして太る。
誰かが強く『羨ましい』と念じると、その執着を伝って次の宿主へと歩いて感染していく性質がある」
窓の外から睨みつけてきた、あの狐や犬のような女の顔が脳裏に蘇り、澪は肩を抱いた。
「その憑き物の力に引き寄せられて、月夜の障子に映る『影女』や、無数の目が浮かぶ『目目連』が寄り集まった。
……ただ、一番運が悪かったのは、そいつらが『見越し入道』と合体してしまったことだ」
「みこし、にゅうどう……?」
「見上げれば見上げるほど背丈が伸びて巨大化し、常に高い位置から人を見下ろす妖怪だ。SNSにおける『再生数』
……つまり見られた数と目目連の視線が増えるほど、怪異の背丈がぐんぐん伸びて、マンションの四階の窓まで届いてしまった。
見越し入道は『見越したな』と唱えて頭から足元へ視線を落とす
――つまり『見ないこと』『承認を捨てること』でしか祓えない」
そこまで聞いて、澪はハッと顔を上げた。
「えっ? でもあたし、一昨日の夕方、マックリア(ハンバーガーショップ)で
『もういい』ってアカウント消したよ!?
承認欲求を捨てたのに、なんで昨日の夜になってあんな化け物が現れたの……??」
レムは少しだけ間を置き、静かに問い返した。
「……『三人旅の禁忌』や、『七人ミサキ』って知ってるか?」
「え……? ううん、知らない」
「古くから、三人で写真を撮ると真ん中が死ぬとか、
三人で旅をすると必ず一人が仲間外れになり、その隙間に魔が差すっていう俗信がある。
そして『七人ミサキ』は、常に定員が決まっている怪異だ。
新しく一人を憑り殺して引き込むことで、最初の定員から一人が抜けるっていうシステムを持っている」
「なにそれ、幻影旅団みたい」
「え、そんなんだったっけ、幻影旅団って?君結構富樫先生の作品好きだよね」
レムの低い声が、静かな事務所に落ちた。
「同じ再生数で仲良く並んでいた三人のうち、君一人だけが抜けてバランスが崩れた瞬間、生じた隙間に『四人目』……カメラを構える撮影者が入り込んだ。
誰か一人がバズって孤立し、他の誰かがそれを羨むことで呪いのバトンが渡され、永遠に『三人』の定員の中で生贄が回り続けるループ構造だ。
……君がアカウントを消してその輪から降りようとしたから、怪異は『三人』の定員を埋めるために、君を向こう側へ引きずり込もうとしたんじゃないのかな」
「三人……定員……」
澪の顔から、急速に血の気が引いていった。
「ま、まさか……理央!! 夏帆!!」
澪は震える手でポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリ『MINE』の画面を開いた。 スッ、スッ、と汗ばむ指を滑らせる。
「えっ……、えっ……??」
友達リストをスクロールするたび、澪の口から
「え? なんで!?」という掠れた声が漏れた。 ない。毎日何十件もやり取りしていたはずの二人のアカウントが、どこにもないのだ。 慌てて三人のグループトークの履歴を開いた澪は、息を呑んだ。
「嘘……!? 理央も、夏帆も、いないの!? MINEの友達リストにも、履歴にもなくなってる!! なんで……!?
三人のグループだったはずなのに、あたし一人のトークルームで、半年前の最初から、あたし一人の独り言しか残ってない……!!」
画面には、半年前のあの日からずっと、誰もいないトークルームに向かって
『今日の放課後マックリア集合ね!』
『このダンス良くない?』
『ねえ、なんで既読つかないの?』と一人で送り続けていた澪自身のメッセージだけが、延々と並んでいた。
「じゃあ……一昨日、マックリアで仲直りした二人は…
…あたしと一緒に笑ってた二人は、どうなったの……!?
ねぇ、探偵さん! あの時、同じ店にいたよね!? あたし、ちゃんと二人と話してたよね!?」
すがりつくように叫んだ澪に、レムは何も答えなかった。
ただ無言で立ち上がると、電気ケトルで沸かしたお湯をマグカップに注ぎ、
インスタントの粉末をくるくるとかき混ぜた。
そして、甘い湯気の立つカップを、震える澪の前のテーブルへ無造作に置いた。
「まぁ、一息つきなよ。粗茶ですが、どうぞ」
「あ、うん、ありがと……(そ、粗茶? 茶なのかな、コーンポタージュって……?)」
レムが「あの時二人がどうなったのか」をあえて否定も肯定もせず、コーンポタージュで煙に巻くことで、底知れない沈黙が事務所を支配した。
レムは自分のデスクに戻ると、テーブルの上のスマートフォンの端を人差し指でトントン、と叩いた。
「SNSが悪だなんて言うつもりはない。けれど、使い方を誤ると、こういう恐ろしいモノを引き寄せる器になってしまう。そういうモノだってことだな。……凄いよな、コイツ」
そしてレムは、澪が持ってきたバーガーショップの紙袋を引き寄せながら、ぶっきらぼうに付け加えた。
「アンタは、おごってくれた特別な客だったからな。君に絡みついていた境界の糸だけは、昨日のうちに特別に始末しておいたよ。……はい、説明終わり」
「あ、ありがとう……なのかな?」
親友二人の存在そのものが自分のスマホから消え去ってしまった不気味さと、
命を救われた安堵の狭間で呆然とする澪。
そんな彼女を尻目に、レムは紙袋からフライドポテトを引っ張り出すと、前歯で一本ずつリスのようにポリポリと食べ始めた。
澪はコーンポタージュのカップを両手で包み込んだまま、その奇妙な探偵の姿をしばらくぼんやりと見つめていた。




