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ギザキの戦い 〜11〜

 光と闇の狭間で戦うギザキの物語

11.思わぬ書簡

「ふぅ。これで最後……」

 ノィエが祓除の呪文を唱えながら撒き葺く水は……岩棚の霊泉の水。

(確かに……霊水なのだな。いや……ノィエの呪力か?)

 数滴、撒き散らすだけで魔物の血で穢された庭の土が綺麗に清められて行く。それでも全てを清める為には小さな手桶では足りず、何度となく下から運ばねばならなかった。

「あれ? また持って来たの? ギザキ。もう終ったよ」

 手桶で運ぶ不便さを補う為に、庭先にあった盥桶で何度か下から運んで来たのだが、最後の一桶は無駄になったようだ。ふぅと一息吐いて霊水をゆっくりと置く。

「ギザキ、お疲れさま。はい、これで汗、葺いて」

 無邪気に袂から手拭いを取り出して差出すノィエ。ギザキは手拭いを受け取ると、汗を拭かずにノィエを見つめた。

(……あの悲しみは何だったのだろう?)

 魔物を睨みつけた冷たい瞳の奥に浮かんだ悲哀の色。

 あの感情が目の前に居る屈託なく笑う少女に宿っているとはどうしても見えない。

「ん? 何よ……。変なの。そうだ! どうせ余っているから、ギザキの楯、洗っちゃお。なんか、細かい穢れが染みついちゃってるみたいだから。いいよね?」

 庭先に立てかけて在る自分の盾。魔物に投げつけた時についた血は既に清められているが幾多の戦いで染みついた穢れまでは祓えていない。

「ほら、他の楯も持ってきて。洗っちゃうから」

 ギザキの楯を取り盥桶で祓い洗うノィエ。その姿を老執事は目を細めて見つめている。

(……孫のように思っているのだろうな)

「ギザキ殿。御疲れの所、申し訳ございませんが、これを……」

 老執事が差出したのは白銀の書簡箱。魔物達が持って来た物だ。

「どうやら、結界処理がなされているようです。つまりは本物では無いかと……」

 見ると箱には丁寧に金、銀、銅、黒鉄、白錫の五宝の紐で封をされている。その結び目は見事な装飾結び。結び目に因って出来た輪が幾重にも重なり美麗さを持ちながら四方に立ち上っている。

「私では……ほれ、このとおり」

 結び目に手をかけ解きかけると紐は再び結ばれて行く。

「すみませぬが、本物ならば中を検めねばなりませぬ。出来ますれば解いては貰えませぬか?」

「俺が?」

(結界書簡を解く「資格」があるのか?)


 結界書簡とは王家や眷族同士、または豪族、豪商等が封印した書簡を相手に送る場合に使われる魔法により結界が施された書簡箱。或いは呪法に因る結呪が施されている書簡。この結界は予め決められた相手、或いは代理の資格を有する者でなければ解く事ができない。


(決闘相手に対する書簡……なのか?)

 差し出された箱を受け取り、結び目に触れる。……と、途端に紐がひとりでにするりと解けていく。

「おぉ!」

(見事な結界結びだ。魔物共も開けてもいないのは……退魔呪も施されているのか……? 流石に聖光院ワィト公国の結界書簡。瑣末な魔物では解けぬのか。しかし……)

「しかし……何の書簡だ?」

 心に浮かぶまま疑問を言葉にする。老執事も同意して首を傾げる。

「左様で御座いますな。では……開けまする」

 箱の中には書簡が2通。その表には……ムーマ文字の儀礼紋様。

「何と書いてあるのだ?」

 読めぬ文字にギザキは書を取っても文を開けるのを戸惑ってしまう。

「宜しければお読み致しますが?」

「ああ。そうしてくれ」

 老執事はギザキから文を受け取り開けた。

「……おぉ。婿殿が頑張られたようです」

「婿? 姫の婚姻相手が何をしたのだ?」

 ギザキの問いに老執事は文を要約して告げる。

「……7日の戦いが、2日となったようです。如何なる事があろうと、如何なる結果となろうと、婚儀を上げると公国王に奏上なされ、公国王が御認めになられたと。されど、異を唱え手を振り上げた者共の、降ろし所を配慮なされて7日が2日となったようです。婿殿も隅には置けませぬ。うむ。若くして既に貴族院に名を連ねるだけは在りまする。いゃあ、この爺。久々に気骨のある若者を見ましたぞ」

