30-1 「今日は僕とずっと一緒に居てくれるって言っていたのに」
「それは……一体どういう事なんだロッカス」
「まだでぃなーには早いよロッカス」
「なんで食べ物の話をしているんだウィズ?」
エランド兄様にたしなめられて首を傾げる。だっていまロッカスこんにゃくの話してたよね? 大丈夫、私は好き嫌いせずになんでも食べるからね! 例えコンニャクの丸焼きとか出されても喜んで食べるよ!
ロッカスはコソコソとエランド兄様に近づくと、小さな声で耳打ちした。
「ウィズ嬢の事でしたから、屋根裏部屋から話を盗み聞きしてたんですよ」
「またお前はそういう事を……」
「まあ今回だけはという事で、兎に角そこでウィズ嬢の魔力鑑定の話からはじまりまして……」
ロッカスは見てきた事を全て説明してくれた。
王様を囲んでえらーい人達が私の話をして、そのお偉い三人の人達が自分の組織に私を勧誘して、最終的に王妃様が私をエランド兄様の婚約者に命じると言った流れだったらしい。
でも私はそこから先の第三王子のラキシス君が泣き喚いて妖精が沢山やってきたというメルヘン展開の方が楽しそうでわくわくしちゃうね!
「本当に母上がそう命じたのか?」
「間違いねぇですよ、ヴォルフ様は激怒して拒否してましたけども」
何故かうきうきなロッカスと、困惑を隠し切れていないエランド兄様。私はよく分からない話なのでただ黙っているしかできない。
あれ? 黙っているといえば、さっきからメティスも全然喋ってくれないね?
どうしたのかなってメティスの方へ振り向くと、メティスは瞬き一つせずに固まっていた。微動だにしないとはまさにこの事だ。
「めちす? めちすー?」
「……」
「めぇーちぃすぅううーーーっ?!」
「え」
メティスのお耳を掴んで、耳元で大きな声で名前を呼ぶとメティスはようやく私の声に反応してくれた。
「どうしたの? ねむいの?」
「いや……ウィズは、いいの?」
「なにが?」
「兄上の、婚約者になるって話」
ぱちぱちと瞬きを繰り返して言葉の意味を考える。
こんにゃく……あっ、エランド兄様の婚約者ってお話だったのかな? 婚約者ってなんだっけ? 聞いた事ある気がするけど思い出せないな。 でも大好きなエランド兄様の何かになるって事だもんね、部下みたいな感じ? エランド兄様の為のお仕事みたいなの? お手伝い出来る事なら私でも出来るかな。
「どっちでもいいよー!」
「どっちでもって……」
「こんやくしゃって、何するの?」
メティスはぐっと口を閉じてから、視線を落としながら言った。
「将来、エランド兄上と結婚して……一生隣にいるって事だよ」
「ずっと一緒は嬉しいね!」
「そう……嬉しいんだ」
メティスは自嘲気味に笑うと、私から一歩離れた。
「じゃあ、よかったねウィズ、おめでとう」
「ありがとう?」
「僕は君との距離を測り間違えていたみたいだね」
どういう意味なのと聞こうと顔をあげて驚いた……メティスは無感情に私に微笑んでいたから。
初めてメティスから向けられてしまった、こんななんの感情も籠もっていない張り付いた薄っぺらい笑顔を。
「兄上の婚約者になるなら、僕とはもう遊べなくなるね」
「な、なんで?」
「でも君が選んだのが兄上でよかったよ、兄上ならちゃんと君を守ってくれるだろうから」
いつもよりもやや早めの口調でそう言って、メティスは笑みを浮かべたまま歩き出した。
「兄上、僕はもう戻ります、ポジェライト辺境伯が戻るまでウィズの事をよろしくお願いしますね」
「は……メティス?」
「それでは、またお会いしましょうウィズ嬢」
最後まで笑顔の仮面を被ったまま、メティスはポセイドンを連れて部屋から退室してしまった。
シン……とした静けさが部屋一帯を包む。
そんな凍り付いた空気の中で一番最初に口を開いたのはロッカスだった。
「俺……もしかしてとんでもない事、言っちゃいやした?」
「いや……いずれは知れる話だろう」
私はぼーっとメティスが出て行った扉を見つめていた。
もしかしてメティス、怒っちゃったのかな? 私がなにか怒らせちゃうような事言っちゃったんだねきっと。
さっきまであんなに楽しそうに笑ってくれていたのに、別れ際のメティスは感情を全て隠して仮面を被ったまま私に背を向けてしまった。
もしかして、これは喧嘩というやつでは?! 友達と初めての喧嘩だどうしよう?!
