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013 リナリアの花と海へドライブ




「パイセン、この車ってナビが付いて無いんスか?」


「もちろんだ」


「もちろんなんデスか」


 田原清士郎は後輩の極楽寺レモンとドライブに出かけていた。

 レモンから海岸に行ってみたいと言われたのだ。

 唐突に海が見たいとか言われて、本気で出かけるのって、フザケ過ぎててちょっと楽しい。

 そう考えてしまった清士郎は、現在、ノリノリでハンドルを握っている。アクセルを操作しつつ、前方の車の流れを見ながら言った。


「ナビが無くても、俺には導いてくれる人がいるから」


 チラッチラッと助手席に座るレモンに視線を向ける清士郎。

 そんな清士郎に対し、ジト目を返しながらレモンは言う。


「アチシがナビをしろってことデスか?」


「頼むぜゴッちゃん」


「はいはい。分かったっスよ」


 レモンはスマホを取り出した。

 スマホの画面に地図アプリを表示させているのだろう。

 二人が乗っている車は清士郎のものだ。広々スペースと言いながら、それなりに車内は狭い。軽自動車だから仕方が無い。

 そんな事を考えながら、清士郎にはさっきから気になってしょうが無いことがあった。その理由は今日のレモンの服装にある。


 なにせフトモモが丸出しなのだ。

 レモンはホットパンツにカーディガンを羽織った恰好だった。

 まだ少し肌寒さも残る季節だというのに、どういう事なんだと清士郎は思う。

 日に焼けたレモンの肌がやけになまめかしく見えて、それが今も頭の片隅にこびりついて離れない。

 

 焼けた肌ってエキゾチックな予感がするなぁ。そんな事を思いながら清士郎は悩む。

 フトモモ丸だしで隣に座るレモンが、今どんな気持ちでいるのかが分からない。

 あまりにも後輩の態度が無防備すぎて、清士郎はちょっと怖くなってきていた。

 こいつは俺のことを何だと思ってるんだ。


 男だぞ俺。我、オトコぞ?

 清士郎の中にある紳士っぽさを持った人格が出てきて、後輩の恰好を嘆いている。

 しかも今日は珍しく二人っきりのドライブだった。

 みんなでワイワイって感じのアレじゃねーんだよ、などと、高まった清士郎の意識は暴走を始めている。


 しばらく黙って考えた後、清士郎は少しだけ冷静さを取り戻した。

 変に意識してしまう方がおかしいんだろうか?

 世の中には友達のまま恋人みたいな事をする人もいるらしい。

 それは清士郎には理解しがたいノリだ。だけど、相手がそういうノリで来たら、深く考えずに軽く受け取っちゃうのが人情というものなのかもしれない。


 あるいは逆に、恥じらいを守るのも良いかもしれない、そう清士郎は考えた。

 ひと時のリリシズムに賭けよう。

 道端に咲くリナリアの花に誓うのだ。

 恥じらい大事。俺にだって花言葉を調べていた時があるじゃないか。どこかで忘れた、あの感情を取り戻すのだ。


 男にだって恥じらう心はあるんだぜ、と清士郎は考えた。

 いきなりとか、脈絡なしとかは、なんか嫌なんだ。

 だからキメるぜ、乙女心のエスケープゾーン。

 運転中だからか、変なテンションで思考を進めているうちに、清士郎は悩むのがバカらしくなってきていた。


 やがて思う。いつものノリで誘ってしまった自分も悪かったんだと。

 こっちが何も考えないまま誘ってしまったから、ゴッちゃんの警戒心が鈍ってしまったんだろう。

 そのせいで女友達と遊ぶ時のような服装で来てしまったんだ。きっとそう言うことなんだ。

 これからは、もうちょっと遠慮するべきなのかもしれない。そんな事を考えていたからか、清士郎はネガティブな話題を口に出した。


「こんな狭い車でゴメンな」


 いつもはもっと大きな車でしょ、とレモンに向かって言う。

 助手席のレモンは、スマホで地図を確認しつつ答えた。


「ヘーキっスよ。アチシのパパの車もそんなに大きくないデスから」


「ハハハ、嘘つけ~。絶対に俺の車の方が狭いから」


「え~? 別にそんなこと無いっスよ」


 そんなに広さは変わらないと言うレモン。

 対する清士郎の心はザワめいていた。

 パパの車がそんなに大きくないだぁ?

