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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
14/22

頭は冷えたか

 床とはいえ、たまりにたまった疲れのおかげで長いこと寝ていたら、背中に痛みを感じて、ボウッと目をあけた。燃え尽きた暖炉の薪と、殺風景な部屋で、サナがまたしてもゴミを見るように見下していた。

「いつまで寝ているつもりなのよ。もうとっくに日は登ったわ」

「……まだ、薄暗いじゃねぇか」

 日が登り始めて一時間そこらといったところか。どんな国でも、まだ眠っているだろう時間だというのに、無理やり起き上がった。

「疲れてんだよ。兄弟愛を育むのは邪魔しねぇから、寝かせてくれ」

 そうして毛布に包まるが、引っぺがされて、渋々と起き上がり、赤いロングコートを羽織る。


「この村にいる以上は、この村のルールに従ってもらうわ」

「ルール? 税金でも払えってのか?」

「俗物が思いつきそうなことね」

「……なぁ、俺たちは初対面みたいなもんだろ。なぜそこまで敵意を向けてくる」

 サナは歯を食いしばると、人差し指をカイムに突き付けた。

「性に強欲でいつも汚らしくて、それでいて男ばかりが権力や力を手にして、女を金で遊ばれる。それだけの理由があれば十分でしょ」

「つまり、サナは男嫌いというわけか」

偏見がかなり混じっているが、一つおかしなところがある。

「ニードとかいう奴も男だろ」


 次の瞬間、場が凍りついたかのような感覚を覚えると、サナの顔が怒りに満ちていく。

「あんたは! 兄さんを! そこらへんのゴミ屑たちと同列に並べるというの!」

 どうやら禁句だったのか、危うくひっぱたかれるところで、一歩下がった。サナの怒りは収まっていないが。

「この際ハッキリさせておくわよ。他の男たちと兄さんを同じだと思わないで。兄さんはどれだけ苦しくても、虐げられてきた人間や、女で働き口が見つからなかった私の面倒を見てくれた特別な人だから!」

 女のためなら男が犠牲になる。ありふれた話だが、どうにもサナはニードを神格化しているようだ。怒らせないため、これ以上余計なことは言わずに、着替えをすませた。ここなら、そこまで着こまなくてもいい。

「で、この村のルールとやらはなんだ。なにをしろってんだ」

「この村の教会――村民たちが天使の教会と名付けた場所で、祈りを捧げるのよ。邪悪な悪魔を封じた私たちの父を崇めて、神の力でいつまでもこの村で静かに暮らしていさせてくださいと願いながら」


 また、神か。それに加えて天使もいる。悪魔がいるのだからいても不思議ではないが、白水晶を求める旅路には、そういった普通の亜人ではない存在ばかりだ。とはいえ、おそらくニオの様に世界の始まりから生きている者しか見たことのない神に祈るとは。神もいちいち大変だ。

「教会には行くが、スノウの調子はどうなんだ」

 まだベッドの上で何枚も布団を被らせているスノウは、熱こそないが、疲れがでていて、この村を出て吹雪の道をいくのは厳しいとなった。

「そこまで急ぐ旅じゃねぇが、いつになったら吹雪は止む」

「あと二日はこのままでしょうね」

「天候が分かるのか?」

 天使だから、わかるらしい。どんなカラクリなのか知らないが、せっかくなら天使の子供に生まれたかったと、キセルを咥え、マッチで火をつける。

「誰かに頭を下げるのは死んでも御免だから、俺はこのままでいく」

 たとえ神でも、悪魔でも、と付け加えると、サナはスノウを一瞥してからため息を付き、せめて両手は合わせてくれと、氷のように冷たい声で頼まれた。


 教会と聞いて、サンストにあった水晶の教会に似ているのかと思えば、今にも崩れそうな掘立小屋に連れていかれた。一応教会のように高くそびえ立っていたが、ボロボロだ。一応ここで間違いはないのかとサナを見ると、答えを聞く前に、村人たちが集まって来た。つまり、ここで間違いではないのだろう。

