25-1 魔力について勉強しよう!◆
メティスは簡単な講義だって言ってた……言ってたよね?
魔道士の人が黒板を背に淡々と魔法について教えてくれる、私達貴族の子ども達はその先生と向き合う形で、段々に高さの違う長いテーブルに、何組かに分かれて、横一列に並んで席についている。
私とメティスが座っているのは中央テーブルの一番後ろ……なのは良いとして、魔導師の人の説明が難しくて、置いていかれないようにする為に必死になって私は開眼していた。
「つまり、あなた方貴族はその身に宿った魔力かを公使し精霊と契約が可能です、属性魔法の魔力値を計測しそれに似合った精霊と契約する事が重要となります。精霊とは我らの世界と表裏一体となる存在であり……」
わけが、わからない、ね。
そう思っているのは私だけじゃないようで、周りの子ども達もポカンと口を開いている。
「こんな簡単な説明いらないと思うんだけどね」
「簡単?!」
全然理解が追いつかないのだけど?!
私が半泣きになって、分からないと首を横に振ると、メティスは小さく笑った。
「ここで教えられるのは形式的なものだから、詳しい事は家で教師に教わると思うよ」
「めちす分かってるならウィズに教えて~! 魔法についてちゃんとしりたいの!」
「ふふ、じゃあウィズが分かりやすいように、重要な所だけ教えようかな」
メティスは手元の紙を裏返して、そこに星マークを描いた。そして星の五カ所の角に上から時計回りに【木、火、土、金、水】と文字を書いた。
「この世界の属性魔力の根源はこの五つの魔力から構成されていると言われているんだ」
「五個あるね?」
「そう、これを筆頭に魔力属性はもっと沢山枝分かれしていて世界には沢山の魔力属性がある、けれどこの五つの魔力は世界を構築する為に生まれた原点の魔力とされているんだ」
「パパは氷だよ」
「氷属性の魔法は水属性の魔法から連なる魔法だよ、全てはこの五つの魔力、五行思想の魔力から生まれて広がっていったとされているよ」
ふむふむ、じゃあ、火属性の魔力持ちのエランド兄様は凄く強いってことになるのかな。
「この属性魔法は主に貴族だけが生まれながらに持っている魔力なんだ、平民に属性魔力が宿る事は滅多にない、魔力とは血で受け継がれるものだから、遙か昔に属性魔力持ちの人間が世界を混沌から救い地位を得て、今の貴族となり広がっていったというのがルーツみたいだ」
「ぞくせー魔力持ちは貴族だけね!」
メティスのお勉強を忘れまいと必死にノートに蛇みたいな文字でメモを取っているとメティスは微笑ましいというように笑った。
「僕達貴族は属性魔力を持っているからこそ、その力を使って国を動かし民を守るように、というのがお仕事だよ」
「お仕事!」
「うん、あと属性魔法とは別に無属性魔法というものもあるんだ」
「む、むぞくせい?」
「無属性魔法は平民にも宿っている魔力の事だよ、その魔力で魔道具やらを動かすんだ。例えばウィズの家にある暖炉、あれの火の点火は暖炉に備え付けられている魔石に無属性魔法を注いで点火しているんだよ」
「そうなの!?」
「魔石で作られた道具の事を魔道具と呼んでいて、無属性魔法を使えば誰でも使用する事が出来る、けれど魔石は大きさによっては高値で取引されている、大きければ大きいほど力の強い魔道具が作れるからね」
頭から煙が出そうになり、目が点になりながら口をぽかんと開けてしまう。
「大丈夫? 説明はもうやめる?」
「ま、まだだいじょうぶです、沢山知りたいのでおねがいします!」
「ふふ、素晴らしい探究心だ」
メティスは紙に怖い牙を生やした魔物の絵を描いた後、それにバツをつけて、隣に魔石の絵を描いた。
「魔石というのはね、魔物を倒した時じゃないと発掘されないんだ。魔物を倒すと魔物は魔石を残して亡骸は燃え尽きてしまう。強い魔物ほど高価な魔石を落とすんだ、だから魔石を手に入れるには命の危険も伴う。だからこそ魔石の値段も高い」
「なるほどぉ……」
「ここまでが属性魔法と、無属性魔法の説明だよ」
メティスは最初に描いた五行の絵をペン先でトントンと叩いた。
「何故僕達貴族が子どもの頃に魔力測定を受けなくちゃならないのか、という話になるけど、将来精霊と契約する為だよ」
「せいれい……?」
メティスの後ろに控える鎧姿のポセイドンをチラリと見る。
ポセイドンは水の大精霊という事は聞いているけど、ポセイドンみたいな精霊がこの世界にはまだまだ居るのだろうか?
