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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
13/22

双子の天使

 ただシンシンと、雪が降りそそいでいた。そんな甘い例えですむのならどれだけよかったか。マフラーを何重にも巻いて分厚い手袋をはめて、赤いロング―コートの下に何枚も厚手の服を着込んで、吹雪いている道をひたすらに歩く。もはやここに道があったのかさえあやふやな程に雪は降り積もっており、足元がおぼつかない。スリィの屋敷を出てからというもの、日に日に激しくなっていった雪は、カイムとスノウから体力と気力を奪っていた。それだけならまだしも、速く進めないので溜めていた食料は底が見えてきており、もう何日もまともに寝ていない。洞窟かなにかがあればいいのだが、ここ数日は平らな雪原が広がるばかりで、雪を凌げる場所がない。


 そんな道程で、カイム一人だけならどうにかなると、何度も思い浮かべていた。この吹雪く雪道をスノウに歩かせるのは、無理があるからだ。悪魔とはいえ、姿形は共通して人間と同じなのだから。サタナキアもルシファーも、人間と同じ姿だったと聞いている。そんな連中と比べたら、スノウは人間としても悪魔としても十歳前後の子供なのだ。

 そんなことを心配して、すでにスノウの荷物も全て持っていたが、とうとう後ろを歩いていたはずの足音が途絶えた。

「スノウ! おい……おい!」


 かわりに聞こえたドサッという雪道に倒れたのであろうスノウを抱き上げれば、顔が真っ白だ。やはり、いくら悪魔でも、子供では限界があった。とにかく、カイムは赤いロングコートまで脱いでスノウを包み、最低限の着替えと金と食料だけをその場で一つのリュックに纏めたら、スノウを抱き上げた。ここまで旅に付き合ってくれたスノウのリュックは置いていくことになるが、もはや仕方がない。少しでも熱が伝わってくれればと強く抱いても、スノウの目は虚ろだ。本格的に不味くなってきた。

「急がば回れを忘れていなければな」

 もう二、三日スリィの屋敷で休んでいれば、こんなことにはならなかった。せっかくニオが白水晶の防護壁を破るのを遅らせてくれても、これでは意味がない。まともに進めないのだから。そのうえに、スノウは今にも赤い瞳を閉じてしまいそうだ。

「仮にも世界征服しようとか考えてるドワーフを止めるためにやってんだから、なんかいいことあってもいいだろ……」

 カイムの愚痴も、白い霧となって消えていく。これではキセルも吸えない。せめて、せめて人家があれば。

「っ! これは……?」


 左目が突然熱を持った。僅かな痛みも感じる。こういう時は大抵ろくでもない連中――ワンやシックスと出会ってきたが、まさかここにいるのか? だとしたら、スノウを守りながら片腕で戦うことになる。

 どこだ、どこに誰がいる。剣の柄を握りながら集中していると、どこからか声がした。

「あんなところに、人間がいるよ」

「本当ね。髪の毛まで雪で凍っているわ」

案の定誰かがいたわけで、優しげな男の声と、この吹雪のように冷たい女がいる。誰だか知らないが、カイムは吹雪いて悪い視界を見回すが、どこにも人影一つない。しかし、幻聴でもない限り人はいるのだ。こんな相手にとって有利な状況で襲い掛かってこないあたり、敵ではないのかもしれない。人がいるのなら人家があり、スノウを休ませられる。

「どこの誰だか知らねぇが、小さな子供が死にそうだ! 手を貸してくれ」

 この吹雪で伝わるだろうか。カイムの必死な叫びは届くだろうか。スノウを抱きしめて一層強くなった吹雪から守れば、また声がする。

「自分たちからこんなところまで来たというのに、身勝手な男ね」

「そう言わずに、ほら、あの子は今にも死にそうだよ?」

「あら、ホントに小さな子ね……それに女の子だわ。可愛いじゃない。男はともかくとして、女の子は助けないといけないわね」

 だからどこから声がするのだと天を仰げば、夢でも見ているのかと、もしくは頭がおかしくなったのかと、勘違いするような姿があった。


「天使……?」

 白い翼に、白いコート、そして純血の人間姿で、金色の髪と金色の瞳。それらが鏡写しの様に全く同じな二人の男女が、空から見下ろしている。

「そこの人間さん、聞こえていたら答えてください。あなたは奴隷商と関わりのある人ですか?」

 舌を噛んでみたが、痛い。つまり、空の上から質問を投げかけてきているのは幻覚でも幻聴でもない。天使かどうかは知らないが、翼の生えた二人組が確かにそこにいた。だが、奴隷商だと? そんなものとは関わったことすらない。だから違うと叫べば、なぜここいるのかと、女の方が口にする。

