012 金魚屋喫茶店
清士郎は街角で偶然、従妹のマリと出会った。
そしてマリに連れられるまま、一度として入った事の無い喫茶店にやって来ている。
そこは不思議な店だったが、何がどう不思議なのかを問われると返答に困る。
とりあえず店内に水槽がたくさん置いてあるのが目についた。
この時点で、来店客に対して単純にコーヒーを飲ませる以外のナニカを提供しようとしているとしか思えない。
そう、店内のあれやこれやから考えると喫茶店のはずなのに、何故かたくさんの水槽があって、それが席を分けているのだ。
金魚屋さんが気まぐれでカフェを始めたのでないとすれば、喫茶店が最初にあって、そこから何らかのコンセプトに沿って水槽が置かれたのだろう。
アクアリウム系のカフェと言ったところだろうか。そう、清士郎は思った。
そして考え直す。アクアリウムと表現すると、あまりにも味気ない気がしたからだ。
流行りに乗ってしまってる感が出ていやしないだろうか。
逆に和風路線で攻めてみて、水槽喫茶店とか、金魚屋喫茶店と表現してみるとどうだろう。
その方がモダンの可能性がたぎるかもしれない。清士郎はモダンをたぎらせたかった。
幾つも置かれた水槽が、店内に青い影を作っている。
その色に取り囲まれていると宇宙を漂っているような気分になる。
淡い水の影が床やテーブルの上で揺れていて、そんな光景は、何故か過ぎ去った懐かしい時代を連想させた。
それは記憶に無いはずの大正ロマンの思い出。概念上の過去のイメージである。
清士郎はタイムスリップの既視感という、奇妙な感覚を覚えながら店内を見回した。
奥の方のテーブルに座る三人組の女子を見て、モダンガールという言葉を思い出す。
それは大正時代における時代を先取った存在だ。
モダンな推論とロマンな連想により、頭の中の過去と未来が入り混じる。過去に夢見たはずの未来。そんな不思議な感覚がある。
男の客の姿は少なかった。ただし恋人に連れてこられたような姿もチラホラと見えた。
だいたい大学生くらいの年代が多いように感じる。
そんな中、一人で来ている中年男性もいた。
ゆっくりとコーヒーを味わっている姿がやけに渋い。
ここに居るお客さんたちは、色とりどりの魚を鑑賞しているのだろうか。
はたまた、生簀を構えた魚市場と勘違いして来たのかもしれない。
金魚って料理する事が出来たっけ。
そんな事を清士郎が考えていると、彼の対面に座っているマリがおもむろに口を開く。
「素敵な店でしょ?」
マリが見つけたんだよと言って、ハニカミながら笑った。
確かに素敵な店なのだろうと清士郎は思う。
そうでなければ、この店のマスターも金魚屋喫茶店を始めた甲斐が無いというものだ。
しかし清士郎は全く別のことを考えていた。それは、この店を出る時の支払いのことだった。
清士郎は散々悩み、考えた末に結論する。
コーヒー代とは別の基準としての場所代がありそうだった。
そう思えば思うほど、みるみる財布の中身がすり減っていくシーンが脳内でイメージされる。
世の中はタダでロマンを楽しめないように出来ているのだ。
魚を鑑賞しながらコーヒーを飲むなんて行動は全くのムダであり、そのムダな部分にロマンが詰め込まれている。
そしてロマンを楽しむためには、席代とか観賞代とか、とにかくやたらとお金がかかるのだ。
擬人化された清士郎のお財布くんが脳内で叫んでいる。
この場はオレに任せろ。だから、お前は先に進めと。
現代社会という名のダンジョンをクリアするためには、お代の支払いという強大な壁を突破する必要があった。
その瞬間に清士郎は決断を迫られるだろう。
どんなに大切にしていても、たとえお札に名前を書いていても、財布の中身には、いつか別れを告げなければならない。
それが貨幣経済が発達した社会のルールなのだ。
信用や預金残高を対価にして、スマホやカードで支払う感じの方法もあるよねーと、清士郎は現実逃避を挟みつつ、いずれ訪れる決戦の時を考えていた。