 そんなの絶対ありえなくなーいと、清士郎のイメージの中のギャル二人組が言っている。


 あの極楽寺モンドだぞ。

 札束を持ち歩くのが面倒だというだけの理由でキャッシュレス派になっていそうな、あの極楽寺モンドが。

 エグい金持ちにしか持てないカードを、トレーディングカード感覚で何枚も持っていそうな極楽寺モンドが、庶民向けの小さな車に乗っているはずがない。

 なぜキミは僕に嘘をつくんだいゴッちゃん? その話題には触れられないまま、清士郎は声を少し震わせた。

 

「いや、本当、ゴメンな。シートも硬いだろ?」


「これくらいが普通じゃないデスか?」


 今までも別に気にしたこと無いデスよ、と答えるレモンに対し、清士郎はあくまでネガティブな意見を引き出そうとしていた。


「そんなこと無いだろ~。狭いし硬いし。そういや聞いた事なかったけど、乗り心地はどう?」


「ウチの車と同じくらいっスよ」


「……ほぉ~」


「むしろ見た目はこっちの方がカワイくて良いっスね。アチシの好みデス」


 ほんわかとした会話を交わす二人だったが、清士郎は大いに苦悩していた。

 なんで本当の事を言わないんだゴッちゃん。ギルティだよ。

 エグい金持ちにしか乗れない車に乗っているんだろう、キミは。

 広さや乗り心地が同じくらいで、俺の車の方が好みとか、そんなのありえなくなーい?


 しかし清士郎は言い出せなかった。

 ギルティを突きつけてしまえば、この温かな時間は終わるからだ。そして戦国乱世が訪れるだろう。

 車内でケンカになるのはツライので、やり過ごしてしまおうか。

 そう思った時、見損なったぞ清士郎くん、それがキミの答えかと、誰かに言われた気がした。


 どうする清士郎。どうする、どうする、清士郎。

 お前はこのまま笑ってやり過ごすのかと、心の中で問いかける。

 それでも良いと清士郎は思った。

 ゴッちゃんの嘘も、服装も、思わず凝視してしまったフトモモの事も、全てやり過ごしてしまおう。

 

