27-2 闇の大精霊 アイビー
「わたくしと貴女の力が混ざり合ったまま暴走を止められたせいで、深く結びついてしまったという訳ですわ」
「つまり、どういうことなの?」
「これはまだ憶測ですが、こうして貴女が眠っている時に貴女の意識が深くわたくしの空間に潜れば、こうした邂逅が可能という事でしょう」
お姉さんは冷静を装いつつも、嬉しそうにしながら私を見つめている。
「わたくしの空間に潜れる前例はありますから間違いありませんわ、貴女には痛い思いをさせてしまいましたが、お会いできるようになるのなら前以上にお力になれるというもの」
なるほど、と頷きつつもまだ釈然としない気持ちが付きまとう。お姉さんは闇の精霊だというけど疑問がまだ沢山ある。
私が知る限り精霊はポセイドンみたいに契約者と一緒にいたり、人間と精霊の同意の上で契約できる筈。なのに、お姉さんとは契約した覚えもなければ、肉眼で捉えられる範囲には居ない。魔力は五行属性あり、特殊例として光属性があるって習ったばかりだけど、闇属性はどこに位置するんだろう?
「お姉さんはなんで自分の力を鑑定されるのいやだったの?」
「そ、それは、わたくしの力は特殊でしょう? 闇属性の魔法など、認知されていませんもの」
「そうなの?」
「そうですわ……それに、わたくしの存在がバレてしまえば厄介な者達に貴女が狙われると思って」
歯切れ悪くお姉さんは語り、組んだ手の中で親指をくるくると交互に回転させていた。
「私は誰に狙われるの?」
「……」
お姉さんは黙り込み、何も語らない。
聞こえなかったのかな? と思い、別の質問をしてみた。
「お姉さんはなんでここにいるの? ウィズと契約している精霊さんなら、ポセイドンみたいにウィズの隣に居てくれないの?」
「ポセイドン……」
お姉さんはぎゅっと手を握りしめ、首を横に振った。
「申し訳ございません、私はここから出る事は出来ないのです」
「どうして?」
「えっと、その……」
もごもごしているお姉さんに首を傾げながら待っていると、お姉さんは勢いよく叫んだ。
「わた、わたくし! 引きこもりなのですわ!」
「ひきこもりー?」
「え、ええそうですわ! 外の世界が怖くて仕方が無いのです! 自分の創った空間に引きこもっていたのいです!」
「で、でも……」
「ビバ引きこもりライフですわ!!」
否は認めないという勢いでお姉さんは叫んで親指をぐっとたてた。
うんと、お姉さんが外に出るのが嫌って言うんならいい……のかな? 嫌がっているのに無理に出てきてというのも駄目だもんね。
魔力が暴走しちゃうくらいだから、相当外の世界が嫌いなのかもしれない。
「じゃあ、お姉さんはここに居るけど、ウィズに力を貸してくれるの?」
「勿論ですわ、わたくしと貴女の力は繋がっています、貴女の為にお使い下さいまし」
お姉さんはさっきからずっと嬉々とした顔で私とお話してくれる。全力で感じる好意に、お姉さんにとっての私の存在の大きさについて不思議に思う。
「おねえさん、ウィズね、力がほしいの」
「力ですか?」
「うん、ウィズ何も出来ない子はやなの、無くしたくないから強くなりたいの」
ママと弟君が襲われた事件の時、私がもっと強ければきっと助ける事ができた。もしもこの先、同じような事に直面したら? 大切な人が目のまえで奪われて失われてしまうのを見る事しか出来ないだなんて、そんなの苦しくて辛くて堪えられない。
だから私は、大切な人を守る為に強くなりたい。
決して失う事のないように、強く。
「そう……ですか、それが貴女の望み、なのですね」
お姉さんは困惑するように指先を唇にあてて少し考えた後で頷いた。
「分かりましたわ、わたくしの魔力の使い方を貴女に教えていきましょう」
「ほんとー?!」
「ええ、ですが貴女がいくら魔力が強いからとは言えまだお体は子どもです。無理はしないと誓ってください、わたくしも貴女の成長に合わせて魔法の使い方を伝授していきますわ」
「ありがとうございます!」
やったーやったー! 魔法の先生が出来ちゃった! これで戦えるようにもなれるよね?!
「ですが、わたくしの力は特殊なものですから……貴女は周囲の人間達から好奇の目に晒されるかもしれません、それでも?」
「だいじょうぶです! ウィズ、ヴォルフパパのこどもだから!」
お姉さんはキョトンと目を丸くしてから、クスクスと笑った。
「いいでしょう、ではわたくしの力の一部について少しだけお話しておきますわね」
お姉さんは杖を空高く振りかぶり、それを私に見せた。杖の先端は丸く、中は宇宙のように煌めく青い球体になっていた。細長い針が二本付いていて、わずかに動いていた。
「簡易魔法では、対象者を眠らせる、己の気配を薄くするという事が可能です」
「あ! 前にやってくれた魔法!」
「ええ、そうですわ。あれはわたくしが貴女に干渉したものですが、貴女も魔法を覚えれば自分の意思で発動可能となるでしょう、まずはこの魔法を教えていきます。そして、貴女が成長し、魔力が安定した頃に高度な魔法も教えてゆきます」
「高度な魔法?」
「未来と過去を見る事が出来る、時を操る力ですわ」
時を操る力……?