さすがに中学生の女の子に支払いさせるワケにはいかないからだ。
清士郎にだってプライドというものがある。オゴってもらうのは将来の話であって、今ではない。
彼は自腹を切る覚悟を固めていた。それは切ないメロディとなって、財布くんのラストバトルを飾ることだろう。
つまり清士郎の頭の中は、このお店のインテリアの観賞代を飯代に換算するとどうなるだろうか、という考えでいっぱいだった。
清士郎と対面する形で座っているマリは、ニコニコと笑っている。
そんなマリのことが清士郎は昔から苦手だった。
現在のマリちゃんは第一段階と言ったところだろうかと、清士郎は判断する。
西園マリは本心を見せない。そして複数の性格を使い分ける。
いや、そうじゃないと清士郎は思い直した。
本心を見せようとしてくれているのだろう。だけど、それがどうにも清士郎には分からないのだ。
西園マリが何を考えているのか分からない。結局のところ、清士郎の苦手意識はそこに集約される。
マリから視線を外して、清士郎は見るともなく店内を見渡した。
光が水槽を透過するたびに淡い影が揺らめいて見える。
淡い影は、絶えず動いているのに実体は無い。
そこにあるはずなのに、見ようとすればするほど、カタチが掴めなくなる。
そんな掴みどころの無さと、淡い美しさ。
それは西園マリと言う少女によく似合ってみえた。
そういう事を考えていたからだろうか。
清士郎の口から自然と言葉が出た。
「マリちゃんはさ、こういうお店が好きなの?」
清士郎から問いかけられたマリは、笑顔を返した。
しかし、やんわりと首を横に振る。
そして眩しいものを見る時のように目を細め、そっと唇を開く。
「お兄ちゃんはさ」
「うん?」
「こういう場所が、好きだよね」
そう思って探しておいたの。マリはそんな事を答えた。
確かに清士郎は、こういう雰囲気の店が嫌いでは無い。
ただし、人の金で飲み食いする時の話だ。
自分の金で払う時はちょっと考える。しかも相手にオゴる時となると、その代金を想像して震え上がることになる。今がまさにそうだ。
心は震えているはずなのに、清士郎の体は震えていなかった。
なんなら普通にコーヒーカップを持ち上げられた。そのまま清士郎は、一息つくためにコーヒーに口を付ける。
ところが味がしない。なぜだ。心が震えているからだろうか。
俺の身体はどうしちゃったんだよと清士郎は怯える。迫りくる出費の恐怖による心身の不一致にビビっていた。
なんとなく清士郎は、水槽の中を泳いでいる魚に目を向ける。
そして思う。この魚は、ガバガバと水を飲みながら呼吸しているワケだけど、水の味とかを感じているんだろうか。
もしかしたら今の自分と同じで、その辺りの感覚はマヒしているのかもしれない。
空気を吸っても無味無臭だったりするし、そう考えると、水槽の中の魚と自分の違いが曖昧になったように感じられた。
サカナは自由に泳いでいるように見える。サカナが水の中を泳ぐように、俺も自由に空を泳げないものだろうかと清士郎は考えた。
そうすれば、財布の中身とのツライ別れを経験しないで済むかもしれない。そんな世界を旅できる可能性がある。
でも、海には海の厳しさがあるように、自由には自由の厳しさがあるのだと清士郎は思い直す。
当たり前のことだけど、サカナも決して自由に泳いでいるワケでは無いのだ。
そもそも水槽の中には自由が無いようにも思える。
そう考えると、自由が制限されているという点はやはり清士郎たちと共通しているように思えた。
俺は、地上を歩く魚なのかもしれない。
そんな、しょうもない事を考えている清士郎を、マリは嬉しそうに眺めていた。
「お兄ちゃんが考えてること、当てよっか?」
「んんー?」
「ヒトもサカナも似たようなものだと思ってたでしょ」
何が面白いのか。清士郎の目に映るマリは、楽し気な様子だ。
そうかもしれニャイです、とネコ語で答えつつ、清士郎は思う。
西園マリは勘が鋭い子だ。ただし、彼女はその鋭さを周りに隠している。
マリがそうせざるを得ないことについて、清士郎は寂しさを感じていた。
