悪化する戦況
全く......どいつもこいつも役に立ちやしない。
マーキュリーは部下達の無能さに頭を抱えた。今、世界の守護者の暗殺計画を実行中なのだが、戦績が振るわず、死傷者を出すばかりだった。イオをリーダーにしているのが悪いのだろうか。それとも単純に戦力不足か。いずれにしてもこのままでは上官に顔向けできない。メンバーを変える訳にはいかないし。
悶々としているところにリーダーのサンがやってくる。また首を突っ込みに来たのだろうか。
「......最近、暗殺部隊が負け越してるんだってな」
「......」
無視する。リーダーとヒラという関係にはあるが、立場は対等なのだ。
「無視すんなよ」
「......お前には関係ない」
「関係あるよ」
仮にもリーダーのコイツに関係あるのだろうか。暗殺チームという名目ではあるが、実質役立たずの処理である。役に立たない面子を敵にぶつけて殉職させ、人件費の削減と新人の採用を推進するのだ。酷い話だが人件費が厳しい今、こういうこともやらなくてはいけないのが実情だ。こんなことにリーダーが手を出す必要などないのでは?
「上からの命令でな、その暗殺チームを使って本当に倒しちまえってことでさ......上から何人かアドバイスに行けって言うんだ。それで俺もそれに関わるんだ」
ほう......そんなことになっているのか。
「だがあんなチームではいくらアドバイスしても限界があると思うが?」
「その辺はわかっている上でだ。じゃあそういうことで」
よろしく頼む、とサンはマーキュリーの部屋を出ていった。マーキュリーは盛大に溜め息をついた。このまま成果を出せなければ責任者の自分もいつかそのチームに入れられてしまうかもしれない。底知れない不安を抱えながら、今日も訓練に向かうのだった。
愛はイライラしていた。
ここのところ襲撃が相次いでいて全く心が休まらない。寝ている時もお構いなしなのでたまったものじゃない。おかげで最近寝不足気味だ。木葉は寝なくてもそんなに堪えないらしく、眠そうにしたりといったことはない。羨ましい限りだ。
愛はコンタクトを外し、ケースの中にしまった。視界がモノクロになり、色が消える。この状態では色々不便があるが、これも運命だから仕方ない、と諦めている。
世界の守護者の能力は、受精卵の時に寄生する形で受け継がれる。そのときのショックで遺伝子に異常が顕れることが多く、世界の守護者の九割が身体に何らかの異常を持って生まれてくるらしい。自分達の代もその例に漏れなかった。
乃々は左右の虹彩の色が違う、虹彩異色症。黒と、綺麗な琥珀色だ。その美しい瞳は見る度に見入ってしまう。自分は先ほども言った通り、色を認識できない。先天的に色を認識する細胞が欠損しているらしい。乃々が作ったコンタクトや眼鏡で色を初めて見たときは鳥肌が立った。世界は、こんなに沢山の色で溢れているのか、と。光雷はターナー症候群だ。身長は百五十センチに届かず、二十五歳の今でも二次性徴がなく、生理もないらしい。木葉は多指症で、両手両足の指が六本ずつある。これも羨ましい。碧海は裂足症で、幼い頃に手術を受けている。
......世界の守護者は、この世界で最も過酷な運命を辿るものだと思う。
世界を守るという使命の他に、障害や差別とも戦わなくてはならないのだから。
ケースを直したテーブルに置いて立ち上がり、パーカーを羽織る。木葉は視線を一瞬向けただけで何も言わなかった。
「乃々」
奥にいる人物に呼びかけると、視線だけの返事が返ってきた。左眼の琥珀が輝いている。
「......」
ここで愛は乃々に一つ頼み事をした。
イオは会議室で黙りこくっていた。
どうしてこうも失敗続きなのか。確かに毎回メンバーは替わっていてやりづらいが、しっかり作戦を練っているはず。それなのに何故、殉職者ばかり出てしまうのか。もしかして自分がリーダーだからなのだろうか。
議長が黙っているので他のメンバーも黙っている。このままでは、と思い、何か言葉を発しようとした瞬間、ドーン、と爆発音が聞こえた。要塞全体がぐらりと揺れた。会議を中止して全員で外へ向かう。廊下が戦闘員で氾濫した川のようになっている。外へ出るのを諦め、近くの窓から顔を出すと、そこには......どこか見覚えがある生物が浮かんでいた。