ギザキの戦い 〜31〜
光と闇の狭間で戦うギザキと姫の物語
31.終幕
その頃……峠近くの宿屋に来客があった。
つむじ風が宿の食堂に埃を舞い込ませる。洗い物をしていた宿の亭主が顔をあげた時、カウンターに見慣れた顔が座っていた。
「ほぅ。決闘は無事に終ったのかね? あぁ、婚儀の手伝いだったな。明日でいいのか?」
「いや。婚儀は……当分、延期じゃ。城が……壊れてしまったからな」
「……ほぅ。ま、気にせず少し休んだらいいだろう? 千年もの間、ずっと護っていたのだからな。何れ……そう遠くない内に叩き起こされるさ。魔王との戦いの時に。アンタはその時に必ず必要なんだからな……」
「ああ。そうさせて貰うよ。だから……頼みが在る……」
「何だ? 取り敢えずワインでもやるかね? 何、婚儀用に取り寄せた飛び切り上等なワインだ。一つ味見してくれ。料金はツケておくから心配するな」
「ありがとう。それ……で……頼みと……言うのは、尼僧じゃよ。光の杖を持つと言う……若き尼僧が……戦いの前に訪れたら……城を……この儂を直してくれるよう頼んで欲しいんじゃ……戦いの前に……婚儀を上げて……あの二人の……婚儀を済まして置かんと……心置きなく……戦えんからな……頼む」
「判った。なんだ。もう寝ちまったのか? せっかちな奴だ」
宿の亭主がグラスに深紫の液体を注ぎ終ったと同時に老執事の姿は消えていた。カウンターに少しだけ石埃を残して。
「約束だ。このワインは前報酬として儂が貰っておくよ」
亭主はグラスを持ち、指でチンと軽く弾いてから飲み乾した。心の寂寥と共に年代物のワインを。
「うわぁ! こんな所に出るんだ。綺麗……」
ノィエの荷物の中に在った一対の古き札。それは城の隧道から何処かの空間を繋げる物。そして出た所は山を二つ三つ越えた辺りの高原だった。高原に見捨てられた旅人の門に繋がり、二人は城を……古き城の残骸を後にした。
(なんで、こんな事になったのか……)
数日前には思いもしなかった状況。
夕闇が高原の長草を金色に染めている。その中、一人で燥ぐノィエをただ見つめながら後をついて行く。
だが、この状況は……悪くは無い。少なくとも……心が闇に縛られていない自分を自覚している。この状況にいる自分を受け容れている自分自身がいる。
(……誰かが側にいるという事は……こういう事なのか)
側に自分を必要とする者がいる。ただそれだけの事がこんなにも心を安らげる事なのか。ギザキは今、この時まで生きていた事を、ノィエに逢った事を、そして今、二人でいる事を……自分の運命と言う物に感謝していた。
心の闇の中で、誰かが微笑んでいる。仄かに耀いて微笑んでいる。
「ギザキ! アレって海?」
ノィエが指差し示す先は……遥か彼方の海。夕日の赤を溶かし仄かな橙色に眩く染まっている。
「……あぁ。そうだ」
心の闇の中に灯る仄かな想い出。心の中で闇の中に浮かぶ愛しき者たちが仄かな……夕映えのような光となって心を染めて消えていく。……いや、消えたのでは無い。
心の中に融けていく。心と一つとなって……仄かに光り輝いている。
心の闇を消して……
(……ありがとう。総ては……俺が此処にいるという事が、それだけが総てだ)
「綺麗……海ってこんなに綺麗なものなんだ。そうだ。ギザキの国ってどうなったの? 行って見ようよ! ちゃんと確かめて見ないと。先に進めないよ?」
以前なら……感情を荒げていただろう言葉も今のギザキには鼻白む表情を引き出すだけ。
「そうだな。戻って見るか」
「決り! 約束したからね」
有りっ丈の笑顔のノィエをただ眩しく見つめるギザキ。
人は……闇の中に震える人々は光を求めて空を見上げる。
「光はまだか」
「聖者はまだか」
「闇を打ち砕く者はまだ来ぬのか」
ただ、空を見上げて待ち侘びるばかり。何もせず佇むばかり。
名も知らぬ二つの光が闇に打ち勝ち、眩く光り始めたのを人々は知らない。
二つの光が自らを取り囲み、呑み込もうとした闇を撃ち払った事を……。
自らの闇を撃ち払った事を人々は知らない。
だが、二つの光は……前にも増して耀き続ける。自分達を呑み込もうとする闇を撃ち払い、過去の全てを抱きしめて耀き続ける。
闇が天を……総てを呑み込む。その日まで……
「ギザキ! 早く行こうよ。何してんの? 先に行っちゃうからねぇ!」
二人を夕闇が優しく包んで行く。
闇の中にただ一つ……光を残す夕日へと歩み始めた。
総てを始める為に……
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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