ギザキの戦い 〜2〜 3
光と闇の狭間で戦うギザキと3人の姫の物語
老執事は傭兵達の間をすぅっと風のように通り抜け、静かな男の前に立つと繁々と見つめた。
(ほぅ。この者がのぅ……。縁とは不思議な物じゃ。まぁ……致し方あるまい)
「御主、名前は?」
怪しげな老執事の問いに静かな男は少しの間を置いてから応えた。
「ギザキという。ギザキ・ノール。亭主、昨夜話していたのはこの御方でいいのか?」
問い掛けられた亭主は水桶から最後の皿を取りだして応えた。
「ああ。御主をぜひ雇いたいという城の使いだ」
「……ま、いいさ。行こうぜ。爺さん」
テーブルの下から袋鞄を取り、肩に担ぎ、店を出ようとしたギザキを止める者がいた。
「ちょっと待てぃ!」
呼止めたのは先程、殴られた厳つい男。斧の刃を一舐めしてから大声を張り上げた。
「その前にオレと勝負しろ! 舐められっぱなしじゃ験が悪い。うぐっ……」
喚く厳つい男の首に突き付けられたのは細身の長剣。老執事の剣が首にひたりと付けられていた。油断していたとは言え、音もなく百戦錬磨の傭兵の首に刃を付けられるとは……かなりの手練れと見て取れる。
「すまんが、既に我が城の客人。御主らとの戯れ事を認めるわけにはいかん」
静かだが威厳に満ちた声で老執事は厳つい男を諌めるとゆっくりと剣を鞘に納めた。
「じ……爺ぃ! ゆるさねぇ!」
巨大な斧を力任せに脳天に振り下ろす。が……
がきっ!
「……ぐ。何ィ?」
ギザキの楯が斧を防いでいた。いや、斧の刃を止めていたのは……老執事の剣先。
斧が振り下ろされるより早く、ギザキの楯で防ぐより早く、素早く剣を抜き巨大な斧を受け止めたのである。しかも……細き剣先で。
「ぐぅっ!」
驚くギザキと呻く厳つい男を気にも止めずに老執事は剣を鞘に音もなく納めると亭主に後を頼んだ。
「すまんが、亭主。後は任せたぞ」
「おぅ。暇が出来たらまた来てくれ。相手もせんですまんな」
老執事が軽く亭主に挨拶をし、ギザキと共に宿を出ようとした時、厳つい男が呼止めた。
「ちょっと待てィ! まだ勝負は……」
「喧しい!」
亭主が水桶の水を傭兵達に投げ浴びせると、水は白く濃い霧となり傭兵達を包む。
「な、なんだこりゃ?」
「おい。小突くな。小突くなって言ってんだろ!」
「いてっ。殴りやがったな!」
「野郎ッ! オレ様を誰だと……」
霧の中で誰と判らずに殴り合う傭兵達。だが……不思議な事に誰一人として霧から外には出てこれなかった。
「さて……懲りるまで放っておくか。そろそろ夕食の準備をせんとな。ああ、皿とかは回収しておいたほうがいいな。さて……」
口の中で呪文を唱え、手を霧の方へ翳してから結呪の一言だけ声に発する。
「……リタント」
法術に従い、霧の中から傭兵達が使っていた杯や皿が亭主の手元へと飛んで戻って来た。
ほぼ同時にギザキが同じ術を使う。奥に……諍いに巻込まれた時に放り投げた袋鞄が霧の中から飛び出した。が、手には戻らずに数度、地面を転げてからギザキの足元に転がった。
「……少しは法術も鍛えた方がいいぞ。客人」
無言で応えるギザキの瞳。その瞳の奥に亭主は……死を望む影を見た。
(ふむ……道理で訝った訳だな)
亭主は老執事がギザキを見た時に不可思議な面持ちとなった理由を理解した。
「気にするな。元、老兵の戯言さ」
「すまん。面倒を起してしまって……皿の代金は幾らだ?」
(細かい事を。ふむ……生まれついての闇という訳ではなさそうだな。ならば問題在るまい)
一つの言葉で亭主はギザキの過去を推し量る。
「ま、気にするな。壊れたのは奴等に請求するさ。じゃあな」
別れを告げ、亭主は半数しか戻って来なかった皿達を水桶の中に放り込むと、腰を伸ばし、二、三度と手で埃を払うと静かに奥に引っ込んでいった。
帰順の術(リタント)とは予め印を付けられた物、つまりは自分の所有物を自らの手に戻す法術。ごく簡単な法術で誰でも使える。だが、有効な距離は術者の法力に因る。子供でも数歩以内ならば簡単に戻るが、数里程も離れるとかなりの術者でも難しいとされている。
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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