03話 天使とホスト
その女性は陽光を含んだ白い衣服で身を包み、背中には幾重にも折り重なった純白の羽が生えている。
幻とか誇張ではなく本当に天使が目の前に立っている。
衝撃的な姿に思わず固まっていると、天使様は途端に慌て始めた。
「あれ?蘇生したの、迷惑でしたか!?どうしましょうクリスさん!」
その発言で天使の後ろにもう一人誰かいることに気づいた。
天使に呼ばれ一歩前に踏み出した男を見て俺は唖然とする。
男は長身で足が長く、首元まで伸びた金髪の男は、ホストだったら間違いなく売上NO1になっているだろう、文句のつけようのないイケメンだった。
彼は一言「大丈夫?」と言って、俺に手を差し伸べてくれた。
……いやいや、なんで俺がヒロインポジションになってるんだ!?
あまりのイケメンぶりに、思わずドキッとしてしまった。
ああ、なるほど。ホストに行く女性たちはこんな光景を見せられていたのか。
あまりの衝撃にくだらない想像をしていたが、すぐに正気を取り戻し、差し出された手を取ることにした。
「あ、あの……勝手に蘇生させちゃって、すみませんでした。ご迷惑でしたか?」
天使が申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、むしろこちらこそ、ご迷惑をおかけしてしまって――」
…………!!!
「あ、あぁ!どうやって返事するんだ!?キーボードなんて持ってないぞ!」
このゲームでは相手との意思疎通にチャット機能を使うのが一般的だ。
チャット機能は、フィールド全体に声が届くものから個人、パーティに向けて使えるものまである。
これは昔プレイしたオンラインゲームでもあった機能なのですぐ理解できた。
ただし、チャットをするにはキーボードなどが必須な事が多い。急に声を掛けられるとは思ってなかったので、そんな準備をしているわけもない。
「ど、どうする。せっかく助けてくれたのに返事をしないなんて失礼すぎる!」
この時点で相当パニックになっていた俺は、とりあえず連続ジャンプをしてなんとか意思疎通を図ろうと必死だった。
(くっ、意思表示がこれしか思いつかない……すまないせっかく助けてくれたのに、とんだ失礼を――)
その奇怪な行動に天使は引くことなく、少し考えるような仕草をした後、彼女が口を開く。
「あ、もしかしてチャットの仕方がわからないんですか?コントローラーに小型のマイクが内蔵されているので、マイクボタンを押して喋ってもらえればチャットできますよ」
こちらの意図を汲み取ってくれた!なんていい人なんだ。
姿だけじゃなく中身も天使だったなんて。
俺はすぐに助言に従い、コントローラーに向かって話しかけた。
すると発した言葉が自動でチャット欄に打ち込まれていく。
「先程は助けていただいてありがとうございます。とても助かりました」
「いいえ。余計なお世話かもと思ったのですが、お役に立てたならよかったです」
あれ?なんか涙が出そうになる――
人の優しさに触れたの、いつ以来だろう。
「挨拶が遅れました。わたくし、ユキトと申します」
……ん?
なんか固まってないか?何かおかしなことをしてしまっただろうか。
「……あ、す、すみません。私は『シエラ』っていいます。そしてこちらが――」
「はじめまして~わたしはクリスっていうの、ヨロシクねん☆」
イケメンがオネェ言葉でウインクしてきた。
どうしよう。何か言ってるけど全然頭に入ってこない。
でもしょうがないだろ。
初めて会ったうえに命を助けてくれた美男美女が、揃いも揃って想像の斜め上をいく人たちだったのだから。
「あ、えと……クリスさんはこんな人ですが、とってもいい人なんですよ!」
「ちょっとしぃちゃん。『こんな』ってなによ~。失礼しちゃうわ」
素なのか、それとも俺の緊張を解いてくれようとしているのか、どちらなのかはわからないが二人の和やかなやり取りを見ていると、思わず表情が緩んでいた。
「あ、やっと笑ってくれましたね。さっきは、すごく緊張されていたようだったので」
ああ、そうか。さっきの挨拶でそんなことを思われていたのか。
しまったな。初対面だからと、いつものように取引相手にするような堅苦しい挨拶をしてしまった。
そしてそんな俺の様子を見て、和ませようとしてくれたんだろう。
「と・こ・ろ・で。あなた、もしかして初心者ちゃんかしら?」
ホスト――もとい、クリスさんは、俺の全身を値踏みするように眺めた後、そう問いかけてきた。
「は、はい。今日から始めたのですが、さきほど大勢のゴブリンに追いかけ回されてしまいまして」
「この辺りで大勢のゴブリンちゃんってことは、木漏れ日の森のフォレストゴブリンちゃんかしら?」
「多分、そうだと思います。一匹が囮になって油断させたところを、取り囲んで襲うのがフォレストゴブリンの特徴ですから」
俺を襲ったあと、すぐにその場を去ったので確認しようもないが、見るからにベテランそうな二人の推測なら間違いないんだろう。
……というか。
フォレストゴブリン、初心者に厳しすぎないか?そんなやつ初見殺しにも程があるだろう。
そんなことを考えていると、クリスさんは俺の装備を見ながら、もっともな疑問を口にする。