「僕達が生まれながらに持っている属性魔法だけではその力は微々たるものだけれど、精霊と契約する事が出来ればその魔力量は劇的に増幅するし、自由自在に操れるようになる。精霊と契約する為には、その精霊の強さに見合う魔力量を持ち、更には精霊に認められなくては契約はしてもらえない」
「う、うんうん」
「精霊達にも強さの階級が存在する」
メティスは今度は三角形を描いて、その中に横線を引いて4つの枠を作って下から【妖精、精霊、中位精霊、大精霊】と文字を書き込んだ。
「妖精は魔力が弱いし自然界を愛していて人には懐かない、精霊の世界の中では最弱と言われているし契約出来る人間は例外を除いてまずいない。通常の精霊は条件さえ満たせば人間と契約してくれる事から契約出来る貴族が一番多い。問題は中位精霊から」
メティスは中位精霊という文字を丸でくくった。
「通常の精霊と中位精霊の力の差は雲泥の差がある、中位精霊は魔力量も知能も高い、けど人間と契約するに当たっての条件がとても厳しい。魔力量は勿論の事、課せられる試練も命がけになる」
「じゃあ、中位精霊との契約はむずかしいの?」
「相当の実力者じゃないと無理だろうね、それで最後に……大精霊」
メティスと契約した、ポセイドンの事だ。
ポセイドンの本来の姿は白い龍の姿をした水の大精霊。なんでも、ポセイドンの方からメティスの元へ趣いて、そのまま契約したらしいけど……?
「大精霊は、簡単に説明すると王様だよ」
「王様? 偉いの?」
「偉いというか強いんだ。精霊達はその強さで序列が決まるからね。火の大精霊は火属性の精霊の王様、木の大精霊は木属性の精霊の王様、そして水の大精霊は……」
水の精霊の王様!
キラキラとした目でポセイドンを見上げるけど、ポセイドンは目を合わせようとしない。
じゃあメティスは水の精霊の王様と契約してるって事?! それってかなり凄いことなのでは?!
「大精霊と契約する為の条件はない」
「ない、ってどういうこと?」
「人間から出向いても契約なんてしないって事だよ、大精霊と契約する時は大精霊から対象の人間に契約を申し込んできた時だけ、その可能性は限りなくゼロだけどね」
じゃあ、ポセイドンはメティスを気に入る理由があって、メティスに契約を申し込んだのかな? 水の精霊の王様と、王子様のコンビはそれってもう最強ですね?!
「ああ、因みに」
メティスは私のほっぺをぷにぷにと突いて笑った。
「君の父君は氷の大精霊と契約しているよ」
「そうなの?!」
「詳しくは本人に聞くといい、とまあ、ここまでが一般的な精霊の情報で、一つだけ例外の精霊がいる」
メティスは五行の絵の隣に【光】と記した。
「光の大精霊の存在だ」
「光の、大精霊?」
「光の大精霊の下には妖精も精霊も中位精霊も居ない、光の精霊はただ一人だけであり、この者が契約する人間は【勇者】と【聖女】の称号を与えられた者のみなんだ」
「勇者さまと、聖女さま……?」
「君も少しは聞いた事があるだろう? この世界は幾度となく魔王に襲撃されていると。魔王は倒しても、封印しても、年月を得て必ず甦り人間達に牙を向く。
光の精霊は魔王が甦った時にだけ人間の勇者と聖女の二人と契約をして魔王を倒す。魔王を倒せば契約は解除され、光の精霊はまた世界の何処かに身を潜め、魔王が甦る日を待つという」
「光の大精霊は、魔王を倒す為にだけ力を貸してくれるの?」
「そうだよ」
光の大精霊は魔王を打ち倒す為の、人間の味方……という事だろうか?
なら、魔王という存在は一体なんなんだろう?