この子は頭が良いと清士郎は思っている。
いや、良すぎるのだ。
明らかに周りから突出してしまっている。
そのことに自分で気づいているからこそ、この子の態度はぎこちなくなるのだろう。そう清士郎は感じていた。
清士郎から見る西園マリという少女は、周りの人が理解しやすいような性格を演じているフシがある。
それこそが、清士郎にとってマリの本心が分からないと感じる部分なのだ。
彼女の思考の速さについていける人がいない。だからマリは、自分から周りに合わせて心をカタチ作るしか無いのだろう。
それが彼女の態度にまつわる不可解さの原因なのだと清士郎は考えていた。
清士郎の予想では、マリはきっと、己の人格を場合分けして準備しているし、それを出したり引っ込めたり出来るのだ。
それほどにマリの知性は極まっている。
ような気がする。
そんな事を、清士郎は彼独自の根拠に基づいて勝手に考えていた。
仮にマリがいつも考えている事を明かしてきたところで、自分には理解できないだろう。
そのように清士郎は考えている。
それでも清士郎はマリの心を知ろうとしたし、これからもそれを続ける所存だ。
清士郎が持つマリに対する予想は、これまでに交わした言葉によって組み立てられているし、これから交わす言葉によって変わっていくだろう。
ある種類の信念を持つ人にとっては、知り得ぬことを知ろうとすることはムダな努力に思えるかもしれない。
しかし清士郎はこう考える。ムダな足掻きを積み重ねることがロマンなのだと。
そこにロマンを得ようとすれば苦労も楽しくなる。
だから今日も今日とて、清士郎は空振りに終わるかもしれない会話を積み重ねていく。
「でもあれだよ。人類の祖先だって結局は、海から陸に上がってるんだしさ」
清士郎は、マリが興味を持つかどうかも分からないまま、生物学的な会話を投げかけてみた。
魚と人って、違う部分より同じ部分の方が多いと思うんだよね、と清士郎は語ってみる。
マリはフォークでシフォンケーキをいじくりながら答えた。
「陸から海に戻った人もいるね」
「なにそれ? うみんちゅの事?」
沖縄の漁師、海人の事を口にする清士郎。
マリはくすくすと笑いながら否定する。
「漁師さんは関係ないよ」
マリが指摘しているのはクジラとかイルカの事だった。
クジラやイルカは海の生物だが、彼らが海で生きることになった経緯は不思議なものだ。
かつて海から陸に上がった生物が、再び海に戻ったと言われている。
清士郎はこういう会話が好きだった。
だから、苦手意識があるものの、マリのことも好きだった。
なんとなくマリも楽しめているように感じたので、清士郎は調子に乗りながら喋る。
「人がイルカみたいに泳げないわけは無いと思うんだよ」
「それはどうかなぁ?」
首を捻るマリに対し、進化論的にはイケるはずなんだと清士郎は熱弁する。
イルカとヒトの身体の構造はだいぶ違うよ、と指摘するマリ。
それに対して清士郎は、人類の肉体を改造すれば大丈夫じゃないだろうかと提案した。
軽々しく人体を改造しようと思いつくのは、彼の友人である市鷹見景を髣髴とさせる。類は友を呼ぶというやつなのかもしれない。
それはマリに対しても適用されるのか、彼女は機械と肉体の関係性にまつわる話題を広げてきた。
機械を利用した視覚補助の技術についての言及が始まる。
視覚情報として伝達される情報それ自体と、その情報の処理機構は別物であるという話のようだ。
そうかと思うと、マリは唐突に、遠い星を見るような視線で言った。
「テクノロジーの進歩がヒトを追い越した時、ヒトの心はどう変わるのかな」
マリが妙に哲学っぽい話を好むのは、彼女の第二段階の特徴だ。
清士郎はとりあえず、そういう流れを無視して、気になっていた事を言った。
「ところでさ、オジさんとかオバさんは元気?」
うーん、どうかなーとマリは呟く。
そして続けざまに言った。
「ヒトは年老いてくると、誰でも何かしら病気を抱えるものだと思うよ。だから、元気とは言い切れないかな」