 判らぬ文字を一人で読んで感服し続ける老執事をギザキは黙って見ていた。

(ふぅむ。何はともあれ、確かに気骨のある婿殿らしい。姫のお目付役としても心強い限りなのだろう)

 手放しで喜ぶ老執事の姿にギザキの心も和む。

「……で、こちらの一通は?」

 箱からもう一つの文を取上げ、表を見る。

 ……やはり、ギザキには読めぬムーマ文字。しかも儀礼紋様ではなく流水体という奴だ。

(文字の種類は識別できるが……何れにしても読めぬ)

「こちらは……おぉ! 婿殿から姫様への書簡で御座いますな。これは姫に届けましょう……さて、どうやって」

 既に婚儀中。婿以外の男性とは逢えぬよう結界の中に居る。ならば手段は一つ。

「判ったわよ。私が届けてくる」

 盥桶で楯を洗っていたノィエは書簡を受け取ると鐘楼のほうへと駆けて行く。

「お嬢様! 呉々も結界を破らぬよう! 精霊唱歌の陣の中には入られませぬ故……」

「判ってる! 私も呪符で清めるからっ! 近くまでは行けるわよ!」

 振り返るノィエは両手で結界陣呪を切り始めながらも嬉しそうに鐘楼へと続く階段を駆け上がり、城の中へと消えて行った。


「……それにしても、何故だ? あれほどの……」

「? 何で御座いましょう?」

 ギザキが思わず言葉にした疑問を老執事は問い返した。

「あ、……いや。強き……凄まじき法力の持主なのだな。姫様は」

 ギザキの感嘆に換えた疑問を察し、老執事は目を細めて誇らしげに応えた。

「そうで御座いましょう。この城の主は代々、常人なぞ及びもつかぬ域の法力を授かって居ります。それは初代城主より伝わる力なのです。ほれ、先晩、お伝えしたとおり、初代城主は聖魔大戦の勇者。そしてその奥方様は……」

 老執事は一つ呼吸を置いてからギザキから目を逸らし、鐘楼の方を見やってから応えた。

「奥方様は精霊。聖魔大戦で共に戦った精霊の一人と伺って居ります」

「! 精霊だと?」

 驚くギザキを振り返り、変らぬ笑みで老執事は何故か強い口調で応えた。

「ええ。ただ、何の精霊かまでは伝わっては居りませぬが、間違いなく精霊の一人。故に代々の我が王家に血が繋がる者に常人では到達できぬ法力を持つ者が時折、顕れるのです。特に姫君様達に。そして、そのような姫君が顕れた時、迎えが来るのです。誰一人として辿り着けぬ寺院から。天の聖光城を護る聖アィルコンティヌ寺院よりの迎えが……」

(聖アィルコンティヌ寺院……話だけは聞いた事がある。天空に浮かび、来たる魔王の復活には総ての魔を祓うとされる尼僧の城。留学していたというのは……そこか!)

 ギザキは鐘楼を眩しげに見上げ、今日の出来事を納得した。

(そうか……魔物が襲って来たのも……婿が熱心に輿入れを望むのも……聖光院ワィト公国王が規範を曲げたのも……唱歌で魔物を討ち滅ぼしたのも……全ては実力。実力故の事なのだな。ならば……)

 目を伏せ、踵を返して庭を出る。

(どうして、俺は此処に居るのだ? 何故に傭兵を呼んだのだ?)

 自分が今ここに居る事を不思議に思った。

 もし、自分が負けたなら……いや、他の者だとしても契約した傭兵が敗北したのならば、婚儀は破棄され宝は奪われ城は破壊される。そのような事にならぬという確約は何一つない。

(……ひょっとして、それすらも姫が……自ら望んだ……選択した事なのか?)

 歩く自分の足が急に重くなる。重く感じる。

(運命を自ら受け入れる……如何なる結果になろうと享受するというのか? そのような強さを持っているというのか! この城の姫は!)

 想い出とは……自分自身の心の中にいる姿とは余りにも違う『姫』にギザキは戸惑っていた。

(……俺は何故に戦うのだ? 何故に戦って来たのだろう?)

 立ち止まり、振り返り見る鐘楼は余りにも眩しく、自分自身は……余りにも燻って見えた。



 読んで下さりありがとうございます。


 この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。


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