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国境なき戦争(上)


小林先生は今まさに職員室から出てきたところだった。猫背ぎみになりながら、嫌々扉を閉めている。


私が立ちはだかると、露骨に顔を強ばらせた。 


落ち着くためか窓の方に一端目を向け、私の方に視線を戻す。厄介な虫にでも出くわしたみたいな反応だ。


それだけやってようやく形だけの笑みを浮かべて応対してくれる。


「やあ、お迎えかな」


誰がそんなことするもんですか。少し大人だからって、すぐ余裕ぶろうとする。そういう態度が腹立つんだけどな。それでもいの一番に報告すべきはこの人だと思った。


「お話があります」


廊下には私と先生の他、誰もいない。絶好の機会だ。私は新沼の秘密を洗いざらいぶちまけた。


「えっ、彼がペンギン? それは確かかい」


「はい。ドローンが段ボールを運んできたし、その段ボールも家に保管してあります」


果たしてこれで良かったのかわからない。新沼は捕まって改心するのだろうか。まっさらな人間に。ペンギンと関わった人間は秘密警察に捕まり、思想教育を受けると聞いたことがある。


先生は私から話を聞き終わっても同じ所を行ったり来たりしたりして埒があかない。結論は出てるんだ。さっさと決めてよ。


「坂上さん。ひとまずこの件は僕に預からせてよ」


「えっ?」


私の聞き間違いだろうか。悠長なこと言ってる場合じゃないのに。


「彼がペンギンに関与していたとしても、犯罪行為に手を染めているとは限らないじゃないか」


「そんな! ペンギンを見かけたら通報しろって、政府が。それに青森を乗っ取るつもりですよ、あいつ」


そもそも武力で乗っ取られるケースはごく稀だ。沖縄をはじめとして、中央に見切りをつけた県や、自治体は結構ある。衰退する一方の地方都市がペンギンのおかげで潤っているという話も耳にする。


「出生率の増加や、経済的自立。ペンギンは国に出来なかったことをやっている。成果を出している。それに比べて僕らは……」


先生は苦しそうなうめきを立てた。


私たちの政府に出来なかったことをペンギンはやってのける。ペンギンという名前も皮肉だ。飛べない鳥が、今や自由を謳歌しているのだから。


「もう少し様子を見よう。短いつき合いだけど、僕は彼が悪人だとは到底思えない。君だってそうじゃないのか」


先生は性善説をのたまう。私は良いことも悪いことも知らない。自分が不快なことを遠ざけることしかできない。


「いくじなし」


ひどい言葉をぶつけて、私はその場から逃げ出した。


いくじなしは私の方だ。先生に重荷を押しつけて楽になろうとしてただけなんだから。



 二


教室に入りたくない。新沼と顔を合わせるのが辛い。


彼は違う世界から迷い込んできた異星人だ。こちらの論理が通じない。何話していいのかわかんないよ。


あっちからしたら、むしろ逆かもしれない。私たちが止まってしまっているんだ。淀んだ空気と重たい雪しか見あたらないこの土地で、私は雪かきくらいしかすることがない。雪かき機械の雪ちゃんとでも改名しようか。


かるただって、過去の人間の気持ちを完全に理解することなんてできやしないのだ。完全な自己満足で終わってしまっている。


どんなにてくてく歩いても、教室にはたどり着いてしまう。もういいやと、開き直る。


教室の扉を開けはなった途端、小さい何かが風を切って飛んでった。赤、青、緑と、色とりどりの蜻蛉みたいなものが、教室を所狭しと飛び回っている。蜻蛉がどうして?



中学生がはしゃぎながら蜻蛉を追いかけ回している。天井にぶつかった蜻蛉の一つが墜落して、私の足下に転がってきた。動きを止めていたのは、アメンボみたいな形にプロペラのついた小型無線機、ドローンだった。


「ねえ、雪ちゃんすごいよ、これ」


雅が鼻息荒く、私に近寄ってきた。中学生より興奮してる。何かがっかりだ。私が冷めてるだけなのかもしれないけど。


 「……、確かにすごいわね」


表面で冷静を装い、雅の肩を押し退ける。


中学生の手からボタン式リモコンを奪い、ドローンを停止させる。床にドローンは全部で八つもあった。それらをまとめて掃除用ロッカーに放り込む。


それから窓枠に寄りかかっていた新沼に近寄り、頬を平手でぶった。形ばかりで力は入れなかったから、新沼はあまり痛そうにしてなかった。



返事を待たずに私は椅子に座り、机にしがみついた。声に出さずにバカー!と叫んだ。


雅が新沼を気遣う声がやけにはっきり聞こえる。何でそいつの肩ばっかり持つんだ。雅なんかもう友達なんかじゃない。男に色目ばっか使ってばかばかばか。

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