41-1 僕が何者でも僕を嫌わないで【メティス視点】
僕の婚約者候補達が集められた場で、全員が倒れてしまった事件の後からというもの、王妃は僕に婚約者を決めろと言わなくなった。
国王陛下も顔を合わせる機会があれば話しかけてはくるが、直々に僕の元を訪ねてくる事は無くなった。
そして、エランド兄上は数多く居た婚約者候補の中から、ウィズを婚約者として指名した。
ウィズを選ぶだろうという事は、エランド兄上の表情を見ていれば分かりきった事実だった。兄上はウィズの事を一人の女の子として好きなんだろう。
そんな周囲から僕自身も距離を取り続けていた、ウィズを避け始めてからもう二年は経っただろうか。
最近の僕は書庫と自室を行ったり来たりを繰り返すだけの生活をしていた。勉学は教師に「もう私が教えられる事はないです」と言われているから僕が学ぶ事は無い。ならば己の知らない事でも探すかと王家の書庫に日々籠もって知識を集めているが、最近ではどれも覚えてしまってつまらない。
懸念していたエランド兄上と僕の王位継承権争いは、僕が婚約者候補の令嬢達を気絶させたり、夢見が悪くて部屋をぐしゃぐしゃに破壊して当たり散らしたり、水龍院の無能な臣下を解雇したりと続けているうちに僕の評判は随分と悪いものになった。
対して兄上は全てにおいて完璧で、人望もあり兄上を慕い派閥に加わる貴族も増えた事により、王太子としての地位も磐石なものになった。
つまりは、このまま進めば僕の望み通りになるという事だ。
兄上は王太子となり、非道だと評判の第二王子が王権を握る事は無い。
ここまで来て、目標を達した僕が次に成すべき事が見えなくなった。
先の僕の未来で何をしたいのか、どれを選んでも軽々とこなしてしまうであろう実力が自分にある事を理解しているからこそつまらない。
明日も、明後日も、数年後も……僕はきっと退屈をしていて、きっと生きる事に飽きてしまうだろう。
僕のやりたい事……楽しい事とはなんだろう?
そう考えると決まって、ウィズとエランド兄上の婚約を打診した王妃や臣下、それに何度も僕に毒を盛って早く死ねと嘲笑う貴族、あの晩に僕の命を狙った刺客達の顔がチラついてどうしようも無い程の怒りに心が蝕まれていく。
いっその事……全てを破壊できたらいいのに。全てを無に帰せばこんな苛立ちもなくなるだろうし。
ニヤリと口角が上がる事を抑えられない。
試しに一人位消してもいいだろうか? いいよね、だって僕だって殺されかけているんだから、証拠が無くとも僕に毒を盛った上位貴族には目星がついているから、それを一人位殺してみてもいいよね。
嫌いなものが一つ消えるというのは、絶対に楽しい。
自室でそんな思案を繰り返して、消してみてもいいと結論に至った所で、腰掛けていた窓辺から降りて、出入り口の扉へと向かう。
嫌いなものを一つ、一つ消していけばきっと真っ白になる。そうなれば、僕が嫌ったこの世界も少しはマシになるんじゃないだろうか?
こういった感情を膨らませると決まって目が熱くなる、気分も高騰する、さあ誰を試しに消してみようかな?