 そうすれば俺の世界は平和でいられる。

 乙女心はエスケープゾーンに逃げ込み、恥じらいが試される瞬間は遠ざかっていく。

 でも、と清士郎は思った。花言葉の意味を調べていた頃の俺の純真さが、叫びたがっている。

 だから清士郎は叫んだ。ハンドルを握りしめながら、声を荒げる。


「乗り心地が同じなワケないじゃん! ゴッちゃんの嘘つき!」


「!?」


 ギョッとした様子のレモンに対し、清士郎は言葉を続けた。


「そういう嘘はツライんだよ! こっちも嘘で返さなくちゃならないから! へぇ~そうなんだ~、意外に庶民的な車なんだね~とか、心にも無いことを言いたくないよ俺!」


「ちょっ、待っ、なんデスか!?」


 わたわたと慌てた様子のレモン。

 それに構わず清士郎は言葉を続けた。


「いつもはデカい車に乗ってるんだろう!? 素直にそう言ってくれよゴッちゃん!」


 レモンはスマホから視線を外し、清士郎の方を向きながら説明する。


「ウチの車、天井が低いんデスよ。だから全然大きくないデス!」


「天井がなんだ! 俺の車は軽自動車なんだよ!」


「よく分かんないっスけど、パイセンの車とウチの車、そんなに変わんないデスよ!」


「嘘だッ! 金持ちは軽自動車に乗らない!」


「!?」


 金持ちは軽自動車に乗らない。

 それが清士郎が持つ信念だった。

 実に金持ちへの嫉妬に狂った考え方である。

 思いを吐露した清士郎は、気持ちの中に生じた熱を少しずつ失っていった。


 冷めていく熱に比例して清士郎の気持ちは落ち着いていく。

 トーンダウンするついでに、天井が低いクーペタイプの車を想像する。

 それは手が届かない値段の車だ。

 だからだろうか、届かぬ星に手を伸ばす時のような、か細い声で清士郎は言う。


「軽自動車は……軽規格の車なんだ」


 その言葉が何を意味しているのかレモンには分からない。

 しかし、泣きそうな声で語りかけてくる清士郎の話に、耳を傾けざるを得なかった。


「そもそもの規定のサイズが普通車よりも小さいんだよ……。それを分かって欲しい」


 いまいち要領を得ないものの、レモンは頷くしかなかった。

 レモンは思う。パイセンはいったい、何と戦っているんだろうか。

 それは清士郎自身にも分からない事かもしれない。

 車に惹かれた男は、時に女子が理解不能な世界にシフトアップしていく。ズレた世界線の上にまたがりながら清士郎は言った。


「天井が低いってことは、ゴッちゃんの家の車はミニバンとかワンボックス系じゃないんだよなぁ。もしかしてセダンかな?」


「みに……? せだん?」


 車種の違いに興味が無さそうなレモンに対し、清士郎は正面から質問をぶつけるのを諦めつつあった。

 話が通じてない予感がするからだ。

 この感じでは車名とかメーカー名を聞くだけムダだろうと判断する。

 というか、ゴッちゃんの家の車を知って俺はどうする気なのか。根本的な所に迷いを覚えつつ、清士郎はヤケクソになって聞いた。


「ゴッちゃんちの車のエンブレムってどんな感じか分かる? 車に付いてるマークっていうか」


「マークっすか?」


「アルファベットっぽい飾りというか、シンボルというか。そういうの見たことない?」


 しばし、考えるような素振りをみせた後、レモンは答えた。


「マークのことじゃないんスけど、ウチの車ってハンドルの位置が変なんデスよ」


「変?」


「パイセンとかミケイ姉さんの車と何か違うんデスよね」


 ハンドルの位置が変ってなんだよと清士郎は思った。

 そりゃ多少は位置を調整できるけど、そんなに変わるもんでもないだろう。

 頭の中でグルグルと、ハンドル、ゴッちゃん、金持ち、モンドは陰険、という言葉を思い浮かべる。

 そうしていると唐突に閃きが走った。


 もしかして左ハンドルってことか!?


