ギザキの戦い 〜23〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
23.揺らぐ覚悟
「今度のはね。岩殻葡萄の実を搾り入れたから、少し酔うかも知れないけど。疲れを取るにはいいんだよ」
屈託の無い明るさ。既に夕刻を過ぎ、食事を済ませ部屋に戻ったギザキに運ぶ一杯の薬杯のひとときを待っている自分。これまでの……傭兵として生き長らえて来た自分とはまるで別人の自分。この境遇にいる自分を自ら自身が否定したがっている。そんな衝動を……心の片隅の中の衝動の存在をギザキ自身が感じていた。
深杯を持って来たノィエの顔を繁々と見る。
「どしたの?」
大きめの黒眼勝ちな瞳がギザキを見つめ返す。吸い込まれそうなまでに純真な瞳から視線を逸らしてギザキは尋ねた。
「もし……俺が負けたら……どうする?」
思いも寄らぬ問い掛けにノィエは戸惑った。昼間見た圧倒的なギザキの強さ。岩をも切り裂き砕くかと思えた相手の剣圧を事も無げに受け止め、さらには剣を砕き散らせた。あの強さを持っていながらどうして……?
「……負けるの?」
ノィエの問い返しにギザキは目を伏せた。
「……ああ。次の相手次第だが……負けたらどうする?」
暫しの間……ほんの少しだけの沈黙がギザキの心の中を透かし見せている。ノィエは不安を笑顔に変えて応えた。
「そうね。負けたら、この城……此処から出て行かなきゃね。あの……聖宝の剣が資格無き者が持ち去る時、この城は崩れ落ちる。そう言われてるから……」
隣にふわりと坐りながら、明るく応えるノィエを不可思議な顔で見つめるギザキ。彼にはノィエの明るさが即座には理解できなかった。
「大丈夫だよ。資格無きものかどうかは『伝神言』を唱えるかどうかで判断するんだって。
伝神言って……古文書に書いてあったから私も唱える事ができるよ。うん……大丈夫。それに私ね、この城から出た事がないんだ。いつもね……話し相手は爺と跳栗鼠と……それだけかな? あ、あと古文書ね。この城にある古文書は全部読んだから。もう何度も。暗唱できるぐらい読み返しちゃった。もう読む必要も……そうだ。城の外……外の世界には在るんでしょ? 別の古文書や……いろんな事が。海って見た事ないし。水が流れている所……川だっけ? そういうのも見て見たい! ……だからね。もし、この城が無くなっても大丈夫だよ。うん。大丈夫……」
不安に押し流されそうになりながら、ノィエは明るく応えた。だが、ノィエの言葉が明るく……いや、明るすぎて自分の心の中の闇の所在をはっきりとギザキ自身に認識させた。
「そうか。大丈夫……か」
昔、聞いた……よく聞いた言葉。ノィエの言葉が昔の出来事を甦らせる。鮮やかに。
「大丈夫だって。ギザキはあんなに強いんだもの。どんな相手だって勝てるわよ!」
ベッドから立ち上り、ノィエはくるりと身を翻して、ギザキの瞳の奥を探った。
そして……
ほんの少しだけの互いの沈黙。言葉を失わせる……沈黙を強いる触れ合いが、ギザキの戸惑いを消し、ノィエの不安を消して行く。ほんの少しだけ……
「じゃね。明日の準備で忙しくなるから」
「準備?」
「うん。明日の決闘が終ったら……婚儀の準備をしなきゃ……」
努めて明るく振舞うノィエ。ギザキの心の行く末を確かめるように。
(ああ。そうか。姫の輿入れの準備……か)
ノィエの言葉に納得しながらも、心の片隅で……何かの決断を何者かが迫っていた。
「寂しくなるんだな。何れにしても……この城は」
ギザキの言葉をノィエは少しだけ吃驚し……そして聞き流した。未だ視線を合わせぬギザキを悲しげに見つめ、声を繕った。
「……じゃね。ギザキ、お休みなさい」
くるりと笑顔を残してノィエは部屋から出て行った。ギザキはその時、ノィエの心の中の悲しみに気付く事はなかった。
ベッドの側の壁に身を預け、空を見つめる。
「……王よ。師よ。友よ。そして……姫よ。俺は……私は此処にいても宜しいのでしょうか?」
ギザキの戸惑いを部屋の外、廊下で聞いたノィエは唇を噛み締めていた。涙が溢れて止まらずに。やがて……意を決し、涙を拭うと自分の部屋へと帰って行った。振り返らずに。
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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