故郷からの脱出
森の中を、テオグラードとリリアーナ、キリウェル、ミッヒとカイが馬で疾走する。
前方は、銀の狼を先頭に、数十匹の狼が連なる。
テオグラードの右頬をかすめ、前方の木に、矢が突き刺さる。
馬を、左に進めようとすると、左側にキリウェルが並び、強引に右側の道へと押される。
「アディに続いて!」
キリウェルが叫ぶ。
狼達の後を進むが、右側の道は、獣道で道幅が狭く、枝も低い位置にあり、走りなれた森の中の道でも、速度を落とさず進むのは厳しい状況だ。
だが、相手も同じだ。
さらに進み続けると、今度は左側の獣道へ。
先ほどまで、時より放たれていた矢が、なくなりはじめた。
森を抜けた。
左側の崖っぷちに、第一所領の砦が見えた。
その奥、大通りを挟んで向こうの崖っぷちには第二所領の砦。
第一砦には、人の姿はない。
リルの領地である第二砦から、矢が飛んで来る。
狼達が、第二砦の反対方向である右手、国境沿いの崖を進む。
まるで崖から落ちていく様に、狼達が消えていく。
リリアーナが小さな叫び声をあげる。
「大丈夫。しがみついて!」
馬一頭やっと通れる道が、崖を沿うように坂道となって下の森へと続く。
テオグラード達は、なんとか、第二王子の兵達が追いつく前に、下の森に、身を隠せた。
「追いますか?旦那~。」
軍師ヴァルが、テオグラード達を追っていた兵達に追いついた。
「人数は?」
「キリ坊、ミッヒ、カイに坊や。それに坊やの前に娘がいましたけど。」
昔から、ヴァルと一緒にいるガビが告げると、ガビと一緒に追っていたゴビがふざけた調子で、会話に入ってくる。
「坊やのくせに、女連れか?」
「あれは、コッツウォートの女じゃねえよ。たぶんフレールの女だな。金髪でキレイなおべべ着てたから、途中ではぐれたお姫様だな。」
ガビがゴビに答える。
「リル様の女を横取りか〜。」
「リル様の物でもねえよ!途中で同盟は取り消されたんだ。薄情野郎達にな。」
ガビは、心底呆れていた。
ヴァルは、話しに入らず、下の森を見ていた。
「前にいた狼達は何だ?」
「さぁ~。」
ゴビはどうでもよさそうに答える。
「第三領地にも、やたらと狼が居たらしいっすよ。しかし、キリ坊もなかなかやりますね。ちゃんと罠を、回避してましたぜ。」
ガビは、感心していた。
第二所領もそうだが、第一所領も、森に多くの罠を仕込んでいる。
ヴァルは、兵達に、罠へ誘導するよう追いかたを指示していた。
第一所領に間者を差し向けていたが、キリウェルも調べ済みだったようだ。
ただ、第一所領の者は、すべてにおいてずぼらで雑だ。
罠の場所や、変更も単純。1ヶ月起きの月頭に確認すれば、罠の場所が大抵分かった。
しかし、あの狼達はなんだ。狼達が、罠を避けて誘導していた?
ヴァルは、少し考えたのち、踵を返す。
「戻るぞ!」
「追わないんですかい?」
ガビが慌てる。
「5人なら、放っておけ。ガビ、敵兵を見たか?」
ヴァルの問いに、ガビは即答する。
「見やした。まぁ、あらかた坊っちゃんの報告どうりで。異形がほとんど。しかし、人間より小さいので、大きいのは、いませんでしたね。」
ガビの言う、坊っちゃんとは、隣国で、リルの母親の故郷リメルナの第三王子のミムだ。
リメルナは盗賊の国と言われている。
そう、リメルナは、まさに盗賊が国を乗っとった国だった。
元が盗賊上がりなので、騎士やら貴族などの生活や態度がとれるはずもなく、王子のことを平気で、坊っちゃんと呼び、王を頭と言ってしまう。
ヴァルのことも、旦那だ。
だが、コッツウォートでは、それがちょうど良かった。
ちょっとした情報のやり取りに、情報提供者が分かりにくいので、ヴァルは、正すことをしなかった。
「大きいのは、遅くてまだ来ていないのか?はたまた、誰かが抑えているのか?」
ヴァルが、唸るようにつぶやく。
「チコの旦那の嫌そうな顔が浮かぶぜ。」
ガビがつぶやくと、ゴビも心底嫌そうに、つぶやく。
「ハヴィの小言が聞こえてくる。」
「はぁ~。」2人してため息を吐き出した。
リメルナの第三王子ミムは、今回、リルの加勢に来た。
リメルナでは、外交を担当し、情報を集めている。
一人で、ふらりと旅に出てしまうこともある好奇心旺盛な青年だ。人見知りせず、誰からも可愛がられる人柄が、情報収集に大いに役立っていた。
ガビやゴビ、傭兵達のほとんどが頭の子供を自分の子供や弟や妹のように可愛がっていた。
当然、情報収集など自分達に任せてほしかった。回りは心配でたまらないのだ。
ヴァルは、一旦戻り、ミムを含めて話し合うことにした。
「ガビ、ゴビ! すまないが、コッツウォートのすべての領地を頼む。私は、リル様の元に戻る。」
「ヘイヘイ。お任せを~」
「お任せあれ~」
ガビが答えるとゴビも続く。
2人のふざけた返事を後に、ヴァルは主の元に急ぐ。
この国は、リル様のものになった。
これ以上敵の侵入を許さない!絶対に!