20-1 守りたいは優しい強さ(エランド視点)
気がついた時には、心の中心にはいつも同じ女の子の姿があった。
前まではメティスへの罪悪感や、周囲からの言葉の裏側の悪意への恐怖でいつも気を張っていなくてはいけなかったのに、なんだか最近はウィズの事ばかり考えていて、他の事を考える暇があまり無くなっているように感じる。
「エランド!」
公務へ出掛ける為に城内の廊下を護衛のルイとロッカスを引き連れて歩いていた時、後ろから声を掛けられた。
「ゼノ」
黒髪で短髪の六歳で同じ歳の少年ゼノ・ウォード。俺の乳母はゼノの母親であり、つまり赤子の時からずっと兄弟同然に一緒に育った幼なじみでもある。
更に言うなら、ゼノの父親は英雄ディオネだ、この国の竜騎士団長である彼に連れられてゼノもよく城にやって来る。
「俺はこれから父上に稽古をつけてもらうんだ! エランドもやらないか?」
「是非と言いたい所だけど、今日はこれから公務があるんだ」
「こうむ……?」
「戦争後に溢れた魔物の残党狩りに遠征に行っていたポジェライト辺境伯が王都に帰還するからな、父上の名代として迎えに行ってくる」
普通の王族なら家臣の出迎えになんてわざわざ行かないだろうけど、今回は特例だ。ポジェライト辺境伯もまた英雄の一人であり、国最強の魔術師。
父上は自ら出迎えに行きたいようだったけど、国王という役割故それも敵わず、せめてお前が頼むと泣く泣く俺にこの役目を頼んできた。
周囲がどう騒ごうが、英雄である四人の間には身分も軽々と越える程の絆が存在しているんだろう。正直、ここまで信頼し心を許せる仲間がいるという事を羨ましく思う。
ゼノは俺の予定を聞いて目を丸くしてから、ふてくされたように視線を落とした。
「俺も着いて行きたかった」
「ゼノ坊ちゃんはまだ子どもだからなぁ! 少なくともこのロッカスを倒す位強くなって貰わなくちゃエランド様の護衛は任せられませんよ?」
「おいロッカス!」
ルイに睨まれてもロッカスはガハガハと大きな口を開けて笑っている、これで悪気は一切ないんだよな。
「わかってる、俺はまだ弱いんだろ」
ゼノは悔しそうに顔を歪めて、腰に携えた木刀を力いっぱい握りしめた。
「でもすぐに大きくなって強くなってやるからな! そうしたらお前と肩を並べて、嫌な奴等はみんな俺が倒してやる! 待ってろよ兄弟!」
大まじめにそう言い放ち、胸を張って真っ直ぐにそう発言したゼノに思わず「ふはっ」と笑いが零れ落ちた。
本物の兄弟よりも長い時間一緒に居て、絆を深めた俺の乳兄弟。奴はとことん俺の味方でいてくれるといつも口癖のように言ってくれる。父上には英雄の仲間達が居るように、俺にとってもゼノがそんな存在になればいいのになと、最近願うようになっていた。
「だそうだロッカス、お前の立場も奪われかねないな」
「エランド様の護衛は譲らねぇぜっ!」
「いえ、ゼノ様ならもっと上を狙えるでしょう」
ルイは嬉しそうに笑い頷いた。
「失礼ながら、期待していますゼノ様」
「任せてくれ!」
ゼノは大きく頷いて、そういえばと疑問を口にした。
「ポジェライト辺境伯って、なんか聞いた事ある名前だな」
「あれっすよ、エランド様のお気に入りの御令嬢の家のお名前ですって、ポジェライト辺境伯はウィズ様のお父上ですよ」
ロッカスの言葉を聞いてゼノの顔が一気に不機嫌なものに変わった。
「ああ……メティス王子とよく一緒にいるあの令嬢か」
ゼノは良い奴なんだが、真っ直ぐすぎて融通がきかない所がある。俺の事を兄弟の様に信頼してくれている一方で、そんな俺への害意が許せないと嫌う。
この王城も上辺だけ取り繕い、裏では腹に何を抱えているか分からない奴等も多く居る。
そんな中で、俺とメティスが王位継承やらで不仲であるという噂をゼノは完全に鵜呑みにしていて、メティスに対する敵意が強い。つまりは、メティスの味方である者達はゼノを敵として見なしているようだった。
俺は……俺が兄でいるせいでメティスを傷付けて、憎まれているという後ろめたさがあるから口が裂けても「昔のように仲の良い兄弟に戻りたい」なんて本音は言えない。だから、メティスを守る為にもこの手の話は曖昧な笑みで躱していく事しかできない。
ウィズがメティスに気に入られているという事もゼノは知っていて、敵意が丸出しなようだ。
「お前にも今度紹介するよ、父親のヴォルフ様とお前の父君のディオネも盟友だろう? きっと気に入る筈だ」
「お前とメティス王子の間をフラフラしてる尻軽女なんて興味無い」
フンッと鼻息荒く顔を背けてしまった。いやいや尻軽って、ウィズはまだ三歳なんだが。
「尻軽とは言い過ぎですが、確かにメティス様と仲が良いのは私も存じています、エランド様が最近ポジェライト家の屋敷に行けないのはメティス様がほぼ毎日あちらに来訪していて、エランド様は遠慮されいるでしょうし」
「マジかよ! どうりで最近ウィズ嬢の姿が見えないと思ったら!」
「更に、本日ヴォルフ様をお迎えする際に、ウィズ嬢に付き添われているのがメティス様だとも聞いています」
「んなぁっ?! こうしちゃいられないぜ! メティス様が出発するより早い時間にっ、朝の三時頃に城を出て先に会いに行きましょう!」
「お前は俺を不審者にするつもりなのか?」
「俺はエランド様の嫁さんはウィズ嬢がいいぜ!」
「私もです」
ロッカスとルイは前のめりに頷いてくる。少し前までは自分で決めてくださいと言っていたのにどうしたというんだ。
「こうなったらメティス様を回避してウィズ嬢と婚約する為に……使いますか? 裏ルート」
「やめろ、真面目な顔して恐ろしい事をさらっというなルイ」
「いざとなったらウィズ嬢をひょいっと掴んで連れてきますぜ!」
「ロッカス、地下牢に入りたくはないだろう?」
「冗談ですって! それくらいの気持ちで協力するってぇ意味で!」
二人は何故急にこんな事を言い出すようになったんだか。頭を抱えて、ハァと溜息をつく。
「とにかく、ゼノ、俺はもう行かなくてはならない、この件についてはまた今度話そう」
「わかった……」
「じゃあ、行ってくる」
ロッカスとルイに「行こう」と促し、歩きだす。
何も気づかないフリをしていたが、先程からずっと感じていた視線の先、柱の陰に体勢は変えずに視線だけを向けた。
やはり見られていたか……あれは確か、水龍院の幹部の一人ライアン・グランデン。
魔法鑑定士だったと記憶していたが、最近やたらと見張られている気がする。
彼は密かに俺を睨み付けていたが、俺と僅かに視線があったと気づけば直ぐに身を隠し、姿をくらませてしまった。
歩みは止める事なく、内心舌打ちをする。何を企んでいたのやら、これだから城内は気を抜けない。
こんな心労が絶えない場所であるせいか、ふとした時にウィズの無邪気な笑顔が見たくなってしまう事がある。会えない日が多くなると思い浮かぶ頻度も増えているようで、それが不思議だけれど、この感情にまだ名前をつけられないでいた。