 極楽寺家で使われている車は、右側通行する国の物なのかもしれないと清士郎は考える。

 そんな予想を立てた清士郎は、ひとりで納得していた。

 ありえないくらいの金持ちである極楽寺モンドなら、外車に乗っていてもおかしくないと想像したからだ。

 さすが社長は乗ってる車も違うぜ~と思う清士郎。ちなみに極楽寺モンドは社長というよりは会長なのだが、それは置いておこう。


「パイセンは大きい車が好きなんスか?」


 そんな事を問いかけてくるレモンに対し、清士郎は、


「別に大きいのが好きってワケじゃないけど」


 左に流れるカーブに合わせ、緩やかにハンドルを回しながら言った。


「とにかく軽自動車が好きじゃないんだよ」


 こうして運転してて、妙に不安になってくると清士郎は思う。

 車体が軽いからか、走っている時にフラついてるような気がするのだ。単純に怖い。


「だったら新しいのを買えばいいんじゃないデスか?」


 レモンは気軽な口調で言う。

 まさか新車を買えって言ってるわけじゃないよな。

 さすがに新車は買えないぜ~と思いつつ、清士郎は口を開いた。


「いいかゴッちゃん」


 思いを込めるため、少しだけ間を置く。ついでに言葉を区切りながら言った。


「軽自動車は安いんだ。とにかく、それ、大事」


「そ、そうなんスか」


「ああ、そうなんだ」


 それにしてもと清士郎は思う。

 レモンは、値段のことを考えず、欲しいか欲しくないかだけで考えるクセがある。

 欲しい物が買えなかった事がないんだろうか。そんなように清士郎には思えていた。

 清士郎はハンドルを握りながら、道路に隣接する民家を視界に入れつつ、話を続ける。


「そりゃ俺だって買い替えを考えたこともあるよ。ヤッさんの乗ってる車とかカッコいいし。ああいうの見ると憧れるんだけど、維持費を考えるとな~」


 今度は右に流れるカーブに合わせてハンドルを取りながら、清士郎は言った。


「買い替えるための頭金とか、買い替えた後の車検代とかを想像してると、恐ろしい現象が起きるんだよ」


「恐ろしい現象?」


 ようやく清士郎がまともな状態に戻りつつある。

 そのことに安堵しているレモンに対し、清士郎は答えた。


「記憶を操作される感じだな」


「それって……」


 レモンは声をひそめながら言った。


「妖精が関係してくる話っスか?」


 レモンの質問には答えないまま、清士郎はニヤリと笑う。

 口の端を歪めながら、説明を始めた。


「ある日ふと、おかしいな~、おかしいな~ってなるんだ。そしたら……」


「そしたら?」


 ゴクリとツバを飲み込み、喉を鳴らすレモンに対し、清士郎は説明を続ける。


「うわっ、食べた物の味を忘れてる! なんて事があってな。さすがにあれは背筋が凍った」


「なんスかそれ~」


「記憶を失うのって怖いよホント」


 ただの天然ボケじゃないデスか、と言ってキャッキャと笑うレモン。

 彼女は冗談だと捉えたようだが、清士郎は大真面目だった。

 昼食を取った後に、あれ、俺は一体なにを食ったんだと考える時がある。

 あの瞬間の、ほのかにゾッとする感覚はなんなんだろうか。


 特にお金絡みで悩んでいる時に、そういう現象が清士郎には発生するのだ。

 マインドをハッキングされてるんじゃないかとすら思うが、多分違う。

 お金のことで頭がいっぱいになっているだけだろう。

 普段の調子を取り戻した清士郎は、悩みに悩んだ末に、結局は口にする事にした。


「言うか言わまいか迷ったんだけどさぁ」


「なんすか急に?」


「ゴッちゃんのその恰好、ちょっと露出が多くない?」


「んん? 気になるっスか?」


「ちょっとね」


 男だったら誰しも気になるだろう、なんてセリフが思い浮かぶ。