「め、めちすに謝りに行くぅ!!」
「落ち着けウィズ、今はヴォルフを待たないと」
「でもでもっ」
「メティスならまたいつでも会えるから、それにヴォルフが戻って来た時にこの部屋にお前が居なかった時の方が心配を掛けるだろ、わかるよな?」
「うん……」
エランド兄様に止められて、しょんぼりと肩を落として落ち込む。
メティスと仲直りしなきゃ、でもなんでメティスを怒らせちゃったのか分からないよ、どうやって謝ればいいんだろう。
落ち込んでしまった私に対してエランド兄様は別の方向に勘違いしてしまったのか、私の目の前に膝をついて座り、私の手を取った。
「もし俺との婚約が本当に嫌だったらなんとかするから」
「え?」
「俺達は貴族で王族だけど、まだ貴族としての役目も、恋も知らないお前に強要はしたくないよ」
「エランド様?! こんな最高の機会を逃そうなんてまさかそんな馬鹿な事をっ」
「ロッカスは黙っていろ」
エランド兄様はロッカスを一度睨んでから、私に優しく微笑んだ。
「お前がちゃんと物事を考えて判断出来るようになった日に、その時に俺を選んで欲しい」
「選ぶ?」
「ああ、俺はお前の全てを大切にして守りたいと思ってるから」
エランド兄様は私の手を取ると手の甲に口づけた。
「俺の小さなお姫様を幸せにする騎士が俺でありますように」
「にーさま?」
「兄様と呼ばれているうちはまだ無理かな」
エランド兄様はくすぐったそうに笑って立ち上がり、私の頭を撫でてくれた。
「エランド様、俺はアンタの未来が心配です……そんな子どもの頃からいい男オーラ振りまいて大人になった頃にはどうなってんだか」
「お前は時々訳の分からない事を言うな」
「自覚が無い……それが一番怖い」
エランド兄様の言った事を心の中で復唱しながら考える。
恋……恋かぁ、どうやら婚約者というものは少なからずそういった心が関係してくるようだ。
ずっと一緒に居るという意味でだけならエランド兄様が一緒にいてくれるならすっごく嬉しい。でも、それを選ぶとメティスとは今まで通りに遊べなくなるらしい。
恋って難しいな……私にはまだわからないや。
コンコンコンコンと大きなノックの音が四回部屋に飛び込んできた。
このノックの音はパパ! いつもよりノック音が多めで苛立ちを感じる気がするけど間違いない!
パパに飛びつく勢いで扉へ向かうと、開いたその先にいたのはやっぱりパパで、だけどその姿に驚いて目がまんまるになる。
「ぱぱ、どうしたの?」
「話せば長くなる」
パパの綺麗な髪はぐちゃぐちゃに乱れていて、ネクタイは曲がっているわ、髪を結っているリボンはほどけかけているわ、マントはしわくちゃだわで凄い事になっていた。
「きっと妖精にやられたんだな……ラキが泣き喚いたらしいから」
やれやれと頭を抱えるエランド兄様。パパは否定も肯定もせずに私を抱き上げると、エランド兄様を睨んだ。
「婚約者候補だ」
「え」
「王妃は婚約者だと言ったが、婚約者候補という事で最終的に話がついた」
パパはロッカスを横目で見て鋭い目で睨み付けた。
「どうやら話が漏れていたらしいからな、忠告をしておく」
「忠告?」
「ウィズを王家に嫁がせるつもりは微塵もないという事だ、帰るぞウィズ」
「っ待ってくれ!」
歩きだそうとしたパパの背に向かってエランド兄様が叫んだ。
「いつの日か貴方にも認めて貰えるような大人になれるように努力する! だからその時はっ、ウィズに想いを伝えるチャンスをくれないだろうかっ」
「……それは、俺が決める事じゃないだろう」
パパは私を抱っこしたまま今度こそ歩きだして、私は慌てて段々と遠ざかっていくエランド兄様に手を振った。
「エランド兄様ばいばい~!」
「……またな」
帰って行く私達の姿が見えなくなるまで、エランド兄様はその場から動かずにじっと私達の姿を見つめていた。
◇◇◇◇◇
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