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歌会


雅と一緒に新沼の雪を払い、学校に向かう。学校は、会社の倉庫だったものを改装したものだから、四角くて平べったい構造をしている。


新沼は私たちにくっついて離れず、朝練にも図々しく参加した。いつもの練習風景に新しい顔があるのは落ち着かない。


「百人一首、少しならわかるよ」


新沼は物事に首を突っ込むのが得意らしい。積極的なのか狙いがあるのかはっきりしないから油断できない。


私は雅に目配せをしてから、新沼の相手を務める。ボコボコにしてやろうと予め決めていた。


「こっから」


私は自分の陣地と新沼の陣地の区切るように手を伸ばす。


「ここまでが私と君の境」


競技かるたは、自陣と敵陣の札を取り合う。二十五枚ずつ配られた札を互いの陣地に上、中、下の三段に並べる。位置を十五分で暗記して、競技開始。


「うわー、覚えきれないや」


数分と待たず弱音を吐いた新沼の脇で、雅がかいがしく覚えやすい札を教えてやっていた。うんうんと素直に頷いているけど、そんなに単純じゃないんだぞ。


私も雅も上の句も下の句も覚えているから、上の句の最初の音が聞こえた瞬間に反応できる。もちろん苦手な音もあるから札によっては反応が遅れる。毎日雅と二人で練習しているから、互いの苦手な札は大体把握してしまった。そのためか真面目にやると駆け引きが煩雑になって面倒になる。雅は適度に手を抜くけど、私はガチで殴りかかるからそうなってしまうのだ。


正直、雅とやるのも最近、飽きてきた。


久しぶりにまっさらな気持ちでかるたに向き合えそうだ。ワンサイドゲームにするのが忍びないけど。


小林先生が現れないので、札の読み手は雅が担当する。


私の利き手は右手。セオリー通り右側に得意な札を配置してある。新沼も利き手は右みたいだから、配置の条件はほぼ互角。でもやっぱり私の有利は変わらない。


息を大きく吸ってから、雅が最初の札を読み上げる。


「明けぬれば-」


あ、から始まる句は数あれど、そこまで読まれればもはや確定的。新沼の陣地の三段目にある札に迷わず手を伸ばす。流れるような動作は日頃の鍛錬の賜物だ。


新沼は信じられないという表情で札と私を見比べている。


「と、まあこんな調子で進行するんだよ。ね、雪ちゃん」


雅が不自然なウインクで合図してくる。はいはいわかりました。手を抜けというお達しだ。雅が一応部長だから従うことにする。空気悪くなるのこっちも嫌だし。


新沼が札を取りやすいように上の句から下の句までを読み上げられた。スローモーションのような世界だったけど、情景を思い浮かべながら、歌に浸るのは悪くない。


「瀬をはや」


崇徳院の歌が詠まれる。私の一番好きな歌だ。こればっかりは譲れない。上の句が読まれた時点で反射的に手が動いていた。


新沼の陣地の二段目にそれはある。札の数は減ってきているから見間違うはずもない。


ところが、私が札に手を触れる前に、新沼の人差し指が札の端に触れていた。素人の癖に。


勢いは止められないので、新沼の手をバシッと叩いてしまった。わずかに顔を歪めている。


「あ、ごめん……」


新沼の手の甲は少し赤くなっていた。力を入れすぎたかもしれないからすぐに謝った。


「大丈夫ー? 痛かったよね。痛いの痛いの飛んでけー」


雅が甘ったるい声で、新沼を慰めている。手までさすっているけれど、新沼は私から目を離さない。私を責めているのか? 謝ったのに。


「雪さん。ちょっと質問してもいい?」


「な、何を?」


ダサいことに私の声は緊張で上擦った。だってこいつペンギンだし。返答次第で青森が火の海になるかもしれないし。


「雪さん、初心者の僕に気を遣ってずっと手加減してくれてたけどさっきは違ったね。どうして?」


「別に……、何だっていいでしょ」


意地を張るだけの胆力はどうにか残っていた。


「そうか……、答えたくないなら無理に答えなくていいよ」


まっすぐそうな目が落胆したように伏せられた。すごい罪悪感を私に植え付けてくる。


「ほ、ほら、もうそろそろ授業始まるよ。片づけよ」


妙な空気を嫌ったのか、雅が試合の中止を口にした。時計に目を上げると、八時半に近い。集中してると時間が過ぎるのは早いのだ。


「ペンギンは人を殺さないよ」


先に雅を教室に返し、私と新沼が札を片づけているといきなりそう言われた。怖かったのは言うまでもない。だって考えてみてよ、殺し屋が仕事をしないと言っても信用なんかできないでしょう。


「嘘つき」


「君は勘違いしてるよ。ペンギンはみんなが幸せになる方法を探しているんだ」


夢想家って言うんじゃなかったっけ、こういうの。でも嘘をついているようにも見えなかった。


「ねえ、嘘つきさん、さっきの質問の答え、教えてあげようか。覚えやすくて便利だからよ」


「合理的だね。僕たち、仲良く出来ないかな」


そうね、と一応肯定しておいたけど迎合する気はさらさらなかった。


「あんたの目的は何?」


「青森県の独立。って言ったら信じる?」


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