【キーホルダー恐怖症】
【キーホルダー恐怖症】
二年前に入院した時、同じ病室で隣同士になった少女の話だ。
彼女は首に包帯を巻いていて、何かの事故の怪我で入院しているようだった。
お互い同じクマのキャラクター「オラックマ」が好きだということで意気投合し、一緒に話すことが多くなり仲良くなった。
そんな彼女ともっと仲良くなりたかった私は、以前ゲームセンターの景品で手に入れたオラックマのキーホルダーをプレゼントしようとした。けれどそれがとんでもない悪手だったようで、アクシデントを招いてしまった。
彼女がキーホルダーを目にした瞬間、突然過呼吸を起こして苦しみ出してしまった。幸い近くに看護師がいたために事なきを得たものの、なぜキーホルダーを見ただけでそこまで身体に異変をもたらしてしまったのか疑問が残った。
過呼吸が落ち着いていつもの調子を取り戻した彼女に、私は勇気を出して、キーホルダーの何がいけなかったのかを質問してみた。
すると彼女は、特に抵抗もなくあっさりと私にその理由を教えてくれた。
彼女の“キーホルダー恐怖症”は、幼少の頃に交通事故で父親を亡くして以来発症したそうだ。
クマやネコ、アニメのキャラクターといったマスコットが取り付けられたキーホルダーを見ると、突然呼吸が苦しくなってパニックを起こすようになってしまったらしい。
彼女はその原因がずっとわからなかったけど、どうやらつい最近になってようやく理由が解明出来たそうだ。それも隠すことなく私に教えてくれた。
「私、ずっと母親と二人きりで住んでたんだけど……」
「母子家庭だね……」
「うん、でもママは毎日イライラしていて、よく私をぶったり、家に入れてくれなかったりして……DVってやつを受けてた」
「大変だったんだね……」
夫を亡くしたことで経済状況が悪化、ストレスで子供に暴力をふるう……よくある話だ。
「でね……私、もう何もかも嫌になっちゃって……朝8時、学校に行くフリをして近所にある古い神社に向かったの。ホームセンターでこっそり買った、両端にカラビナが付いたロープを持って」
話がさらに重くなってきそうな予感がした。
「それで……廃材置き場から拾った脚立を使って、神社にある大きな神木の枝にロープをくくりつけて……そのまま首つっちゃおうかなって」
どうやって相づちを打てばいいのかわからない。
「それで、垂らしたロープの先に輪を作ってそこに首を突っ込んで、脚立から飛び降りて宙ぶらりんになったんだけどさ……その時、うっ! って苦しむのと一緒に頭の後ろをガーン! って殴られたような衝撃が走ったの……それで、全部思い出したんだ……幼い頃に見てしまって、心の引き出しの一番奥にしまっていた記憶がバネに弾かれたみたいに飛び出してきたの……」
「……どんな……記憶? 」
「お父さん……交通事故で死んだんじゃなかったんだ……ある日、昼寝から目覚めた私が居間で見ちゃった光景が、あまりにもショックだったから忘れちゃってたみたい」
「光景……? 」
「うん……お父さんも、私と一緒で首を吊って死んだんだ……窓から差し込んだ光でシルエットになってて……まるで大きなキーホルダーみたいに……プラプラ……プラプラ……って……それで気が付いたらこの病院に運ばれてた。木の枝が折れて、どうやらギリギリで助かったみたい」
彼女はあっけらかんと自らの自殺未遂の経緯を語り、そして私と視線を合わせてオラックマのようなつぶらな瞳を輝かせながら、こう言った。
「助かって良かった……もし死んでたらあやうく私と同じように、キーホルダー恐怖症になっちゃう子が増えていたかもしれないもん……」
その数日後、私は彼女より一足早く退院し、お気に入りだったオラックマのキーホルダーを川に投げ捨てた。
私もキーホルダーにならないようにしないとね……
THE END