「あら?あなた、まだ初期装備じゃない。ユニア村への行き方わからなかったの?」
ユニア村……おそらく先程の案内板に書いてあった村だろう。
どのゲームでも、まずは初期の村で情報や装備を揃えるものだ。
俺のように初期装備を変更せず、こんなところで死んでいる初心者を見たら、疑問に思っても不思議じゃない。
「いえ、案内板には気づいていたんですが、指示通りっていうのもつまらないと思いまして……それにこちらの方が景色が綺麗で楽しそうだなって……ははは」
俺は無理やり笑ってこの場をやり過ごそうとした。
(初心者が無謀なことをするなと言われるだろうか。ゲームの中でまで否定されるのは……嫌だな)
「あっらぁ、いいじゃない。好きよ、そういうの」
「ですねですね。こんなに素敵な世界なんです。いろいろ見てみたくなる気持ち、すっごくわかります!」
二人の反応は俺には予想外のものだった。
いや、会ったばかりだけどこの人たちがどんな人か、少しはわかる。
(そんなことで否定するような人たちじゃないよな)
「それでは失礼します。いろいろご迷惑をおかけしてすみませんでした。また――どこかでお会いできるといいですね」
「ありがとうございました」俺はそう言って早々にこの場を立ち去ろうとした。
(二人ともすごくいい人だったな。このゲームを続けていれば、俺もいつかあんな人たちと遊べるようになるんだろうか)
そんなことを考えていると、突然背後から声が掛かった。
「ちょっと、ちょっと~。これでお別れなんて寂しいじゃない。これも何かの縁なんだし、もう少し仲良くしましょうよ~」
「ちょ、ちょっと、クリスさん!急にそんなこと言ったらご迷惑じゃないですか!?」
シエラさんは、慌てた様子でクリスさんを止めようとしている。
「そんなこと言って、ほんとはしぃちゃんだって、同じこと思ってるんじゃなぁい?」
「うぅ……それは、そうですけどぉ」
(俺みたいな初心者と?それもさっき会ったばかりだぞ)
二人の言葉は俺には理解できなかった。
オンラインゲームでは上級者にレベリングを手伝ってもらったり、効率のいい狩り場やレアアイテムの情報など学べることは多い。
なのでこちらからお願いするならともかく、熟練のプレイヤーである彼らが、俺のような初心者と仲良くするメリットは皆無と言っていいだろう。
こんなことは思いたくないが、何か下心があるんじゃないかと疑ってしまう。
「それで、どうかしら?もしよかったら、わたしたちと一緒に――」
こんなこと言いたくない……でも
「お二人のお気持ちは嬉しいです。でも、なんでさっき会ったばかりの俺なんかと?そちらになんのメリットもないと思うのですが……」
「うんうん。さっき会ったばかりなのに急にこんな提案、警戒してもしょうがないわよね。わたしたちが下心があって近づいてる……そういうことかしら?」
そのとおりだ。俺はクリスさんの問いに無言で頷いた。
「あらあら、ずいぶん警戒されちゃったわねぇ」
クリスさんは、シエラさんに視線を向け、続きを促すように目配せをした。
「し、下心……ですか。たしかに下心はあるかもしれません」
俺に下心?レアなアイテムもなければ、高レベルでもない、当然金だって持っていないぞ。
「いったい、俺に何を期待しているんですか。先程も言いましたが、俺はこのゲームを始めたばかりの初心者ですよ?あなたたちが欲しがりそうなものなんて、何も持ってません」
二人は俺の言葉に、呆気に取られたような顔をした後、盛大に笑い出した。
「うふふ。あなた、わたしたちがあなたを騙して悪いことでもすると思ってたの?」
「あはは。そんなことするわけないじゃないですか」
それならいったいどんな下心だっていうんだ?まったくわからない。
「わたしたちは純粋に、ユキトさんと遊びたいと思ってますよ」
「それなら下心っていうのは、なんなんですか?」
「それはですね……ユキトさん、言ったじゃないですか。こっちの方が楽しそうだって」
たしかに俺は、二人にそう伝えたことを覚えている。そして、そのせいでゴブリンにやられたことも……
「わたしはこのゲームを始めて、もう一年以上になります……」
そして彼女はゆっくりと、自分たちのことを話してくれた。
このゲームが、初めて遊んだゲームだったこと。初めての世界に、寝ることも忘れて遊んだこと。
初めて入ったクランのこと。
そして、この頃はクランやフレンドから、効率重視のプレイを求められるようになったこと……
「わたし、このゲームが大好きなんです。でも最近、遊んでいても効率重視のプレイを求められてしまって、それはそれで正しい遊び方なんでしょうけど、わたしは……もう少し、ゆっくり歩いていたいんです」
シエラさんは、最後に「ちょっとおおげさですかね」と言って、力なく笑っていた。
「わたしたちだって、誰彼かまわず誘ったりなんかしないわ。でもね、あなたがこの世界を自由に楽しんでいるってわかって、それがすごく素敵に思えたのよ」
彼女たちの言葉は、他人事には思えなかった。周りだけが変わっていくような、そんな気持ちを俺も感じたことがあるからだ。
「わたしは……あなたと一緒なら、またゆっくり歩けるような気がするんです」
彼女の真剣な言葉に、俺はすぐに返事を返すことができなかった。