「天子様、その方は?」

 一人の腰の曲がった婆さんが問いかけると、児童虐待の最低野郎だと説明された。

「いい加減、怒るぞ」

「なら怒ったらどう? 私に勝てるのなら」

 両手に光の剣と弓を創りだすと、村民たちは天子様の奇跡だと膝を付いて両手のひらを組んでいた。

「弓の方はアーチェリオン。剣の方はソードリオン。どちらも、魔王を倒したお父さんの力よ。ただの人間如きが勝てると思わないことね」

 そう言ってアーチェリオンとやらに光の矢をつがえると、結界を通り越して、どこまでも飛んでいった。恐ろしい速さだったが、避けられないこともない。しかし、カイムもああいった必殺技のようなものが欲しかった。なくてもなんとかなるが。


「なによ、その顔は。文句があるなら蜂の巣にしてあげるわよ」

「教会の前で人を殺すのか? 崇められながら」

 煽るも、鼻で笑って両方を光そのものに戻した。天使の力の無駄遣いだと。

「で、この中で両手を合わせていればいいんだな」

 スノウが厄介になっている以上、多少はルールに従おうと確認をとれば、今はそれで許すと、教会へと入った。

 中には、教会らしいものは置いていなかった。長机も、石造も、祭壇さえない。代わりに、どういうわけか片方だけの手袋や、腕の千切れたぬいぐるみ、二つに裂けた本の片方などが平らな岩の上に並んでいた。

「聞かれて答えるのが嫌だから教えてあげるわ。並んでいるのはかつて兄さんとの旅で拾ってきた物よ」

「感想に困る説明だが、物好きな奴なんだな」

 と、またサナが引っぱたこうとして避けると、次は本気で殴ってやると拳に力を込めていた。本気で戦えば、どちらが強いだろうか。争いにならないことを、変な趣味で拾われたゴミ同然の物たちに祈っておいた。




