僕が忘れていた少女
翌朝。
目を覚ましてから、ずっと頭の中に残っている言葉があった。
――ユニ。
昨日、僕は確かにそう呼んだ。
でも、どうしてその名前が口から出てきたのかは分からない。
制服に着替え、学校へ向かう前に机の上に置いていたノートを開く。何を書くべきか少し迷ってから、僕は一ページの端に、その名前を書いた。
『ユニ』
たった三文字。
それなのに、不思議なくらい目を離せなかった。
知っているような気がする。
でも、知らない。
そんな矛盾した感覚だった。
昨日の僕は、星野さんをそう呼んだ。
考えて言ったわけじゃない。頭で考えるより先に、口が勝手に動いた。
まるで――頭では忘れているのに、口だけがその名前を覚えていたみたいに。
「蓮、朝から何してんの?」
突然、後ろから声をかけられて、僕は慌ててノートを閉じた。
「何でもない」
「その反応、絶対何でもないやつじゃん」
海斗が僕の机を覗き込もうとする。その横から太一まで顔を出した。
「まさか昨日の文化祭について反省文でも書いてんのか?」
「何で反省文なんだよ」
「じゃあ、俺のカラオケについての感想?」
「それは書く必要ないだろ」
「ちなみに俺は五点」
横から蒼が淡々と言った。
「低すぎない?」
「現実的な評価」
「お前らな……」
思わず笑ってしまう。
文化祭が終わっても、こういうくだらない会話は変わらないらしい。
僕はノートを鞄にしまった。
笑える。
友達と話せる。
学校で過ごす時間も、少しずつ自分のものになってきた。
それなのに――。
頭の片隅には、ずっとあの名前が残っていた。
ユニ。
いったい、誰なんだ。
昼休みになっても、その疑問は消えなかった。
文化祭のことは、ちゃんと覚えている。
クラスの出し物も、海斗たちと回ったことも、星野さんと話したことも。
けれど、昨日の夕方だけが妙に曖昧だった。
学校を出て、星野さんと一緒に歩いたこと。
夕方の光。
彼女の横顔。
そして――僕が何かを呼んだ。
そこだけが、霧の中にあるみたいだった。
ふと顔を上げると、教室の向こう側に星野さんがいた。
彼女も僕に気づいたらしく、目が合う。
小さく笑ってくれた。
僕も笑い返す。
でも、その瞬間。
胸の奥に、また昨日と同じ感覚が浮かんだ。
聞かなきゃいけない。
そう思った。
放課後。
ほとんどの生徒が帰ったあと、僕は教室を出た星野さんを追いかけた。
廊下には、夕方の光が差し込んでいた。
「星野さん」
「……蓮くん?」
彼女が振り返る。
僕は一度だけ深呼吸した。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「うん。何?」
少し迷ってから、僕は口にした。
「……ユニって、誰?」