「エレナだ! 俺たちはエレナへ向かっている旅人だ!」

 そうなると、余程信心深いのね。女の方が目の前に舞い降りて言うと、スノウの頬に手を当てた。カイムはどうしていいかわからずに、その手を見ている。

「癒される可愛さね。肌も顔も白くて。でも、このまま真っ白な顔じゃ不味いわね。それに体温が低い……危険ね。ニード、結界を解いてあげて」


 結界? と、また知らない言葉が発せられれば、空にいるニードとやらが両手を合わせると、吹雪が次第に弱くなってきた。それどころか、今まで雪で見えなかった家屋が何件も見えてきた。

「詳しい説明も、自己紹介も後でするわ。今は、その子を暖かいところで安静にしないと」

「その意見には賛成だが、あんたらはなんだ。人間なのか?」

「それも後で説明するわ。とにかく、あの村へ運んできてちょうだい。暖炉とベッドの準備をするから」

 そして羽ばたいていく。翼が生えている二人組は、吹雪を和らげて、村があることを知らせてくれた。少なくとも敵ではない。なら、急ごう。

 カイムはスノウを抱えたまま、雪に足を取られながら走って、光に包まれている雪の降っていない村へと向かった。


 家屋が二十件ほどの小さな村に到着すると、ここだけは雪が降らず、小川も凍らずに流れている。どんな手品なのかとキョロキョロトしていたら、先ほどの二人組が翼を光そのものに変えて消滅させたら、こっちへ来てと、二階建ての家屋へ誘っている。

 運び込むとベッドに寝かされて、二人とも息の合った行動でスノウを助けるために部屋を回っている。

「暖炉の火は絶やさないで。それから暖めたミルクも必要ね」

「なら僕は薪を持ってくるから、ミルクの方をお願い」

 不思議な二人にスノウを任せて、現状を把握しようとしているが、どうにもわからない。直接聞けばいいのだが、二人はスノウの命を必死に繋げようとしている。今は聞くべき時ではないと、赤いロングコートに袖を通して、暖炉の炎で刻みタバコに火をつけた。

「無神経な男ね」

「あ?」

「無神経って言ったのよ。それに、自分勝手だわ」

 なんのことだと聞き返せば、これだから男はと頭痛を感じているようにこめかみへ指を当てている。

「私たちがあなたの子を助けているのに、気にもせずにキセルなんか吸って、防寒具にもなるコートまで着ているからよ」


 ずいぶんと厳しい声音には、なんとなく憎悪のようなどす黒い感情が感じ取れた。とはいえ言われた事には反論できないので、こういう性分なのだと教えてやった。それと、スノウはカイムの子供ではないと。

「なら、攫ったのかしら? それとも奴隷? どちらにせよ、汚い男の考えそうなことね」

「エレナへ向かっていると、さっき言っただろうが」

「……あれ、本気だったの?」

だとしたら大馬鹿者だと、ゴミを見るような目つきでカイムを捉えた。

「この季節にエレナへの旅に出るのは無理があるって、信者の間なら有名なことのはずよ。あれだけの雪が降るんだもの、行くとしても、迂回するか、馬に乗るかするはずなのに……こんな愛しくかわいい子を危険にさらして、どんな気分なのよ」

「知るか。元々この旅は、そいつが勝手についてきたんだよ」

「あなた、それでも大人なの? 見たところ私たちと年齢は変わらないようだけれど、こんな小さな子が一緒にいるのなら、引き返せばよかったじゃない」

「エレナへ急ぎの用事があるんだよ。そういうお前らも、結界とやらでこの村を隠していただろうが。見えていれば、すぐにでも駆け込んだってのに」

 お互い、相容れないと数回の問答で理解した。だから暖炉の炎で温めていたミルクを、目を閉じているスノウに飲ませているが、正直に感謝の念を抱けない。そんな雰囲気を察してか、薪を取りに行くと外に出ていた男が戻ってくると、やっぱりこうなったかと苦笑を浮かべていた。

「サナ、その子は大丈夫そうかい?」

「相当疲れているようだけど、不思議と熱はないから、命に別状はないわね。このまま寝ていれば、明日には目が覚めるわ」

 なら、よかった。たしかニードと呼ばれていた男はホッと一息つくと、カイムへと向き直った。

「ほら、サナも」


 サナと呼ばれた女も、渋々といった感じでニードの隣に並んだ。吹雪の中で見ていた通り、金色の髪は二人とも肩の手前まで伸ばして、金色の瞳は濁りなく輝いている。身長も全く同じで、カイムに比べれば小さいが、サナは女にしては背が高い。更には顔つきも瓜二つであり、服装も同じ白いコートだ。見分けられるところは、鋭い目つきなのがサナで、優しげな眼差しなのがニードといったところか。