「膨大な魔力を消費しますので訓練はまだ先になりますが、いずれは使う事が出来るでしょう」
私はぱちくりと瞬き、動けずに居た。
「このような力ですので、あまり公にはされませんように。悪用したいと企む愚か者は腐る程いる事でしょう。貴女の身の安全の為にもここぞという時にしか使ってはなりませんよ」
「……」
「そして、この力に溺れないでください。この力を使えば富名声を手に入れる事も可能でしょう。ですが、どうか私利私欲の為には使わないでください」
「……」
「あの……? まさか、本当に私利私欲の為に使いたいと願う訳では」
お姉さんの顔色が悪くなっている、しかし私の顔はそれ以上に青くなっている筈だ。
「……どーんは?」
「は? どーん、とは?」
「ドーン! って、激しい破壊をできるこうげき魔法はないの?!」
「物騒ですわ!!」
「パパみたいにどかーんって攻撃して一件落着ってできちゃうみたいな、ヒーローが使うみたいな魔法はーーっ?!」
「ありません!!」
「体がムッキムキに巨大化して拳ひとつで敵を殴り飛ばす力はーーっ?!」
「ある訳ないじゃありませんの!!」
「やぁんっ!!」
どかーんってど派手な攻撃が出来る魔法がよかったぁ! 物理的な攻撃が出来る魔法がよかった!! 時を操ったり眠らせたりとかそんなの地味ぃ!!
「今地味って思いましたでしょう?!」
「なんでわかったのお姉さん!!」
「地味じゃありませんわよ!! この力をどれほどの人間が欲した事か!」
「ウィズは物理的破壊できるつよい力がほしいの!」
「そんな物理攻撃ならお父上様に直接訓練してもらえばいいじゃありませんの!!」
あ、確かにそうだ。やっぱり強さは物理的筋肉に限るよね! やっぱり毎日筋トレ続けて、パパに訓練もつけてもらって物理的に強くなろう!
お姉さんはふかーい溜息をついて頭を抱えた。
「物欲が無い方でしょうとは思っておりましたが、ここまでとは……」
「ウィズの魔力はねぶそくのみんなに使っていくね!」
「寝不足治療に貴重な魔法を使わないでください」
闇の魔法って凄く破壊してくれそうな感じなのに、実際は地味なんですね。
うんうんと頷き、そういえばと重要な事を思いだした。
「お姉さん、お名前は?」
「なまえ……」
「うん、そう! ウィズはね、ウィズっていうの! お姉さんは?」
「そう、ですわね」
お姉さんは言葉を失い、視線を逸らした。
「わたくしの名前は、その、貴女が名付けてくださらない? 自分の名前があまりすきではないの」
「そうなの?」
「ええ、ですから貴女が好きなように呼んでくれればいいですわ」
「じゃあ、ムキムキうさちゃっ」
「筋肉とゴツイ名前以外のものにしてくださいませ!!」
流石私を赤ちゃんの時から見守ってくれていただけあって、私の好みは熟知しているらしく、すぐに止められてしまった。ムキムキうさちゃん可愛いと思うんだけどなぁ。
どんな名前がいいかと考えようとお姉さんを見上げると、ふと名前が頭に浮かんだ。
本当に不思議な事だけど、無理矢理考えて絞り出した訳でもなく、自然に名前が浮かんできたのだ。
その名前を認知すると、もうそれしかないだろうという気にもなり、お姉さんとその植物の名前を重ねてみた。
(上品で強く、枯れる事なく伸び続ける植物。うん、お姉さんにとてもよく似合う)
(永遠の関係性)
「じゃあね、お姉さんの事【アイビー】って呼んでもいいかな?」
お姉さんの瞳が大きく見開かれ、すぅっと息が深く吸い込まれた。
気に入るかなって反応を待っていると、お姉さんはピンク色の瞳からボロボロと涙を零して泣き出してしまった。
「お、おねえさんっ?!」
「……っ、……ぅうっ」
そんなにこの名前嫌だったかな?! やっぱりお花とかの名前の方がいいかな?! でもでもお姉さんに似合うと思っちゃってわたしっ?!
「ご、ごめんなさい! いやだったんなら別のお名前っ」
「ちがいますわ……」
お姉さんはぎゅっと胸元で手を握ると、心底嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しくて……ありがとうございます」
「き、気に入ってくれた?」
「勿論ですわ、わたくしは今日から、アイビーと名乗る事と致しますわ」
「うん!」
名前を気に入って貰えてよかった! もっとお姉さん、アイビーとお話しようと、新しく出来た友達に胸弾ませていると、ぐにゃんと私の足下の水面が揺れた。
「あれ?」
「もう、お帰りの時間ですわね、貴女の体が目覚めるのでしょう」
「もうなの?!」
足下の水面は段々と波打つ速度が上がっている。つまり、アイビーとのお別れの時間という訳だ。
「アイビー! また会える?」
「ええ、近いうちに」
「うん!」
足下の水面が大きく揺れ、吹き上げた水柱に体が呑み込まれた。そのまま水中へと引きずり込まれていき、私の魂は私の体の中へと戻って行く。
水面の先で、アイビーは控えめに手を振って最後に一言私へ告げた。
「いつの日か全てを理解した日に、一緒に乙女ゲームのお話でもしましょうねウィズ様」
◇◇◇◇◇
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