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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
19/22

悪魔と人間

 あれから、どれだけの時間が経っただろうか。白水晶を砕くことにより、その膨大な力を手に入れたワンは、高笑いを上げながら大聖堂の中を飛び回り、あらゆる方向からソードリオンで斬りかかってくる。すでにニードもサナも倒れ、スノウは限界が来て気を失っている。ワンは白水晶の意思に乗っ取られたのか、それとも本来の意思が増長したのか、ニオとナインを無視してカイムを攻撃し続けている。一撃一撃を剣で受け止めるたびに踏ん張りが利かなくなり、手も足も痺れてきている。これでもまだ本気でないだろうという余裕さすら感じ取れ、活路を見いだせないまま、体力と気力を消費していた。


「アインヘルム、サンスト、天使どもの村、そして、このエレナ。貴様にはいつも届かなかったが、届くどころか、こうも超越するとすがすがしいものだな」

「黙りやがれ、クソが……」

 肩で息をしながら悪態をついてやれば、醜悪な笑みを浮かべた。

「その顔だ! ようやく理解した! 新たな命として生まれた私が持っていなかった、愉悦という感情を沸き起こす顔だ! もはや世界など、どうでもいい! 私はこの力をもって、神界の神すら打ち倒し、新たな神となろう!」


「御託はたくさんだ。てめぇさえいなくなれば、なにもかもうまくいくってのに……」

 知ったことではない。ワンはソードリオンを光へ戻し、アーチェリオンを創りだすと、天井を舞いながら矢の嵐を降らせる。速度も威力も正確さも、ニードとサナを何倍も上回っていた。

「グァッ……」

 とっくの昔に両目を深紅の瞳と変えて戦っていたため、赤い血涙が流れ落ち続けている。そんな時間が経ち過ぎたからか、痛みでこの状態を維持できない。


「どうした、ギブアップか?」

「俺は野良犬でも、負け犬にはならねぇって決めている」

 そして胸を強く殴れば、心臓の鼓動へ刺激が伝わる。

「魔王を倒したサタナキアの力を、もっとよこせ!」

 心臓はカイムの命令に血液を作りだすが、次々に血涙として流れてしまい、貧血の様にふらついてしまう。それどころか血涙は止まらず、無理をさせ過ぎたからか、視力が落ちてきている。

「所詮、貴様の体は半分しか悪魔ではない。人間、エルフ、ドワーフ、天使、悪魔、そして白水晶! 私にはすべてがある! 全てがこの体を巡り、全てが私の力となる!」

「ハッ、てめぇが人間だと? 違うな。人間ってのは、もっと強いんだよ。てめぇは、なにもかも手に入れ過ぎた。もう、人間としてのワンはいねぇな」

「それのなにが悪い? ここまで力を得て分かったが、人間のひ弱な体など、亜人どもにこき使われて当然だ!」


 違う。絶対に違う。カイムは知っているのだ。しかと、その耳で聞いたのだ。黒水晶を手にした魔王ルシファーを殺した、サタナキアが手にしていた力の元を。

 しかし、そろそろ本当に限界だ。視界はぼやけるどころか淵から暗くなってきた。そんなところへワンのソードリオンによる一撃が舞い込んできて、剣で受けたが、とうとう折れた。結局は、オリハルコンの偽物だったからか、白水晶の力か。折れた破片は暗闇となった視界の外に消えて、それが見えていないことを知られてしまった。


「やはり人間は弱い! 目が見えなくなるとは、足手まといでしかないな! ならば、今までの分までなぶり殺してやる」

 視界はどんどん暗くなっていき、ワンはソードリオンでもアーチェリオンでもなく、素手や足で見えないところを攻撃してくる。白水晶の力を得たそれらは、一撃で骨にひびを入れ、内臓を破壊する。意識が飛びそうになっても止めることはなく、痛みで意識を取り戻しては、衝撃で意識を失いそうになる。サタナキアの血が回復をしようと赤い光を発しても、追いつかない。


「クソ親父が……」

 もう、痛みすら感じなくなってきた。口の中に満ちていた血の味も薄れ、深紅の瞳は目の前をほんの少ししか映していない。

「ダメ、なのか……ダメ、だな」

 ここまでだ。ここまで来たというのに、終わる。もし夢が叶っているのなら、その夢を見ることなく死ぬのだろう。なんて世界だ。なんでこんなに理不尽なのだ。夢くらい、ちゃんと見させてくれてもいいだろう。

「そろそろ、飽きたな」

 髪の毛を掴まれて持ち上げられると、ゴミの様に投げ捨てられ、力なく倒れる。仰向けでワンを見れば、ソードリオンを天にかざしていた。

「ついにお前を完全に超える。死ね、ゼロ」

 ソードリオンが真っ直ぐ向かってくる。もう目も閉じようと、暗闇ばかりの視界を見る事を止めようとすれば、白い閃光が見えないはずの暗闇を引き裂いて、端から眼前へと立ちふさがった。

 なにが起こったのか分からずにいたが、滴り落ちてきた赤い血液で、悲劇を目にする。


「カイ、ム……」

「スノウ……?」

 目の前に、小さな背中がある。ずっと一緒だった、幼くて純粋で、純白なスノーフレークに似ていて、いつの間にかなによりも大切なものになっていた、スノウの背中が――ソードリオンに、貫かれている。

「カイムは、生きてね……」

 振り返ったスノウは、口から血を流しながら微笑むと、ワンによって蹴とばされ、カイムに覆いかぶさった。

「その娘も、そういえば邪魔だったな。もう死んだが」

 死んだ? なにが? なにが死んだって?