 しかしで黙っておいた。

 そんな言葉を吐いた時点で、フトモモがメッチャ気になってますという話題につながりかねないからだ。

 友達同士でそれはキツイ。上手く笑えなくなること間違いないだろう。


 スケベな気持ちを隠すことはキモいと言われることもある。

 だけれど、清士郎には耐えられなかった。

 恥じらい大事。リナリアの花が似合うような人だってきっとそう言うはずだ。

 しかしレモンはそういう生き方には興味が無いのか、あっけらかんとした口調で言った。


「ふむふむ。パイセンはこういう格好に弱い、と」


 極楽寺レモンには密かな趣味がある。

 それは清士郎の生態を追いかけて観察と記録を行うことだ。

 清士郎はレモンが自分の事をどう見ているのか疑問に感じているようだが、観察対象として見られているというのが正解に近いかもしれない。

 挑発しているとも取れる言葉を放ったレモンに対し、清士郎は、


「なになに? もしかして俺のことを試してんの?」


 少しムッとしながら言う。

 そんな清士郎に対し、レモンは蠱惑的な笑みを浮かべてみせた。

 その笑みには少女のような幼さが残っている。そして、幼さに付随する残酷さも残っていた。

 冬の水溜まりに張った氷を、笑いながら踏み砕いて遊ぶ子供を連想させる微笑み。そんな表情を清士郎に向けたレモンは、


「そうだ、って答えたらパイセンはどうするっスか~?」


 わざとらしく足を組み直す。

 つまり自分のフトモモを見せつけるような態度を取った。

 運転中の清士郎は視線をレモンに向け無かったが、レモンが何をやっているのかは理解する。

 そこに悪ノリの気配を察した清士郎は、溜息をつきながら言った。


「いつの間にか悪い女になっちまったなぁ、ゴッちゃん。俺は悲しいよ……」


「ちょっ!? なんスかその反応!?」


「帰ってこーい、帰ってこーい、昔のゴッちゃん帰ってこーい」


「変な呪文を唱えるのヤメて欲しいっス!」


 ギャーギャー騒いだあと、納得いかないという様子でレモンは叫んだ。


「なんでアチシが悪女になるんデスか!? ちょーショックなんスけど!」


「なんでと言われても」


 そういう事にならないだろうかと清士郎は思う。

 わざとフトモモをさらして他人を試す行為は、けしからん気配がする。

 そして、そういう事を試されるのが好き男は、騙されている気配しかしない。

 色々と考えてみた後に、やっぱり否定的な意見が勝った清士郎は、それをそのまま口にした。


「俺も大きなこと言えないし、試してないと男を信用できない気持ちは分からないでもないけどさ。気まぐれに男のアレコレを試すの、良くないよ」


 視線は道路の前方に向けたまま言う。

 そういう所、俺はどんどん指摘していくよ~、と語る清士郎。

 レモンは、そんな清士郎の態度が全く理解できないといった様子で叫んだ。


「なんスかそれ!? 男のアレコレってなに!?」


 清士郎がチラっと横目で見たところ、レモンは本気で疑問に思っているようだ。

 小学生並の感受性を発揮するレモンに対し、清士郎は説明を諦めつつあった。

 もしかしてゴッちゃんは、自分の恰好が世の中の男に対して、どういう意図で伝わっているのかを理解していないのかもしれない。

 そんな気がするぜ。これは極楽寺モンドも心配するはずだわと思った。


 でも、あれれ、と清士郎は考える。

 今の状況がモンドさんに知られたら、俺って一体どうなっちゃうのかな。

 娘のためなら何でもする系のパパが、愛娘が肌をさらしてドライブデートを楽しんだ相手に対して取るべき行動をいくつか考えてみた。

 不思議なことに悲惨な選択肢しか思い浮かばない。


 違うんです社長、誤解なんですと、エリート社員なら答えるんだろうか?

