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彼女は僕を知っているように見つめていた

ただの転校生として新しい学校にやってきた相沢 蓮は、何も覚えていないはずなのに、どこかで誰かに見られている感覚に違和感を覚え始める。


そしてその視線の先には――彼を知っているような少女がいた。


これは、失われた記憶と、まだ終わっていない感情の物語。

僕の名前は相沢 蓮。


それだけでいい。


人に興味を持たれるような過去なんてない。語り継ぐほどの物語もない。


ただ、出席簿に書かれて、放課後には忘れられていく名前。


今日は新しい学校での初日だ。


また、だ。


カバンのストラップを直しながら、校門の前に立った。


建物は特別でもない。高い窓、ありふれた校舎、どこからか漏れてくる騒がしい声。


どの学校も、似たようなものだ。


人は新しい場所には特別な何かがあると思っている。


でも違う。


期待しなくなった瞬間、どこも同じになる。


「さっさと終わらせよう」


小さく呟いた。


それだけでいい。


中へ入る。


体育館へ向かう廊下は、すでに新入生で溢れていた。


笑っている者、不安そうな者、すでにこの場所の一部になっているような者。


俺はどれでもない。


それでいい。


目立たない方が楽だ。


しばらくして、教室へ案内された。


教師は前に立ち、書類をめくりながら教室のざわめきが落ち着くのを待っていた。


窓際の席に座る。


外では風が木々をゆっくり揺らしている。


特に何もない光景。


それでいい。


「では皆さん、本日転校生を紹介します」


教師の声に、立ち上がる。


一斉に視線が集まる。


こういう瞬間には、相手は数秒で自分を判断しようとする。


もう慣れている。


「自己紹介を」


小さく頷く。


「……相沢 蓮です」


それだけだ。


余計なことは言わない。


好かれようとも思わない。


事実だけでいい。


席に戻る。


すぐに教室は元の騒がしさを取り戻した。


まるで最初から存在しなかったかのように。


だが、何かだけが違っていた。


気配。


視線を向ける前から、それは分かっていた。


誰かが俺を見ている。


ただの興味でも、退屈でもない。


何かを確かめるような視線。


横目でそちらを見る。


教室の反対側、窓際の席に一人の少女がいた。


動かない。


言葉もない。


ただ、見ている。


一瞬だけ目が合った。


その瞬間――


彼女の表情が変わった。


驚きでもない。


戸惑いでもない。


認識。


まるで、もう一度会うはずのなかった何かを見つけたような顔。


すぐに視線を逸らした。


あまりにも早く。


あまりにも慎重に。


見続けることを恐れているようだった。


俺は眉をひそめる。


「……知り合い、だったか?」


違う。


そんなはずはない。


もし会ったことがあるなら、忘れるはずがない。


それでも、その感覚だけが残った。


そして教室の空気が少しずつ変わっていく。


小さなざわめき。


はっきりとは聞こえないが、意味は分かる。


「……星野ってこのクラス?」


「生徒会副会長だろ……?」


「なんでここにいるんだ?」


星野。


それが彼女の名前か。


もう一度視線を向ける。


窓際の席で、彼女は静かに座っていた。


周囲の反応など気にしていないように。


まるで、自分とは関係のない世界の出来事のように。


特別扱いされることを当然のように受け止めているわけでもない。


それなのに、周囲は彼女を特別だと思っている。


矛盾している。


理由も分からないのに、目が離せない種類の存在。


俺は視線を戻した。


彼女はもう、周りではなく――俺を見ていた。


まだ。


まるで、まだ答えを決めかねているように。



授業は普通に進んだ。


教師が話し、学生が小声で会話し、椅子が動く。


いつもの学校の風景。


俺はただ黙っていた。


それが一番楽だ。


そして終業の鐘が鳴ると、空気が一気に緩む。


生徒たちは立ち上がり、部活や友達や明日の話をしながら教室を出ていく。


俺はしばらく残ってから、ゆっくりと荷物をまとめた。


立ち上がった時、指先に何かが触れた。


止まる。


取り出す。


ペンダント。


小さく、古く、少しだけ擦れた金属。


見覚えはない。


入れた覚えもない。


それでも手放す気にはなれなかった。


指が自然とそれを握る。


「……変だな」


なぜか、失うことの方が怖い気がした。


ポケットに戻す。


その時だった。


背後から声がした。


「相沢……蓮くん?」


振り向く。


教師が書類を持って立っていた。


「書類の確認なんだけどね。転入記録、事故の後に更新されてるわよね?」


「……事故?」


その言葉は重くなかった。


ただ、空白のままだった。


教師は一瞬黙り、そして苦笑する。


「あ、いや……忘れて。気にしないで」


書類を渡され、そのまま去っていく。


俺はそれを開いた。


生徒情報。


名前、年齢、住所、学歴。


どれも普通だ。


そして最後の一行で目が止まる。


医学記録:一時的な記憶障害(軽度回復)


しばらく見つめる。


驚きはない。


ただ、他人の情報を見ているような感覚だった。


でもそこには確かに自分の名前がある。


紙をゆっくりと折る。


カバンにしまう。


そして教室を出た。


廊下は静かだった。


外に出ると、風が頬をかすめる。


冷たく、静かで、いつも通りの世界。


それなのに――


なぜか胸の奥だけが落ち着かない。


何かを忘れている。


それだけが、ずっと残っていた。


気づかないうちに失ってしまった何かが。

第1話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、主人公・蓮とヒロイン・星野の“最初の違和感”を中心に描きました。


まだ何も始まっていないようで、すでに何かが壊れている――そんな空気を感じてもらえたら嬉しいです。


次回は、彼女の視線の理由と、蓮の日常に少しずつ入り込んでくる“違和感”を描いていく予定です。


もし気に入っていただけたら、評価やブックマークをしてもらえると励みになります。


それでは、また次回。

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