「めちす、魔王は?」
「魔王?」
「魔王ってなあに?」
「人間にとっての敵だよ、世界を滅ぼさんとして人間を殺そうとするから」
「なんで殺そうとするの?」
「なんでって……」
「なんで人間がきらいなのかなぁ」
私の全ての質問に答えてくれたメティスも、この質問にだけは即答できず困ったように微笑むだけだった。
倒されても甦って、何度も何度も人間を襲うという事には大きな理由がありそうなものなんだけどな。
何か、私達人間が知らないような、憎むべき理由がそこにある気がした。
「まあ、とにかく僕達が魔力鑑定をする経緯は分かったかな?」
「うん! すごくわかりやすかったよ! ありがとうめちす!」
「それはよかった、じゃあ属性魔法の鑑定の仕方についても説明を……」
うんうん、と前のめりでメティスのお話を聞き続けようとした時、私達二人を見下ろす影の存在に気がつき、ふと顔をあげた。
「どうぞ私の存在は気にせず続けて下さい」
ひゃあっ?! 講義をしていた魔道士の人が目の前に立ってる?! いつの間に?!
「ウィズ、彼はライアン・グランデン次期公爵、城の魔力鑑定士をしている者だよ」
メティスはライアン様に笑顔で応対する。
「すみませんグランデン公子、講義内容が随分と退屈だったもので自習をしてしまいました」
「退屈……?」
ライアン様は眼鏡の奥で眉間の皺を深め、キツい眼差しでメティスを見下ろしている。
あわわわっっ?! 魔力鑑定前から喧嘩はだめ! だめだよ!!
「ごっごめんなさい! 講義がたいくつだったんじゃないんですっ、むづかしくってっ、それでね、めちすに教えて貰っててっ」
今度はギンッと私がライアン様に睨まれてしまった! 怖いですね!!
「やめろグランデン公子、子ども相手にする講義のレベルを計りかねたお前が悪いだろう」
メティスにキツい口調で注意して睨まれ、ライアン様はぐっと唇を噛んでから、眼鏡を人差し指で押し上げた。
「もう結構です、講義も終わった所ですし、呼ばれた家順に魔力鑑定を受けるように、以上」
それだけ告げると、ライアン様は階段を下りて扉から部屋の外へと出て行ってしまった。
「は、迫力があるひとだねぇ」
「よく僕に突っかかってくるんだよね、まあ慣れたけど」
こんな人達にメティスはいつも付きまとわれているのかな、それってとても疲れる事なんだろうな。
少しでもメティスの疲れが吹き飛びますようにって願いを込めて、両手でメティスの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「え? な、なにウィズ?」
「めちすお疲れさまぁ! いいこいいこ~!」
「突然なにっ、あははっ、くすぐったいっ」
メティスは私に頭を撫でられながら「やめて」と良いながらも楽しそうに笑っていた。
「ポジェライト辺境伯家、ウィズ・ポジェライト様、鑑定の間へどうぞ」
メティスとじゃれ合っている内に魔力鑑定が私の番になったようで、案内の女の魔道士さんに名前を呼ばれてしまった。
「アリネス、パパは?」
「もうじき来る頃かと思いますが……」
パパはまだ来ていない、お仕事忙しいんだろうなぁ。
「ヴォルフがまだ来ていないなら、先に僕が鑑定を受けようか、その後なら間に合うかもしれないし」
「えっ、いいの?」
メティスは王族だから、鑑定は一番最後なのだと聞いていたのに、私に合わせて早めてしまってもいいものなんだろうか?
「その方が僕も都合がいいんだ、予定通り最後に鑑定をするとはしゃいだ父上が見に来てしまって正直面倒くさい」
「面倒くさい?!」
メティスもう反抗期なの?! はやすぎない?!
煌めく笑顔のメティスに背を押されながら私達は歩き出す。
「じゃあ僕が受けてからウィズが鑑定を受けようね、きっとそれまでにはヴォルフも来る筈だよ」
「え、あう、いいのかなっ」
「面倒事は避けて通った方がいいんだよ」
王様の事面倒事って言ってるーーっ?!
メティスは鑑定士の人に自分が先に受けるという旨を伝え、魔道士さんが渋ったものの言葉で説き伏せて、結局先に受ける事を決めてしまったのでした。