 そのセリフは言えば言うだけドツボにハマる気がしてならない。

 つまり、そんなセリフが必要になる状況に陥ってはいけないのだ。

 既にバッチリとそういう状況にハマり込んでいる清士郎は、何かを諦めながら口を開いた。


「そんで、ゴッちゃんさぁ」


「うう……なんデスか?」


「なんで急に海が見たいとか言い出したの?」


「聞くの今ッスか!?」


「あれ? いま聞いちゃダメだった?」


 別にそういうワケじゃないけど、と言いつつ、レモンは説明を続けた。


「脈絡なく聞かないで欲しいデス。あと、普通は出発する前に聞くもんじゃないっスか?」


 それもそうかもしれないと清士郎は思った。

 まあ、後の祭りなので素直に教えてもらう事にする。

 レモンはスマホをイジると、クチコミ情報を再確認しながら答えた。


「スマホで調べてたら、この辺りの海に妖精が出るらしいんデスよ」


 地図を見せてこようとするレモンに対し、危ないから今はいいよと清士郎は言った。

 もう少しで海岸近くの駐車場に着くので、それから見ればいいだろう。

 そんな事を考える清士郎に対し、レモンは強い視線を向ける。

 そして改まった口調で言った。


「パイセンって妖精が見えるじゃないッスか」


「うん、まあ、そうみたいだね」


「前から気になってたんスけど、妖精って、どういう存在なんデスか……?」


 やけに真剣な声で聞かれたので、清士郎は思わず押し黙る。

 ラーメンの妖精やチャーハンの妖精、あとは卵スープの妖精の顔を思い浮かべた。

 しばらく考えた後に、清士郎はポツリと言葉を漏らす。


「妖精ってさぁ……」


 レモンが、固唾かたずを飲んで自分の言葉を待っている気配を肌で感じながら、清士郎は言った。


「なんなんだろうね?」


「調べないで過ごして来たんスか!? 見えてるのに!?」


「そんなに驚かれてもなぁ」


 俺は就活の面接の時に、妖精との交流のことを言うつもりはないしと清士郎は答える。

 ふざけた事をぬかしおる清士郎に対し、レモンは言う。


「この前、パイセンは妖精と契約したって言ってたじゃないデスか」


「うん」


「あれって結局、どうなってるんデスか?」


「うーん。あれ以来、向こうから何も言ってこないんだよね」


 ただし、心の中で呼びかければ応え返してくれる予感はある。

 実際、片桐リナとチャンバラ勝負をした時には応えてくれた。

 ぶっちゃけた話、あの勝負以来、清士郎から妖精に対して呼びかけたい事が無いのだ。

 そして向こうからも連絡が無いので、とりあえず普通に日常を過ごしてみている。


「アチシは妖精も見えないし、声も聞こえないんスよ」


 パイセンには見えるのにと、まるで清士郎の事を羨ましがるようにレモンは言う。

 友達の物を欲しがる子供みたいだな。そう思いながら清士郎は思い付くことを答えた。


「アプリとか使えば見れるんじゃなかった?」


「姿は見えても声が聞けないんスよ」


 なるほどねぇ、と考えつつ、清士郎は提案した。


「もしかしたら、俺の知り合いのオッサンに頼めば何とかなるかもしれない。その人、ハイパープログラマーなんだよ」


「パイセンの知り合いデスか?」


 どういう人か聞かれたので、清士郎はキリンのオッサンの顔を思い浮かべる。

 うーん、どういう人なんだろう。

 思い返してみると、清士郎だってそんなに詳しく知っているワケでは無い。

 よく分からなくなったので、キリンとの会話を思い出しながら答えた。


「一言で説明するのが難しいんだけど、女子バレーの選手の人達にゴスロリ衣装を着てもらって、ゴスロリバレーをやって欲しいと願ってる人かな」


 一緒に酒を飲んだ時に、しこたま酔ったキリンがそんなような事を言っていた。

 清士郎からの説明を受けたレモンが即座に答える。


「その人ってヤバイ人じゃないデスか?」


「ヤバくは無いよ。多分」


 清士郎が運転する車は、防波堤が見える駐車場に到着した。

 そこに降り立ち、青い海と島と神社と、ごちゃごちゃとしたテトラポットの群れを眺める二人だったが、妖精の姿は見えなかった。

 何の成果も得られないので、清士郎とレモンは、近くにある売店の付近で立ちながら休憩を取ることにした。

 清士郎は迷った末にホットコーヒーを、レモンはソフトクリームを注文する。まだ肌寒いのになぁと思いつつ、清士郎は言った。


「寒くないの、ゴッちゃん?」


「日が当たる所は暖かいっスよ?」


 パイセンは寒がりデスねと指摘してくるレモンに対し、そんなもんかねぇと清士郎は答える。

 同じ暖かさに包まれても、人それぞれで感じ方は異なるのだろう。

 そんな事を考えている清士郎に対し、レモンが溜息混じりに告げる。


「パイセンは良いっスよね~。肉眼で妖精が見えるんデスから」


「なになに? そういう能力に憧れてるの?」


「正直に言うと憧れてるっス~」


 人には見えないモノが見えるって、なんか素敵じゃないデスかとレモンは言う。

 ロマンを追い求めるレモンに対し、清士郎は彼の自論を語った。


「手に入れたら色褪せるって事もあるんだよ」


 アコガレとは、憧れている間だけ、アコガレなのだ。

 そんなロマン論を発揮しながら、清士郎は言葉を締めくくる。


「本当に欲しい物は手に入れない。それもありだと思うよ」


 そんなもんスかねぇとレモンは答える。

 青空の下に広がる海の、穏やかな音を聞きながら、二人はのんびりとした時間を過ごしていた。





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