36 妹――――再来
【前回のあらすじ】
ルカにパンツを履かせようとした所、妹が訪問。
ルカのパンツを脱がせていると勘違いされてしまったのであった。
俺の誤解が無事に解け――時計の長針と短針が頂点で重なる時間。
ちなみにルカがノーパン主義なことについて夕陽は、「まあ主義趣向は人それぞれだよね」と多様性を尊重してくれた。
俺の時と対応が違いすぎる……。
「はーい! ご飯だよ~!」
「ん。良い匂い」
食欲を刺激する香ばしい匂いが居間に広がる。
夕陽は一人暮らしの俺が偏った食生活をしないよう、毎回腕によりをかけた料理を作ってくれる。
その腕前は会うたびに成長していき、もはやプロの料理人と引けをとらない実力に到達していた。
「(――と、手放しに褒めてしまうのは、妹贔屓が過ぎるだろうか……?)」
本日の昼食は牛肉の赤ワイン煮込み。
夕陽に「未成年で買えないから予め買っておいて」とお願いされた赤ワインをたんまりと注ぎ込み、それがドロドロに煮詰まるまで煮込んだ一品だ。
「おお。我が家の100均の食器が、まるで高級フレンチのようにお洒落な風格を纏っているぞ……!」
主食はガーリックバターを塗りこんでトーストしたバケット。
汁物はマグカップに注がれたオニオンスープ。
サラダはオリーブオイルから作った手作りのフレンチドレッシングがかかっている。
冗談でもお世辞でもなく、洋食店で出てきても遜色ない見た目だ。
食べなくても分かる。
これ絶対うまいやつや。
勿論食べるけども。
「も~、褒め過ぎだよお兄ちゃん///」
「ん。噛まなくても……お肉が崩れる……!」
――ぽわぽわ。
「ふふっ♪ お兄ちゃんが好みの味付けにしてるんだけど、ルカちゃんの舌にも合ったみたいで良かった」
「ん。たいようの味付け、好き。だから、ゆーひお姉ちゃんの味付けも、好き」
「あーん♪ ほっぺた押さえつけながらもぐもぐしてるルカちゃん可愛い~♪ すりすり❤ もう調理しちゃいたい❤」
「そこは〝食べちゃいたい〟じゃないのかよ……」
夕陽は料理を褒められたのが嬉しかったようで、ルカの華奢な肩を抱きしめて頬ずりしている。
一方ルカは、夕陽のスキンシップを気にすることなく、ホロホロに煮込まれた牛肉を次々に口内へ運んでいる。
夕陽は末っ子だから、妹が欲しかったのかもしれないな。
お姉ちゃんと呼んでくれるルカに対して、もはや初対面時の時の警戒心は残っていない。
「(まあ……コイツは男だから、妹というよりも弟なんだけども……)」
俺もルカに倣って頂くとしよう。
生クリームとパセリで彩られ、フォークを刺すのが勿体ないほどに綺麗に盛り付けられた牛肉を口に入れる。
具材は牛肉しか入ってないように見えるが、さっきちらっと見た時、人参とか玉ねぎとかセロリをみじん切りにしていたので、多分汁に溶け込んでいるのだろう。
ビーフシチューともまた違った味だ。
「おお……うまい……!」
「ふふっ♪ 良かった~♪」
「こりゃ夕陽の旦那になる男は幸せ者だろうな」
思わずそんなことを口走ってしまったが……夕陽が結婚?
ふ、ふざけるなよ……大切に育ててきた世界で1番可愛い妹が他の男に嫁ぐなど……兄として断固認めんぞ!!
「え!? そ、そう? ……じゃ、じゃあ……/// お兄ちゃんを幸せにしちゃおうかなぁ……なぁんて///」
夕陽が口をへにょへにょさせながらなんか言ってるが、今の俺は将来現れるであろう夕陽の婚約者を、脳内でボコボコにするので忙しい。
全く耳に入ってこなかった。
「ん。おかわり、ある?」
「勿論あるよ~。明日の分も用意してあるから、明日は鍋ごと弱火で温めて食べてね」
「ん!」
夕陽は甲斐甲斐しくお代わりをよそう。
生クリームとパセリで彩るのも忘れない。
「お兄ちゃんもお代わりする?」
「ああ。頼む」
「はーい」
お代わりくらい自分でよそえるが、夕陽が本当に楽しそうに世話を焼くものなので、つい甘えてしまう。
くそぅ……やっぱ嫁に行かないで欲しい……俺がお爺ちゃんになるまで、料理を作るために通って欲しい……。
「ん。これ、お店出せる」
「えー、ほんとー?」
一杯目からペースを落とすことなく、ルカは牛肉を食べている。
ちゃんと噛んでるのか?
