ギザキの戦い 〜22〜 2
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
剣士は……従者が捧げ持つ剣の柄にゆっくりと手をかけ、すらりと抜いた。重く長き刀を枯れ小枝のように軽々と扱い片破れの形に構える剣士。従者達がささっとその場を離れ、戦いの場が出来上がった。
僧侶達は何やら格式とか儀礼の順序とかを口籠もっていたが、事ここに至っては戦闘の開始を叫ぶ事しかできなかった。
「戦闘開始!」
その言葉が発せられると同時に、相手の二つの剣が襲い来る。一つは頭上から、もう一つは側方から胴を狙って。縦横同時の攻撃。これが普段の戦場ならば……相手が並の兵ならば身体を四つに分けて地に転がる事だろう。
(逃場の無い手慣れた攻撃だな。だが……)
ギザキは右腕を頭上に、左腕を側方に突き出す。剣先が……音速を越えているかのような剣先が腕の楯に届いた瞬間、楯を回転……肘を動かして楯の一箇所だけが刃先を受けないように回転させながら引き寄せる。剣先と楯の相対速度は低くなり、また、楯が回転する事でその鋭き剣先に楯が刻まれる事を防ぐ。
一瞬の間。
瞬きするよりも短き間の動作。
ぎゃがぃいぃぃん!
全ては終わったと剣士の従者達は思った。音は楯が……いや楯ごと無剣の相手が刻まれた音だろうと思ったのである。
だが、相手は……名乗らぬ無剣の戦士は……何事も無かったかのように立っている。相手に与えた損傷は刀身の衝撃波が引き千切った幾つかの呪符だけ。楯にすら目立った傷は無い。
「ぐ……ぅ」
剣士は低く唸った。
何故ならば、自らが振るった二つの剣はまるで吸い寄せられたかの様に相手の楯を刻む事も、弾く事もなく、楯に刃を付けたまま止まっていたからである。
「……こ、これは?」
従者達も事態の異様さに気付き、戸惑いの声をあげる。剣士の腕は、凄まじき剣圧は彼等が最も知っている。先の戦いでは敵の雑兵を……瑣末な楯と薄き鎧の装備ではあったが、鎧と楯ごと縦横に斬り刻み散らした腕前。まるで木葉を刻むかのような凄まじき剣速の持主。しかし……今目の当りにするこの光景は?
従者達の驚きを余所に剣士は次の所作を考え倦ねていた。
(ぐぅぬぅぅ。……動けん)
動くに動けない。もし、剣が弾かれたのであれば、その反動を利用して即座に二の太刀を振るう。それがこれまで戦った相手の……精一杯の抵抗。そして抵抗への対応手段。しかし……今、目の当りにする自分の光景は……
改めて剣を振るう為には相手から剣を離さねばならぬ。だが、それは隙を生じる。離した瞬間にこちらに向かって突進してくるだろう。剣は……この長き直刀は接近戦には向いてはいない。無論、その為の備えは在る。在るのだが相手の静かな気迫が……瞬速で振るう剣をその楯に留める程の技量の持主が即座に接近戦に持込んでいないと言う事実が剣士を気圧さしていた。冷たき汗が腋下に沁み出る。
「どうした?」
飄とした……だが太き声で無剣のギザキが双剣の剣士に次を促す。
「くっ! このような紛れに……」
剣士の言葉にギザキの感情がざわめく。
「ほぅ……紛れか? はっ!」
次の瞬間、ギザキの腕の微動と短き気合いと共に楯が刀身を弾き返した。
ほんの少しだけの腕の動き。だが、確実に刀身の振動支点を弾かれた剣は無気味な唸りと共に剣士の構えた位置に戻って来ていた。
「……もう一度、試したらどうだ?」
拳を軽く握り、眼前に翳した構えでギザキは相手を誘った。
「巫山戯るな!」
即座に襲い来る次の太刀。前にも増してすさまじき剣圧。だが……
ぎゃがいぃぃばきぃぃいいぃぃぃんん……
ギザキは先程と同じ瞬速の動作で受け流す。いや、剣が未だ勢いを持っている瞬刻の間に拳を相手に突き出した。それは肘を……腕の楯で刀身の横身に当身を加える為故の所作。
