【深海のヒマワリ】
【深海のヒマワリ】
今日も遅くまで残業。アパートに帰宅する頃には11時を回っていることなんてザラ。
疲れ果てた自分へのご褒美は、換気扇の下でつつましく一服するタバコの苦みばしった味のみ。
今日もいつも通りシャワー後に煙を一筋くゆらせる。う~ん旨い……汗ばむ熱帯夜でも、タバコに火を付けることだけはやめられない。
とはいえ暑い……肌の表面にはうっすらと汗が滲んで不快指数が上昇。少しでも涼しさを感じたくなった私はキッチンの窓を空けて風を取り込む。しかし、その時、妙な光景を目の当たりにしてしまった。
深海にヒマワリが咲いてる……
第一印象はその一言に限った。
向かいのアパートの窓から淡い青の光が溢れ出し、その光を背にハッキリとわかるヒマワリの花のシルエットが浮かんでいた。
とにかく不思議な光景で、しばらくそれに見入っている内に仕事の失敗や面倒な人間関係のことを一時的に忘れることができた。
次の日も、またその次の日も、不思議な深海のヒマワリは私の心を癒してくれた。
そのヒマワリには不思議と心の奥底に訴えかける魅力があり、やがて自分自身、そのヒマワリに生まれ変わりたくなるような憧憬を覚えた。
しかし、その束の間の癒しは呆気なく終わりを告げる。
数日後、そのアパートの駐車場にパトカーが何台も停まっていた。
何かあったのか? と疑問に思いながら向かいの窓に目をやると、深海のヒマワリは跡形もなくなくなっていた。
後から聞いた話では、どうやらあの部屋の住人は数ヶ月も前から自室で心臓発作を起こして亡くなっていたようだ。
その人は趣味で熱帯魚を飼っており、ブルーライトに照らされた水槽を眺めながら、ヒマワリの種をツマミにビールを飲むことが大好きだったそうだ……
なるほど……
つまり私は、その住人の輪廻転生を目の当たりにして、癒しと憧れを抱いていたワケだ。くわばらくわばら……
私はその出来事の後、すぐに今の仕事を辞めた。深海のヒマワリになるつもりはまだまだ毛頭ないからね。
THE END