だいたいの所でいいんだよ、と清士郎は答える。
そのまま言葉を続けた。
「病名にビビったりするような病気とかは無いよね?」
そういうのが元気かどうかって話なんですよと伝えると、マリは合点がいったようだ。
納得した様子で口を開いた。
「それなら元気だと思うよ。文座は痛風のなりかけだけど」
文座とはマリの父親の名前だ。
つまり清士郎にとってはオジにあたるのが、痛風になりかけの文座である。
第二段階のマリは、自分の家族のことを実名で呼ぶという特徴があった。
そうかそうか、オジさんは痛風なのか。お大事にと思いつつ、清士郎は言った。
「海斗くんはどんな感じ?」
海斗はマリの本当の兄にあたる。
年齢はマリの一つ上で、高校一年生だ。
男同士の気安さもあって、清士郎は当初、海斗に取り入る……もとい、海斗と仲良くしていくつもりだった。
ところが何故か、海斗ではなくマリから懐かれてしまった。ちょっとした誤算である。
マリから好意を向けられること自体は問題では無い。
問題だったのは、その反動として海斗からの好感度が下がってしまった事だった。
清士郎の出現によって兄としての立場を失った海斗。そのことで彼は脳を焼かれるような想いを抱き、嫉妬に狂ってしまった。
マリが清士郎のことをお兄ちゃんと呼ぶほどに、海斗の心は暗黒の側面へと落ちていき、そのことで清士郎は苦悩する事になる。
最初に目指したのは海斗くんからの好感度稼ぎだったんだけど、どうしてこうなった。
清士郎の理想としてはマリと海斗の二人と仲良くして、将来的には二人から交互にオゴってもらいたかったのだ。
しかし現実はままならない。マリからの好感度が上がるほどに海斗からの好感度が下がるという、謎のシーソーゲームが展開されている。
焦る清士郎の気持ちとは裏腹に、もはやどうしようも無くなっていき、いつしか清士郎は諦めた。
本音を言えばマリと海斗の両方と仲良くしたかったのだ。
いい感じの立ち位置で、親戚のお兄さん役をやりたかったのである。
しかし、過ぎ去った日々は取り返せないし、取り返したいとも思えない。
そんな事を清士郎が考えていると、マリが溜息混じりに言った。
「海斗はどうしようも無いよ」
「えっ? なに? なにかあったの?」
マリは首を横に振る。
そしてあっさりとした口調で言った。
「海斗はサッカー部のレギュラーで、クラスで人気があるみたいだし、成績も良いよ」
海斗とマリは、同じ中高一貫の学校に通っている。
だから学校での海斗の事にも詳しいのかもしれないと清士郎は考えた。
マリの話を聞いていると、海斗は学校生活の頂点に君臨しているように思える。
どこがどうしようもないのかと疑問に感じる清士郎に対し、マリが結論を言った。
「でも、それじゃ満足できないみたい」
なるほど、と清士郎は思う。
人生を山登りに例えてみれば分かる。山の頂上に立ってみて、それで満足できなかったら、確かにどうしようも無い。
別の山を探すしかないだろうけど、そうそう別の山なんて見つからないだろう。
あるいは山登りそのものが向いていないのか。そういう事を思い浮かべているのか、マリはしみじみとした口調で言った。
「年老いたヒトが何かしらの病気を抱えるように、ヒトは大なり小なり、何かしら不満を抱えて生きるもの。だけど海斗は、無くせない不満を無くそうとしているし、そういう生き方を変えられないでいる」
だから、どうしようも無いのだとマリは呟く。
清士郎もマリの意見に賛成だった。
「うーん。まあ、海斗くんは夢想家っぽい所があるしなぁ」
理想に対して一途とも言えるし、頑固者とも言える。
海斗は高い理想を抱き、そのために日々努力を欠かさないけれど、理想にそぐわない存在を排除しようとする気質があった。
清士郎のことは当然、排除の対象だったりする。
だからと言って海斗の持つ理想を全否定するのも大人げない。そこで清士郎はマリに聞いてみた。
「そういう海斗くんに素敵さを感じたりは?」