剣圧が産み出した衝撃波がギザキを襲い、身体中の呪符が千切れ空に舞う。だが、いま千切れた呪符と共に空に待っているのは……
「ぉおぉぉ!」
所作の結果は相手の従者達の呻きが物語っていた。
ギザキが加えた所作で相手の二つの剣は粉々に砕け、鋭き小片となって宙に舞っていたのである。
「この様な……こんな事が? 何故だ!」
事態の結果を受け容れる事ができずに剣士が呻いた。
「如何なる剣でも力任せに振るっていたのでは……歪みが生じる。一度生じた歪みは刀身に巣くい崩壊の時を待つのだ。つまり……貴殿は剣の材に……剣に頼り過ぎていたのだ」
それはギザキの……亡き父の言葉。未だ忘れ得ぬ形見の言葉。
「そうか。剣に頼りすぎ技を……怠ったか。我が技量が貴殿の……いや、負けは負け。潔く認めよう。即座に我が首を刎ねい。敗者と勝者の義務だ。さぁ!」
どかりとその場に坐り、背をギザキに向けた。
「……御忘れか? 私は帯刀していらぬ。刎ねる為の刃は無い。それにだ……」
ギザキは僧侶達に向き直り、確認した。
「この戦いはこのとおり決着した。宜しいか? 宜しければ次の相手を……」
「待てィ! 生き恥を晒せと言うのか? 貴殿は? この儂に?」
憤る相手にギザキは冷たく言放った。
「敗れる事が総ての終末だと言うのならば、その様に致すがいい! だが、この戦いは敗者を決するものではなく、我が方が敗れるか、敗れぬかの戦い。其方の命なぞこの戦いの範疇にはない! 即座に立ち去られよ!」
「ぐぬぅっ」
先に……既に技量で破れ、今また言葉で気圧された剣士は従者に合図をすると、潔く退いた。隧道の口まで下がると剣士はくるりと振り返りギザキに告げた。
「……次の相手はいない。既に我が方で本日の相手を儂一人に限らせた」
剣士の背後で従者と共に立会人の僧侶までが隧道に消えて行く。
「何と? では今日の戦いは? これで終りか? 書簡では……説明には十数人と書いてあった筈だが?」
驚くギザキに剣士はふっと笑い、事の次第を説明した。
「我が公国の世継候補の一人の婚儀の相手。少なからず妃となられるかも知れぬ御方の喉を不必要に痛める必要は在るまいと、我が方で本日の相手は儂一人と決めた。要らぬ配慮が好きなのだよ。儂はな」
多分……そう器用な方では無いのだろう。不器用なるが故の暖かさが言葉の端に顕れていた。
(……という事は。あの剣は……)
刀身に在った歪み。その原因は? 仮にも一角の城ならば御抱えの刀鍛冶がいる。戦いの度に刃を打ち直す事も珍しくは無い。この様な戦いならば万全の備えをして臨むだろう。しかし……隠し切れない歪みが在った。
「あの剣の歪みは……もしや?」
急ぎ尋ねるギザキに口の端をひょいと上げて剣士は応えた。
「さぁな。何れにしても刀身を歪ませたまま振るったのは儂自身だ。要らぬ気遣いは無用。ん? おぉ。これは貴殿の言葉だったな。はっははははは。ではまた逢おうぞ。無剣の……」
「ギザキだ。ギーザ・ノキ・ワルト。それが俺の名だ」
名乗るギザキに長身の剣士は笑い応えた。
「儂はローグ。ロー・ソーグィ・サンゼィ。公国の東門の警護をしている。近くに来たら寄ってくれ。酒でも酌み交わそうぞ。では! 無剣の戦士、聖宝を護持するノ・トワ城の聖戦士よ」
長身の剣士はさっと踵を返すと、隧道の中に消えていった。
歌声が消え、同時に隧道の耀きも消えて行く。後に残ったのは砕けた剣の欠片と千切れ飛んだ呪符の名残。その中に……感情を失い立つギザキ。
「……聖戦士? 城の戦士? 俺が?」
長身の剣士ローグが残した言葉に何故か戸惑い、心を乱すギザキだった。
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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