重くのしかかる暗闇を背に、笑みを浮かべながらドアノブを回そうとした時。
『メティス様、執事から手紙を預かってきました』
ドアの先から聞こえたポセイドンの声にビクリと肩が跳ねた。
閉じこもって、全てを遠ざけ振り払う今の僕に手紙なんて送ってくる人物の心辺りは一人しか居ない。
さっきまで熱く沸騰していた頭が急激に冷えていく、入れと言うとポセイドンが扉を開けて部屋へ入ってきた。鎧の手には銀のトレーがあり、その上に手紙が乗せられていた。
「……誰から?」
「ウィズ嬢からです」
やっぱり、ウィズからだ。
身を屈めて手紙の乗ったトレーを差し出すポセイドンから手紙を受け取り、書斎机に座り直してからペーパーナイフで綺麗に開封した。
無言のまま開封した中身を読むと、拙い字で今日は何をしたとか、あれが美味しかったとか、パパがかっこいいとか、文章を読んでいるだけでまるでウィズが目の前にいて僕に話し聞かせてくれているような錯覚に陥る。
最近は特訓をしているとか、筋肉がどうとかいう話題も増えてきていて、君って貴族の令嬢なんだけど自覚ある? っていつも思いながらも笑ってしまう。
「はは……文章なのに勢いが伝わってくるのって凄いね」
そして、手紙の最後には必ず「いつ会える?」「遊ぼう!」と僕に会いたいのだと綴られている。
「メティス様……ウィズ嬢に会いに行かれないのですか?」
ポセイドンからの言葉を聞き流して、机の一番下の大きな引き出しにウィズの手紙をしまった。引き出しを閉じると魔道具が発動して、僕以外には開けられない仕掛けになっている、僕の心を誰にも見せない為の防壁だ。
「大切に手紙を仕舞う位なら会われた方がいいです、何を我慢する必要がありますか?」
「分からない事があるんだ」
ポセイドンに振り向き、冷え切った表情で首を傾げた。
「僕が望んだ通りにエランド兄上はもうじき王太子になる、その兄上の婚約者になるウィズと距離を開けるのは必然なのに、何故僕は彼女からの手紙を大切に取っておいているんだろう?」
「メティス様……」
「会わずに二年も経ったのに、何故僕はまだ彼女からの手紙を見て嬉しいと思ってしまうんだろう?」
距離を取れば思い出も感情も薄れて、多勢と同じように興味が無くなると思っていたのに、寧ろ会えない時間のせいで彼女の事を考える時間が前よりも増えてきている気がする。沸き上がる苛立ちが、彼女からの手紙で抑えられて癒やされてしまう事も何故なのか僕には分からない。
「僕は何がしたいんだろう」
「メティス様……」
「ポセイドン、もう下がっていいよ、今は一人にして」
最近はポセイドンを近くに控えさせるのも嫌だった、とにかく一人でいたいから。
それに慣れつつあるポセイドンはまだ何か言いたげにしつつも、頭を下げて部屋から出て行った。
窓辺に置かれた花瓶にはいつも青い薔薇を飾っていた。
使用人になんて摘まさせない、僕自身で薔薇の庭園へ青薔薇を摘みに行っていた。
枯れる前に、何度も何度も取り替えて、この薔薇が部屋に飾られていない日は無い。
最初は無意識にしていた事だったけど、今なら何故そうしているのか分かっている。
青薔薇は、ウィズが僕を見つけてくれた場所に咲いていた花だから。
青空のように晴れやかな笑顔の君が、美しい青い薔薇に囲まれてあの場所で僕を見つけてくれた姿を今でも鮮明に思い出す。
忘れようとしているのは僕なのに、その僕自身がウィズを忘れたくないと藻掻いているなんて、矛盾していて滑稽だ。
真っ白な便せんを取り出し机の上に乗せた、インクをつけたペンを握りペン先を紙に乗せるが、文字を書き込む事が出来ずにそのまま固まる。
今まで、ウィズに手紙の返事を一度も書いた事がない。僕の事なんか嫌ってほしいのに、冷たくあたっても諦めずに手紙を僕に送り続けてくれる事を嬉しいと感じてしまっている。
手紙の返事をしなければいつか幻滅してくれるだろうと思ったのに、ウィズは僕を諦めない。
「…………」
たった数文字の同じ言葉を手紙にいつも書いては君に出せる事なく捨ててしまう。
今日もその言葉を書いて、切なさと悔しさでペンを紙に押し込んでしまいインクがじわりと広がった。
『会いたい』
たったの四文字だ。
この言葉を伝える事も許されない僕と君を隔てる壁が憎くて憎くて、出せない手紙を封筒にわざわざしまって、そして握り潰してゴミ箱へ捨てた。
◇◇◇◇◇
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