ギザキの戦い 〜3〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキと3人の姫の物語
3.依頼主の城
老執事に連れられてギザキは街外れの岩山を登っていた。
道というほどの道はない。岩肌に刻まれた僅かな段に片脚を辛うじて引っかけるようにして進む。手や足に岩蜘蛛の術を掛けつつけなければ進めないような険しい道だった。
岩蜘蛛の術とは 自らの四肢に念じた属性(この場合は岩)の物体を纏い付かせる術。旅人や狩人達に使い込まれる事で岩に対しては広く一般化されている。熟練すると垂直な一枚岩でも平地の如く歩く事が可能という。魔術師達はこの術を発展させ水、炎、風という属性物を身の回りに纏わせ楯としている。一説には魔術師達の防御として使われた術を汎用化した術とも言われるが、起源は古くどちらとも判別しない。
既に日は落ち、夕映えの残光より天の二つの月、紅き月と蒼き月の明かりの方が勝ろうとしていた。
「まだか? 爺さん」
岩に手も付けずに歩みを進める老執事は、角を回った所でギザキを待っていた。
「ご覧なされ。あれが我が城。ノ・トワ城ですじゃ」
老執事が指し示す先。その彼方に二つ月の紅と蒼の光に照らされて深い森の中に聳え立つ立つ針のような岩山。その岩山を刳り貫いたような城がひっそりと立っていた。
城に続く橋……それは尾根から谷へと続く道の途中から真っ直ぐに城に向かっている石橋。橋との直線上に岩肌に穿たれた短い隧道……いや、隧道ならば向うに抜けていなければならないが抜けていない以上は窪みと表現する方が妥当だろう……があるのが不自然だった。
(? 何処かで見たような紋様だが……隧道を造ろうとして途中で放棄したのか?)
隧道の入口を飾る不可思議な紋様。所々が欠けてはいるが一枚岩に施された綺麗な紋様はかなりの技量の持主が丁寧に仕上げた芸術品のようだった。
(いや、こんな所に城を造れる財力と技力があるのならば隧道ぐらい簡単だろう?)
ギザキは人一人ならば不自由無く歩ける程度の幅の橋を渡りながら辺りを見渡した。ふと心に涌いた疑問の答を見つける為に。
(……戦場は何処だ?)
傭兵である自分を雇った以上、戦いがあるのだろう。だが、深い森に浮かぶ針の如き岩城。戦場となるのは……?
隧道から石橋へと続く所は小さな広場となり石畳が敷詰められている。が、ここが戦場となるには少々……と言うより、かなりの手狭。
(小部隊同士の小競合い程度ならば出来るだろうが……あの森か?)
眼下に広がる深き森。樹頂は遥か下。それでも大径木が連なる広大な森だと判る。
(森ならば接近戦になる。戦いやすいな)
自らの技量と戦場との適応性。自ら死線に赴く身としては癖になっている思考だった。
「こちらへどうぞ」
老執事に招かれるままに城の中へ入る。
城門を入ってすぐは小さな中庭。普段ならば……臨戦態勢の城ならば……傭兵や配下の兵士達で一杯になっている筈の中庭には……誰も居なかった。いや、兵達は居なかったが……一人、少女が一人だけ庭木の側に居た。美しい淑女と呼ぶには幼さが残る可愛い少女。呪符師が良く着ている白い着物に朱……月の光の加減では紫に見える……袴というのだろう幅の広いズボンという服装の少女が含羞みながら立っていた。黒き髪を飾る細長き数本の銀細工……簪と言う物だろう……が飾り気の無い少女の唯一の飾り。単色の銀が月の光で虹に反射していた。
少女はギザキと眼が合うと逃げ出すように城の中へと消えていった。
(呪符師を雇っている? いや、城付きの魔術師がいるのだな)
ギザキは少女を呪符師か魔術師の娘だと勝手に判断した。それよりも今の自分に大事なのは……戦の規模と場所だった。
「爺さん。戦は何時頃、始まるんだ?」
庭の芝生の上に荷物を降ろし、座ろうとするギザキを老執事は静かに諌めた。
「違いますよ。貴方様には部屋を用意してあります」
「え?」
(傭兵なんぞに部屋を用意してある?)
普通、傭兵は城の庭か砦、物見櫓か塔に雑魚寝と相場は決まっている。部屋を用意された事なぞ今までに一度も無い。
(ああ、そうか。まだ戦には日が遠い……いや、闘技の駒か?)
闘技とは貴族共の反吐の出るような退廃した遊び。人間同士、いや時には人間と獣なぞを戦わせてどちらが勝つか……正確にはどちらが死ぬかを賭ける遊び。自分達には何一つ危害が及ばない場所から酒なぞを呑みながら、人の生き死にを楽しむ。そういう事には付合うつもりはない。
(亭主に騙されたか? ……ふ。人を信用するとは俺もまだまだ甘い)
宿の亭主から依頼されたのは……正確には依頼を紹介されたのは戦のための援軍。
(いや、「主力」と言ってたな。あの亭主)
口元が緩み、笑い声が漏れそうになる。
(考えてみれば……たかが傭兵ごときが城の主力隊になる事なぞ有り得ぬ)
騙されたとギザキは確信した。
(だが……路銀も尽きかけている。それでもいいさ。捨てた命だ)
自嘲する。ギザキはそういう「遊び」で生き長らえる自分自身の存在も退廃した遊びを好む腐った貴族達と同質だと感じていた。
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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