確かに唇で崩れるくらい柔らかいけども。
「おう。夕陽も昔は、料理の店を出すのが将来の夢って言ってたよな。そしたらルカも雇ってもらえ」
「ん。3食賄いつきなら」
「確かに飲食店するのは楽しそうだけどさぁ、もう昔の話だよ」
「ん。今は、違う?」
「そうだねー。やっぱお金欲しいし、医者か総合商社かメガバンクかなー(お兄ちゃんを養わないといけないし)」
「将来の夢が堅実過ぎる!」
高一でここまで手堅く将来を考えている同世代、滅多にいないと思うぞ。
「そのためにはとりあえず東大かな」
「とりあえずで東大入るな!!」
「でもこの前の模試B判定だったし」
勉強も出来るし料理もうまいし顔も可愛い。
我が妹ながら恐ろしい才能だ。
本当に血が繋がっているのか不安になってきたな……。
俺、橋の下で拾われたりしてないよな……?
両親が存命なら真偽を問い詰められるのだが、共に他界した今――真相は闇の中だ。
「それにさ、お兄ちゃんが学費用意してくれるんだもん。無駄にできないよ」
「……夕陽」
夕陽のために俺が高卒で働いて、毎月将来の学費を積み立てているのは確かだ。
だが、それが夕陽に「勉強をしなければいけない」「いい大学に行かなくてはいけない」という重圧になってしまうのであれば、それは俺が望んだ形ではない。
俺は夕陽に不自由して欲しくないだけで、プレッシャーを与えたい訳ではないのだから。
夕陽はそんな俺の心境を察したのか――
「あ、お兄ちゃんまた変なこと考えているでしょ? 私勉強好きだから、お兄ちゃんには感謝しかしてないよ。本当だから」
「そ、そうか。それなら……いいんだ」
――やっぱり、夕陽には敵わんな……。
俺が夕陽のことを理解しているように、夕陽も俺のことを理解してくれている。
俺が叔父母の家を出て、夕陽と会える機会が極端に減った今も変わることなく――お互いの顔を見るだけで、心の内まで把握しあえていることに、俺は嬉しくなってしまうのであった。
これで血が繋がっていないはずがない。
夕陽は間違いなく、俺のたった1人の大切な妹だ。
なんだろう……急にお肉がしょっぱくなってきたな……。
「お兄ちゃん……なんで泣いてるの……キモ」
「そこは察してくれないのかよ……!」
***
「ん。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
ルカは最終的に2回お代わりをして、ぽっこりとしたお腹をさすっている。
夕陽は、そんなルカの食べっぷりを見て嬉しそうにしながら、食べ終わった食器をまとめてくれていた。
「そういえば、ルカちゃんはなにか、将来の夢とかあるの?」
「ん?」
「私ばっかり聞かれて不公平じゃん。ルカちゃんの夢も教えてよ」
「ん~……」
とはいうが――ルカは生まれた時から魔王を封印する〝巫女〟の務めを果たすために生涯を費やす運命を決定付けられている。
しかし――こっちの世界ではルカはただの子供だ。
夢を抱くだけなら自由だ。
俺もルカが、この世界でどんなことをしたいのか、興味があった。
ルカはゆっくりと俺の隣にすり寄ると、褐色の肌をほんのりと赤く染める。
そして、ぎゅっ――と俺の腕を掴んで――
「ん。たいようの、お嫁さん」
――と、のたまうのであった。
「ばっ!? 何言ってんだ阿呆!」
思わず胃袋の中のメシが逆流してしまいそうになる。
「え、ええええ~~~~っっっっ!?!? そ、それはなしじゃんね!」
――ガシャン。
夕陽は持ち上げた食器をローテーブルの上に落す。
幸いなことに、割れてはいなかった。
「ん? ダメ?」
「(お前は男だから結婚できねーだろ)」
「じゃあ私もお兄ちゃんのお嫁さんになるもん!」
「(お前は妹だから結婚できねーだろ)」
東大卒業からの高給取りはどうなったのか?
夕陽もまた、俺の反対側の腕を抱きしめてくる。
「ん。ダメ。たいようは、ぼくと結婚、する」
「私がいい大学行くのはお兄ちゃんを養うためだし! お兄ちゃんが他の子と結婚するくらいなら私が結婚するし!」
「ちょ、お前ら……やめろ……交互に左右に引っ張るな……っ! 胃袋の中身シェイクされちゃうからっ! オリジナルブレンド出ちゃうから!」
幼い娘が「パパと結婚する~」とのたまうことは珍しくない。
早くから父親を亡くした夕陽が、父親の代わりに兄に父性を求めてしまうのは仕方のない事であり、それほど危険視していなかったのだが、高校生にもなって言われると、流石に危機感が……。
とはいえ、夕陽が他の男と結婚する未来を想像すると……血管がはち切れそうな程の怒りが込み上げてくるのもまた確かであった。
その後2人は、どっちと結婚するのか言い争いになった結果「俺が一生未婚を貫く」という、俺の人権が侵害されることでなんとか講和が成立したのであった。
まあいいけどよ、どうせ結婚できるとは思ってないしさ。
……自分で言ってて悲しくなってきたぜ。
という訳で――今回はここまで。
妹再来編――更に次回へ続く!