 祈りとやらは、叶わない。野良犬の頃もこの一年も、嫌というほど踏みにじられてきたというのに、忘れていた。

「ついさっきだったよ。僕が礼拝して戻ってきたら、この子――スノウの目が開いたのは」

 ベッドで横になるスノウへ、アーチェリオンが構えられていた。抵抗しようとしたのか、スノウは縄で縛りつけてある。

「なんとなく嫌な気配は感じていたんだ。君たちが吹雪の中を歩いている時からね」

 なんのことなの、と、サナがニードへ近寄ってスノウを見れば、心底驚いていた。

「混じりっ気のない深紅の瞳……悪魔、だというの? この子が」

「サナも感じていただろう。奇妙な感覚を」

 言われてみれば。そんな風に出会ってからのことを思い起こしていたのか、迷いが生じていた金色の瞳から、明確な敵対心と殺意の籠るものへと変わった。

「天使の子として、見逃すわけにはいかない。悪魔は全て抹殺するべきだ」

「同感ね。てっきりこの子が無理やり連れていかされているのと勘違いしていたけれど、あなたがこの悪魔に従う従者だったのね」


 どちらにせよ、この子は殺すとアーチェリオンの弦がひかれていく。その前に、カイムの素性を知りたいだとか口にしていたが、冷静にキセルを吹かした。

「俺の素性は、お前達とたいして変わらねぇよ」

「なに?」

「お前らが半分天使なら、俺も半分は悪魔なんだよ」

 眼帯を取って、深紅の左目を見開く。二人は唖然としていたが、カイムが剣を抜いたことで、アーチェリオンの的とサナが創りだしたソードリオンが向けられる。

「君と、僕たちが出会ってよかったよ。他の国や村で暴れる前に、殺せるのだから」

「やれるものならやってみろ。俺の左目があまり疼かないってことは、強くないんだろうからな」

「そんなわけはない! 僕たち天使の方が悪魔より崇高な存在だ! サナと僕の生きる世界を邪魔はさせない。行くよ、サナ!」

「ええ、行きましょう、兄さん!」

 二人の背中に光が集まっていくと、真っ白い翼が現れた。人間一人が飛ぶための翼だけあって、部屋いっぱいに広がっている。


「仕掛けてくる前に言っておくが、俺たちは善良な悪魔だ。理由がなければ、誰も傷つけない」

 だが、それでも退かないだろうなと指の関節を鳴らして、外へと飛び出た。当然二人は追ってきて、アーチェリオンとソードリオンを構えたまま飛び上がった。

「まずは半分で相手してやる。どれだけやれるのか見せてみろ」

 いつまでも調子に乗るなと光の矢が降り注いだが、何歩か飛び退いてすべて避けた。

「どうした? サナも加勢しないのか?」

「この村は虐げられてきた――辛い人生を送ってきた人間たちの村なんだ! サナはみんなを避難させている!」

「合流するまで、てめぇ一人でやる気か。半分もいらねぇかもな」

 なにをグチグチと喋っている。そんな声と共に光の矢が飛んできても、一本たりともかすりもしない。光の矢が炎の様に熱かったので刻みタバコに着火すると、避けながら吸う。そんな風に余裕の勝負をしていたら、サナが合流して、ソードリオンを手に斬りかかってきた。即座にマックダフの打った剣で受けると、信じられないと、顔に出ていた。

「どんなものでも貫いて、どんなものでも斬り裂いてきたのに……」

「決して刃こぼれせず、折れず、切れ味の落ちない剣だそうだからな。そんな手品に負けはしない。ついでに、隙だらけだ」


 両手で握り、前のめりで思いっきり力を込めていたサナは、蹴ってくれと言わんばかりに腹が、がら空きだった。そこへ、チョンと膝をぶつけてやれば、どれだけ人を馬鹿にするのかと空高くへ飛び上がった。

「あなたは飛べないようね。だったら、二人分の矢をかわしきれるかしら」

「賭けるか? 俺には幸運の女神がついているから負けねぇがな」

 なにを言っているのだと、二人はアーチェリオンを二方向に分けて放った。正確な狙撃に感心していると、油断しすぎたようだ。

「背後は建物か」

二階建ての建物を背にしていれば、その両横に光の矢が何本も突き刺さり、後ろと左右の逃げ道は失われた。まるで兔狩りだ。

「覚悟、してもらいますよ。あなたはもうすぐ死ぬのだから」

 二人のアーチェリオンがカイムへ向けられたが、鼻で笑ってやった。

「俺の親父は、余程弱い天使を味方にしていたらしい」

 そうして右目に力を込めれば、両目とも深紅の瞳となった。

「少しだけ、本気で戦ってやる。だからそっちが覚悟しろ。空から叩き落としてやるからな」

 ハッタリだとサナは笑い、この状況でそれだけ言えるのは一種の才能だとニードが呟いていたが、二人は息を合わせてアーチェリオンから光の矢を放った。

 だが、カイムは脚力だけで飛び上がると、背後の建物の屋根に飛び乗る。そのまま建物を屋根伝いに走っていくと、二人は高高度で光の矢を放ちながら追いかけてくるが、一段と高い教会の天高くそびえ立った頂点に飛び移れば、剣を鞘に納めて、追ってきた二人へ飛び上がった。異常なまでの跳躍力に反応が遅れた二人へ飛びつくと、空中で二人の頭を掴んで、加減しながらも力の差を思い知らせるためにぶつけた。


 二人はクラッと体勢を崩して落ちていくが、カイムが二人を抱えて、地面に落ちた。

「くぁ……これは、効いたな」

 二人を抱えたまま、建物四階分以上はある高さから落下したのだ。当然足は痺れるほどに痛むが、こんなもの怪我の内にも入らない。

「頭は冷えたか」

 抱えていた手を離して、天使二人が地面へ落ちれば、二人とも疑問を浮かべていた。

「なんで、殺さないのですか」

 ニードはクラクラする頭で立ち上がりながらそう聞くが、さっきも言っただろと頭を掻く。

「理由がなければだれも傷つけない悪魔なんだよ。疲れてるってのに、全力出させやがって」

 右目が琥珀色に戻ると、眼帯を付け直した。剣も鞘におさめられているので、敵対心がないことは伝わっただろう。それでもサナは睨み付けてきたが、ニードがそれを止めた。

「勝手に疑って、勝手に襲って、申し訳ありません」

 キチッと頭を下げたニードを見てからサナへ視線を移せば、悪かったと一言だけ口にした。

「詫びはそうだな……次に来る行商人が酒を持っていたら買ってくれ」

 そうしてキセルを咥え直すと、光の矢で燃えていた刻みタバコの最後を吸い、プカッと吐き出した。

「親父も苦労したんだろうな」

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