「そんなにじろじろ見なくても、助けた以上は自己紹介をしますよ」

 ニコリと微笑んだニードは喉を整えると、ニード・アレクスタインと名乗った。そしてサナは、ニードの双子の妹だという。どおりでそっくりなわけだ。

「それで、一番気になっていることがあると思うけれど……」

「ああ、あの翼と結界とやらはなんだ」

 答えるべきか。二人は向き合った後に、翼を見せてしまったのだから隠す必要もないと、真っ直ぐこちらを見据えて答えた。天使の子だと。

「三十年前に降ったレッドレインと一緒に出てきた悪魔たちへ対抗するために、神界の天使が何人か降り立ったらしくて。そのうちの一人が魔王ルシファーを倒す手伝いをしたらしいんだけれど、戦いの後に、もう神界に戻る力が残っていなかったらしいんだ。もうボロボロだったから、短い余生をこの人間界で過ごしていたら、人間との間で生まれたのが、僕たち双子なんだ」

「ルシファーを倒すのを手伝った?」

「知っているの?」

「事情があって話せないが、知り合いみたいなものだ」


 おそらく、サタナキアと共に戦ったという天使だろう。こんな偶然もあるものかとキセルを吹かしていれば、ニードが色々と教えてくれた。村の周辺は天使の力で結界を張り、そう簡単には見えなくさせていること。この村は、各地で天使として生まれた責務として、奴隷だった人間たちを解放して、そいつらが住む村だとも。

「俺には真似できないことだな。で、あの結界とやらはなんだ」

 天使に使える奇跡の力だとニードは誇らしそうに口にした。他にもあると、両手を伸ばした。

「こんなこともできるよ」

 ニードが突きだした手には光がどこからか集まってきて、それが弓と剣の形となった。

「便利なことで」

 天使の子と悪魔の子でここまで違うとは。カイムが父親から与えられたのは、人間界では生きづらい深紅の左目と、常人よりちょっと高い身体能力くらいだ。

「とにかく、この村は奴隷たちが暮らせるように隠してあるところだから。その子が治って、吹雪が止んで出ていっても、内緒にしてね」

「恩をあだで返すような真似はしない。それより、酒はないか」

 結界とやらにより守られているとはいえ、寒い。こういう時は強い酒を飲んで体を暖めたいところだが、自給自足とたまに来る行商人くらいだけが食料などを届けてくれるだけなので、酒は置いていないという。またお預けかとため息を吐くと、吹雪いていて時間の感覚が狂っていたからわからなかったが、もう夜も更けてきているようだ。

「悪いが、俺も疲れている。そこのベッドを使ってもいいか」

 そんなことを頼めば、バサッとサナが穴だらけの毛布を放り投げた。

「男は床で寝ることね」

「ベッドが空いているんだから、借りてもいいだろが」

「残念だけれど、二階にはベッドもないし、このベッドは私たち二人で寝るものなの。その子が眠っているのは、病気になった村人用のベッドなのよ」

 二人で寝る。そう聞いて間違いないはずだが、双子なら、そうするのが当たり前なのか――いや、流石にそんなことはない。

「仲が良かろうと悪かろうと知ったことじゃねぇが、お前らは男と女だろ。別のベッドで寝るのが普通なんじゃねぇのか」


 そんなことはないよ。これまで穏やかだったニードがサナに寄り添うと、サナもニードに寄りかかる。その手は恋人の様に結ばれていた。

「僕たち双子は、心の底から愛し合っているから」

「私の初めても、兄さんに捧げたのよ? たとえこんな寒い夜でも愛し合うから、邪魔しないでくれるかしら」

 言い終えると、二人とも服を脱ぎだして、恥部を曝すと擦り合わせ、喘ぎ声を出しながら、唇を深く重ねている。

「……頼むから、スノウが起きたらやめてくれ。こいつの成長に悪い」

 言ったものの、もはや聞こえていないのか、高揚したお互いの顔を見つめ合っていた。こんなことが行われている場所で眠らなければならないとは。

「悪い夢を見そうだ」

 大きくなりはじめた喘ぎ声が聞こえないように耳を閉じて毛布に包まる。ろくに眠れないだろうと覚悟していたが、疲れは溜まっていたので、異常な双子を無視して眠りについた。

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