「無い」
やけに断定的な言葉でマリは否定した。
それはつまり、どうにもならないという事なのだろう。
その理由をマリは端的に表現する。
「海斗の選択は、ワタシが望まないものだった」
「まあ、そういうのはあるよね」
音楽性の違いでロックバンドが解散するようなものだ。
マリと海斗には感受性において決定的な違いがあるのだろう。
それによって清士郎はマリからお兄ちゃんと呼ばれるようになったのだろうし、海斗からは目の前で舌打ちされるようになったのだ。
最近の海斗は清士郎に対する隔意を隠す気すら無い。逆に清々しいと言ってよいかもしれなかった。
海斗の態度にはオジさんとオバさんも苦笑いだ。
ただし苦笑いするだけだったりする。
問題を解決しようとはしないし、清士郎にも解決方法は思いつかなかった。
それは解散を発表したロックバンドに対し、バンド活動を存続させる方法を思いつけないのと同じことだろう。
「清士郎、お兄ちゃん」
とって付けたように、お兄ちゃんと呼んでくる。
これは第二段階と第三段階のマリに見られる傾向だ。
なーにー、と返事をする清士郎に対し、マリは少し思いつめたような表情で言う。
「ワタシのことは、どう思う?」
一言では答えにくい質問だった。
少し考えてから清士郎は答える。
「マリちゃんも、何かしら不満を持って生きるようには見えるかな」
それはきっと、卓越した知性を持つがゆえの不満なのだろうと清士郎は思った。
どうしようも無いことは色々ある。
持って生まれた個性や才能も、時に不満の元になるだろう。
そういう事を考えながら、清士郎は言葉を続けた。
「でも今は楽しそうだし、マリちゃんが楽しんでくれて、俺も楽しいよ」
こうやって水槽を眺めながらコーヒーを飲めて楽しいだとか、良い店を教えてくれてありがとうとか、そういう感じの事を告げる。
そして、とってつけたように清士郎は言った。
「さっきの話の続きじゃないけど、テクノロジーが凄く発展したら、マリちゃんの不満もいくらかは解消されるかもしれないね」
例えば脳とコンピュータを直接的につなげるようになれば、人の間にある知性の差は意味を無くすかもしれない。
そんな世の中では、逆に、知性に差が生まれないことに対して人々が不満を持つのだろうかと清士郎は想像する。
何にしろ人間は不満を持ち続けるのかもしれない。
だからムダに満ちたロマンが必要なのだ。そんな事を考えながら清士郎は言った。
「足にジェット噴射とか付けてさ、空を泳げるようになったり」
清士郎が展開するバカげた話にマリは微笑む。
そしてマリは、いつか泳げる日が来るよと言った。
彼女は柔らかな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「その日が来たら一緒に泳ごう、お兄ちゃん」
「いいねー」
清士郎は、ここからは見えない空に意識を飛ばしながら言う。
「その時は限られた場所じゃなくてさ、もっとこう、広々と行きたいよな」
「限られた場所の方が安全だよ?」
ドローンや何かも、航空規制をかけることで安全に運用されている。
そんな事を念頭に置きながら、しかし清士郎は否定した。
「そうだね。でも俺は自由な方が良いかな」
ついでに、キミの心を縛り付けるあれやこれも、少しは減らしたいと思ってる。
そんな言葉を言うのはキザ過ぎると感じたので、清士郎は胸の内だけで考えていた。
さしあたっては、清士郎は飲食代の支払いという束縛と戦わなければならない。
彼が解放されるかどうかはマリの気持ち次第だ。彼女が追加注文したいデザートの種類によっては、清士郎は信用払いのチカラに頼ることになるかもしれない。
「マリちゃんは、シフォンケーキと紅茶だけで良かったかな?」
震える心で質問する清士郎。
そんな清士郎を前にして、マリは笑った。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
その言葉に清士郎は心底、ホッとしていた。