「おい、スノウ、おい、おい……おい……」


 死んだ。呼びかけても、答えはない。答えはもう永久になくなってしまった。


『私はスノウ。あなたはカイム。だからカイム、ありがとう』

 バベルの塔の残骸で、一人孤独を耐えていたスノウ。


『だったら、違うってわかるはず。あの人たちの瞳は、悪魔やレッドアイとは違う』

 ニベルで、火刑にあう人間を助けたスノウ。


『うん、怪我をした人が元気になったら、渡すといいって神父さんに言われたから』

 わざわざプレゼントまで買っていたスノウ。


『私の生まれた場所と同じ、真っ白なお花が沢山咲いている』

 スリィに微笑まれながら、初めて見た雪を花だと知ったスノウ。


『カイムと一緒にいたい。ずっと、この先ずっと』

 子供なのに、子供らしくないことばかり願うスノウ。


『戦いになって、勝てそうになかったら、逃げて。無理をしないで、カイムは生きて。それだけが、このまえ欲深になれって言われた時の、答えだから』

 最後に、願い事を託したスノウ。


 ――優しくて、義理堅くて、正義感がある。三つの意思が、命の灯が消えたスノウから伝わってくる。ああそうか、スノウ一人じゃなかったのだ。スノウは一人ではなく、あの人たちの意思を継いでいたのだ。バベルの塔のおかげで、スノウにはあの人たちが宿っていたのだ。

『ハベルの塔に行って。そこに私たちの全てがあるから』

 ようやくわかった。だが、遅すぎた。あの人が伝えたかったことは、とても簡単だったのに。気が付かず、また失ってしまった。

 また、この世界に大切なものを奪われた。このまま死んでいいのか――ふざけるな。奪われ続けたままで、たとえ夢が叶わなくても、スノウと、あの人たちと生きた世界を、ワンの好きにはさせない。

 だから、答えてくれ、クソ親父。その力を全て寄越せ。

 ――分かったよ。どこからか、声が聞こえた気がした。耳ではなく、別の場所で聞いている。それは、心?


「赤い……いや、深紅の、光?」

 白水晶の力を得たワンが、僅かに動揺している。時を同じく、カイムの中で、スノウと大切な人たちのすべてが混ざり合うと、心の――魂の底から、真の悪魔が目を覚ました。

「てめぇだけは、殺す……死んでも、絶対に殺してやる……」

 吐血して、斬られて、両目から流れ出て。貧血になるほど失った赤い血液の代わりに、体の隅々まで、新たな血液が――心臓から赤ではなく深紅の血が流れ始めた。それは人間の体を表面上残し、人間の意思を内部に残したまま、血液だけが全て真の悪魔のものとなった。そのまま深紅の光がカイムを包むと、ユラリと立ち上がる。


「あれだけ痛めつけて、まだ立てるというのか?」

 圧倒的な力を得たワンが、狼狽している。カイムも、だんだんと実感してきた。サタナキアが残した、真の力。悪魔として元々持っていた力と、人間と交わることで生まれた、無限大に成長する力を。

「俺は、悪魔。俺は、人間――俺は……魔人だ!」

 深紅の瞳を見開くと、赤い光が衝撃波となって、ワンを吹き飛ばした。

「魔人、とはね。流石はサタナキアの子だ」

 ニオがカイムを称賛すると、ワンは酷く困惑していた。

「なんだ、なにが起こっている」

「わからねぇだろうな。大切な人もいなく、人間を辞めたお前には……行くぜ」

 視界が完全に回復し、体の外も中も回復しつつある。両目は常に真紅のものとなり、剣などいらないほどに、力が籠る。


「スノウの、仇だ!」

 全身全霊を込めて、驚いたまま動いていない――いや、カイムの動きに追いつけていないワンをぶん殴ると、大聖堂の壁をぶち抜いて、ワンは吹き飛んでいった。だが、流石は白水晶の力というべきか、逃げるための翼を創りだしている。

「逃がさねぇ!」

 一瞬で距離を詰めたカイムは翼を千切り取ると、その胸倉を掴んだ。

「なぜだ、なぜ、お前に勝てない! これほどの力を得たというのに、なぜ!」

「無駄なんだよ。白水晶だろうがなんだろうが、お前に俺は、倒せない」

 一撃に全てを込めて、カイムの拳はワンの胸を抉ると、心臓を握る。

「これで、全てが終わる」

 ワンの吐血した血を顔に浴びながら、心臓を握りつぶした。抉った胸から手を取りだせば、とうとうワンは倒れた。


「俺の、勝ちだ。これ、で……」

 ワンは死んだ。断末魔もなく、一方的に殺された。しかしカイムも真の力を操り切れず、体の内部が回復しきれていなかった。内臓から逆流する血を吐き出すと。その場に倒れてしまう。

「いけない!」

 ずっと逃げずにいたニオが駆け寄ってきた。なにがいけないのかと顔を上げれば、胸に風穴が開いたままのワンが立っていた。その瞳からは生気を感じないが、確かなものが強く発せられている。

「白水晶に、体も意思も乗っ取られたのか?」

 ニオが叫んでいる。この場で殺さないと、魔界に行って黒水晶と一つになると。すでにワンの目の前にある空間そのものが歪んでいるようで、それが水の波紋の様に広がると、赤く刺々しい世界――魔界であろう光景が広がっていた。止めようにも体は言うことを聞かない。意識も朦朧としてきて、顔は地に付した。

「少しだけ、休ませてもらう……」

 目の前でワンの亡骸が魔界へと消えていく。同時に、カイムも意識を手放した。

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